第7話 おやっさんのわがまま
翌週末に道具屋を訪ねると、優子さんが店先にいた。
「こんにちは。店にいるなんて珍しいね。おやっさんは?」
俺は店をぐるりと見まわす。
「聞いてくださいよ。父はぎっくり腰で…」
彼女が涙目で言う。
「大丈夫かい? 店の事はわかるの?」
「はい。平日の昼間はいつも私が店番をしてますから。木村さんは休日にいらっしゃるから、今まで会えませんでしたけれど、父からお名前は伺っていました」
そうなのか。俺はてっきりおやっさん一人で切り盛りしてると思っていた。よく考えたら夜も遅くまで営業している。
「お柿ちゃんのイベントは土日だもんな」
「はい。お柿ちゃんの仕事は、父の勧めで若いときから続けています。これでも初代なんですよ」
彼女は少し自慢げな表情をしてから、はにかんで笑った。
「おやっさんは?」
「二階で暇しています。もう大分良くなりましたから、良かったら声かけてやってください」
俺は店の奥の狭い階段を登った。おやっさんに会うのは神事以来である。少し緊張した。
「おお木村君、来てくれたのか」
おやっさんは介護ベッドを斜めに起こして本を読んでいた。
「先日は迷惑かけてすみません。大丈夫ですか? もしかして俺を運んだせいなんじゃ…」
俺は尋ねた。俺はベッド脇の丸椅子に腰かける。
「はは。大丈夫だよ。うちは階段が狭くて急だし布団の予備もないから、君のうちへ運んだ方が早かったんだよ」
「俺に出来ることがあれば言ってください。優子さんは店番があるし、買い出しとかありませんか?」
おやっさんは少し考えてから、いたずらな顔になった。
「買い出しは無いが、言われてみれば君のせいかも知れない。ここはひとつ、わがままを聞いて貰おうかな」
「木村君、わしの後を継いで道具屋をやらないか?」
おやっさんのわがままはビッグな案件だった。俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「わしも歳だ。今は回復しても、またヤるだろう。仕方がない。老いには敵わん」
親父さんは腰をトントンと叩いた。
「僕には現場の経験がありませんよ」
俺は笑って言った。職人経験が皆無なのに良い道具屋にはなれないだろう。
「良いんだよ。君、うちの道具が好きだろう?大切な事は、商品を愛する気持ちだ」
おやっさんは真面目な顔で話す。
「それに君は接客と数字のプロだ。安心して店を任せられる」
どうやら冗談じゃないようだ。俺はヘッドハンティングされているのか。
「小売りと金融じゃ全然違いますよ」
俺は焦って言った。
「私もすぐに隠居するわけじゃない。むろん指導はする。どうだろう?考えてみてはくれないか?」
しかし跡継ぎなら優子さんがいる。男手は必要だろうが、それなら若い青年を雇った方が良いのではないか?…もしかして、彼氏と婚約でもしていて、近々家を出るのだろうか。
俺は暫し考えてから、先程から頭をよぎっているある考えを、勇気を出して口にした。
「それはつまりその、神社のほうも…ですか?」
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