第8話 快諾

 

「さすが俺の見込んだ男だ、察しが良い」

 おやっさんは首を縦に振った。

「優子さんは後を継がないのですか?」

「道具屋には男手がいるし、宮司は男性でなくてはならない」

 おやっさんはゆっくりと話し始めた。

「わしはあの子が彼氏を連れてくるのをずっと待っていたのだがね。昔から内向的な子で、特に男性が苦手なようだ。人と触れ合う仕事をさせてみようと着ぐるみも着せたが、とだめらしい。だが、君とは初対面から話せていただろう?」

 俺は頷いた。俺と話す彼女からは、人見知りな性格は想像できない。

「初めて会ったとき彼女は着ぐるみでしたし、俺がおやっさんを探していたからですかね」

 特殊な状況下だったのが良かったのかも知れない。それに俺が異性として範囲外だからだろう。俺は少々がっかりする。

「あの子が君を連れてきたのは、私にとって素晴らしい偶然だった。以前から私は君を口説こうと企んでいたからね」

 


 俺は武者震いのような感覚を覚えた。俺には妻も子供もいない。死ぬまでこの平々凡々な日々が続くのだと漠然と考えていた。

 それがどうして刺激的なものになりそうではないか。工具に囲まれて暮らせて、優子さんは気の利く良い女だ。恋仲になれなくとも共に働くことが出来るのは、毎日のモチベーションに繋がるだろう。

「いきなりで驚いただろう?まあ、君にメリットがあるとすれば定年がないことぐらいだがね。一度考えてみてはくれないかな」

 おやっさんは申し訳なさそうに頭を掻きながら言った。

「お引き受けします」

 俺は即答した。

「え…君、もう少し考えないといかんだろう?稼ぎも大幅に減るかも知れない」

 おやっさんは目を丸くして俺をなだめた。

「お引き受けします‼」

 俺は小さくガッツポーズをして前のめりに宣言した。



 扉をノックする音がして、優子さんが入ってきた。

「珈琲をどうぞ」

 俺は嬉々としてお盆を受け取り、サイドテーブルに置いた。珈琲の豊かな香り。小さな緑色の陶器の灰皿が添えられている。

「ありがとう、優子さん」

 俺は礼を言った。彼女が微笑む。下でお客が呼んだ。彼女はスリッパの音をパタパタと立てて降りていく。俺はしばし彼女の去った空間を見つめていた。

「君、わかっているのかい?」

 おやっさんは珈琲をブラックのまま一口飲んでから言った。

「君が宮司になるということは、即ちも引き継ぐんだよ」

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