第9話 神話

「わしが狼になる理由を話そう」

 それは簡単な昔話だったが、いささか衝撃的な内容だった。



――六百年程前この辺りで戦が起きた。その日は満月で名のある武将がこの森を夜営地としていた。夜半過ぎ敵軍兵が奇襲攻撃を仕掛けた。

 森には火が放たれ、動物達も行き場を失った。

 森の神は、補食以外の無駄な殺戮と、森の破壊行動に怒り、森にいる全ての人間の命を奪った。

 その後も満月の夜にこの森に立ち入った者は帰らぬ人となり、土地の人々は神の怒りを鎮める為に社を建てた。


 土地の巫女は神に言った。

「満月の晩には神主が夜回りをして、森の秩序を保つと約束します。どうか人々を助けてください」

 森の神は笑って申された。

「その非力な男がどうやって森を守るというのだ?…ならば満月の晩には牙を持った狼にしてやろう」

 神はそこにいた神主を狼の姿に変えた。

「森の秩序が保たれれば人間を助けてくれますか?」

 巫女は尋ねた。

「良いだろう。だが約束が守られなかった時、お前は生け贄だ。満月の度にお前は兎になる。約束が果たされなければ、森の魔物に喰われる事を忘れるな」

 神は巫女の姿を薄茶色い兎に変えた。それからというもの土地の人々はその社を狼兎神社と呼ぶようになった…。



「つまり満月の度に俺も狼になると…」

 俺は絶句した。宮司を引き継ぐと変身能力もついてくるのか。

「狼は夜目が利く。人の時より数段歩きやすい。夜回りはやりがいのある仕事だよ。変なやからもいるから警戒が必要だ」

「変な輩?」

「不法投棄とかね。統計は取ってはおらんが、月明かりのせいか、満月の前後が多い」

「それは、許せないですね」

 月が満ちると人を惑わす引力でもあるのだろうか。このご時世に何とも時代遅れな迷惑行為だ。

「そういう輩は少し威嚇すれば帰っていく。遠吠えしてやれば噂が立って、他のやつらへの牽制にもなる。警戒すべきは森の魔物だ」


 おやっさんは袖を捲って右肩を見せた。何かの歯形のような傷痕がある。

「これは?」

「優子の母親を襲った魔物の歯形だ。彼女は兎になったところをられた」

「まさか…先程の話の魔物ですか?」

「あるいはね。暗闇で姿は曖昧にしかわからなかったが、体はさほど大きくは無く、嗅いだことのない嫌な匂いがした。本当に魔物だったのかもしれない」

 俺は想像して悪寒のようなものを感じた。ブルッと身体が震える。

「神話を丸々信じるわけではないが、その日偶然にも森に侵入者があった。違法に木を伐採していったんだ。それが神の怒りに触れたのかもしれない」

 おやっさんは袖を戻した。

「もう三十年も前の事だ。あの子には護身用の麻酔銃を持たせているし問題ないさ」




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