第2話 お柿ちゃん
「お柿ちゃん……?」
俺は見たまんまを口にした。お柿ちゃんは柿の形の大きな顔を縦に振ってこくんと頷く。
「白髪の男性を見なかったかな?」
尋ねながら、ハッとする。お柿ちゃんの橙色の右手には、銃のようなものが握られている。むろん玩具だろう(俺は銃には詳しくない。オーストラリアで一度だけ的当て射撃をしたことがあるだけだ)が、本物にも見える。
その異様な光景に狼狽えて、俺は思わず武器を探した。
裏口には手動のコーキングガンが立て掛けられているだけで、他には何も無かった。とりあえず手に取るが、これはシーリング材を溝に埋める為の道具である。セットされているのは家の外壁に使うサイディング用の物で、引き金はあるが当然グニュッと絞り出されるだけだ。
だが阿呆にも俺はそれを構えた。
「こ……これは、特殊な液体が噴射されるガンだ。やめておいたほうがいいぜ」
ハッタリをかます。
しかし何故だかそれが功を奏し、お柿ちゃんは両手を上げた。
「ふふっ。降参します」
着ぐるみの中から、くぐもった女の声が聞こえた。お柿ちゃんは俺を手招きする。
「こっちに来て。貴方が探している人は向こうにいます」
お柿ちゃんは森の奥を指差した。
彼女に誘導されるがままに、獣道を奥に進む。茂みを抜けるとそこに、小さな木製の鳥居があった。
「ここです」
彼女はお柿ちゃんの頭部を脱いだ。三十代であろうか。黒髪のボブヘアに薄化粧の、美しい女性である。
「ここ?」
彼女の顔を見つめながら尋ねる。
「はい、奥の
奥の小さな社を見遣る。木製の扉が開いていて、格子の引き戸が見える。
「あそこ?」
「はい」
彼女は額の汗を拭う。
「君は?」
俺は彼女を見た。未だ状況が掴めない。なぜこの子は着ぐるみを着て銃を持っていたのか。視線に気づいた彼女は、恥ずかしそうに着ぐるみの頭部に視線を落とした。
「私はこの神社の巫女です。お柿ちゃんはアルバイトで……この銃は護身用の麻酔銃です」
話してから、ハッと口に手をやる。
「でもこれは、秘密です。内緒にしてくださいね」
そう言って口元に人差し指を立てる。そのはにかんだ笑顔がどうにも可愛くて、不覚にも見とれてしまう。
「僕は木村です。君は……」
気づくと彼女の名前を尋ねていた。仕事以外で名を尋ねるのは何年ぶりだろう。
「
彼女はぺこりと頭を下げた。奥でガタガタと音がして、引き戸が開く。
「あれ? 優子ちゃん、着ぐるみのまま来たのかい?」
奥から白髪に眼鏡の老人が顔を出した。
「はい。すぐそこで解散だったので戻るのが面倒で……」
彼女は顔を赤くして答えた。
「おやっさん! ご無事でしたか」
俺は彼の顔を見ると、ほっとひと安心して鳥居をくぐった。
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