第3話 恋におちる


「わしはこの神社の宮司でもあってね。とは言ってもこの通りの小さな社だ。普段は参拝客も来ないがね」

 おやっさんは言った。

「だが、今日は年に一度の神事でね。店は閉めている。すまなかったね」

 鳥居の横には狼兎神社と描かれた石碑が立っている。何と読むのだろうか……。

「そうだ。良かったら見ていくかい? 優子ちゃんが舞うんだ。綺麗だぞ」

 おやっさんはオレンジ色の服を着た彼女の肩をポンと叩いた。彼女はぽっと頬を染める。

「はい。是非!」

 俺は即答した。帰ったところで今日はトタン屋根を直そうと思っていただけだ。それよりも目の前の女性に興味があった。目鼻立ちの整った清楚な女性だ。彼女の巫女姿を見てみたいと思った。



「さあ、まずは草刈りだ。綺麗にしてくれよ」

 なるほど草刈り要員であったか。神事は今立っているから見るようだ。モッサリと雑草が生えている。

 だが巫女の衣装に着替えた彼女も一緒だ。俄然やる気が出る。俺は彼女をちらりと見た。

 透き通るような白い肌に真っ赤な口紅と緋袴が良く似合っている。舞うときはまた豪華な装束に着替えるらしい。額の汗を拭いながら、懸命に草を抜いている。

 俺はずっと忘れていた胸の高鳴りを思い出した。彼女と話したくて、いろいろと尋ねてみる。

神楽かぐら祝詞のりとの後なのかい?」

「ええ、そうです」

 彼女が柔らかく微笑む。 

「舞うときはテープを流すの?」 

「いえ、楽器店の竹下さんが琴を演奏してれるんです」

 質問のたびに微笑み返してくれる。ああ、何て癒される笑顔だろう。


「竹下さんは前に店舗を貸してやってた御仁だ。店を移転してからも、毎年弾きに来てくれるんだよ」

 おやっさんが来て言った。道具屋の前にここにあった楽器店のことだろう。

「さあ、この辺りも全部刈るぞ。頑張ってくれよ」

 そう言うと、刈払い機で草を刈っていく。刃の回転速度がたまらない。そのブイーンという音に俺は思わず代役を申し出た。 

 なかなかの重労働であったが、アドレナリンの出た俺はあっという間に刈り終えた。



 日が沈み社の前に広場が出来ると、次は提灯張りである。木から木へと広場を囲うように、提灯を吊り下げたロープを張る。蝋燭の火を順番に灯していく。

 優子さんが点火用の太い蝋燭を持ち、俺は風で火が消えないように手で囲いながらそれを手伝う。

 恥ずかしながら俺は、恋をしてしまったようだ。だが彼女と俺では一回りほども違うであろう。身の程は弁えているつもりだ。深みにはまる前に夢から覚めなくてはならない。

 俺は自分の両頬をむぎゅっと思い切りつねった。











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