ボルトとナット

翔鵜

第1話 道具屋

 俺は工具が好きだ。いや、職人では無い。ただの銀行員だ。独身だが、フレッシャーズだったのは遥か昔、遠い過去のことである。

 長く接客業をしているから、カッターシャツにアイロンをかけるのなんて朝飯前。目をつむっていても出来る。

 昔は銀行員といえば、ヘビースモーカーが多かったが、今では健康志向の輩が増えてしまって、喫煙室から出てくる時はどうにも肩身が狭い。これ以上働きにくくなる前に、転職するのも悪くない。

 そう、俺にとってはそんなに固執する職でも無いのだ。


 景気が良かった頃は、銀行員というだけで重宝して貰えた。それが今ではへこへこして投資信託や保険も売らなければならない。難儀な職業だ。

 そんな俺の唯一の楽しみは休日に道具屋で工具や金物を見ることだ。一つ一つが光り輝いている。手に取ると重みがあり、夏はひんやり気持ちいい。これから冬場はヒヤッと冷たいが、それはそれで手の中の無機物が、何かを考えさせてくれる瞬間でもある。


 大きさ順にずらりと並んだレンチやソケットなんかはずっと眺めていられる。

 そんなだから、自宅にも無駄に電動工具なんかも揃っている。日曜大工も人並みにしかやらないから宝の持ち腐れだ。だが、かっこいいフォルムに削るときの音と震動。ドライバーのビット一つ取ってみても、種類が豊富で堪らない。


 今日はトタン釘を買うために、いつもの単車で家を出た。ああ、若い子は単車って言わないんだったか。いわゆる、オートバイだ。

 道具屋は俺の家から三キロほど離れた森の中にある。そにはもともと楽器店があったのだが、何年か前に道具屋に変わった。森に沿ってくねりながら小川が流れていて、道路から森へは短い橋を渡る。

 橋を渡るとすぐ、周りを森に囲まれた形でその店は建っている。


 スマホで正面から写真を撮った。茶壁の四角い建物と紅葉した木々が、どこかミスマッチなんだけれど味がある。

「あ…れ?」

 携帯の画面越しに『定休日』の文字を発見した。どうしたのだろう…通いつめて数年、土曜日にこんなことは初めてである。店主が倒れでもしたのだろうか?

 気になって、店の引き戸を僅かに開けた。戸車がガタガタと音を立てて隙間が出来た。顔を覗かせる。

「こんにちは。おやっさん、いるか?」

 静まり返った店内。誰もいないのかな…。しかし工具は高価な物だ。鍵を掛けていないのはおかしい。

 隙間に身体を滑り込ませて、奥へと進んだ。ところ狭しと工具や金物、軍手や補修材なんかが並んでいる。


 レジの奥に裏口がある。扉が僅かに開いている。隙間風が来ている。

「おやっさん?」

 マイナス思考の俺はおやっさんが裏で倒れていやしないかと、嫌な想像をしながらドアを開けた。

 ビュウ と急に強い風が吹いた。

 俺は面食らった。そこには街のマスコットキャラクターのおかきちゃんが立っていた。

















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