第10話 スーパームーン

「スーパームーン?」

 本日は土曜日。俺は道具屋にいる。おやっさんは復活して、俺は店を手伝いながら、少しずつ商品の勉強を始めている。

 不思議だがあの話を聞いても尚、俺の意思は変わらなかった。人知れず悪と戦う、昔好きだったヒーローみたいだと思った。案外自分は楽天家なのかもしれない。

 とはいえすぐに銀行を辞める訳にもいかない。引き継ぎが済むまでの間は、休日はここで道具屋見習いとして働かせて貰うことにしたのである。


「そう。スーパームーンの夜は特に気を付ける必要がある」

「何に?」

 俺は蝶ネジを行儀よく並べながら尋ねた。

「狼になっても人間の思考はあるが、若干獣化するんだ。つまり性欲や食欲が増す」

「えええ!」

 叫んでしまって他の客の注目の的になる。

「しーっ。声が大きい」

 おやっさんは俺の口を黒ずんだ手で塞いだ。

「月の輝きに比例して欲も倍増する。だから暦を把握して、月の明るい夜はなるだけ無欲でいる必要がある」

 なるほどそう来たか。煩悩だらけの脳ミソを何とか出来るだろうか。


「むぅ…満月の前には高級ステーキを食べておきましょう」

 俺は糸鋸を右手に持ち幻の肉を切る。おやっさんは大笑いする。

「その意気だ。色々と大変だが、体が軽くて速く走る事ができるぞ。風を切る感じは、君のオートバイに似ているかもしれないな」

 彼は嬉しそうに話す。

瞬間は恍惚となる。うまく言えないが、あの細胞がぶわっと変化する感じはなかなかだよ」



 品出しは適度に力仕事だ。これは何だろう?細かい英字が記載された重い箱の中身を尋ねる。

「おやっさん、これは?」

「それは熔接棒だ」

「これは?」

「それはエアホースの継手だ」

 種類が豊富で覚えがいがありそうだ。

「これは?」

「そのプライヤーはなめたネジを外す事が出来る」

 俺は楽しくて矢継ぎ早に質問する。しばらくして鼻歌を歌っている自分に気付く。何故か◯◯えもんのメロディだ。道具屋だからか?



 おやっさんが休憩に入ると、入れ替わりで裏口から優子さんが入って来た。マイバッグからネギが顔を覗かせている。

「お手伝いありがとうございます」

 彼女は封筒を俺に差し出した。

「これは?」

「手伝いのお礼です。よかったら」

 そう言うと彼女は狭い通路を奥へと進み、階段を上った。

 一目で恋文ではと分かる茶封筒である。中を探ると紙幣ではない。職業柄、紙幣は触れば分かる。独特の質感、角にはザラザラしたマークが券種ごとにつけられている。コピー紙幣を疑って確認するのも大事な仕事だからだ。

 何だろう…そっと引き出す。

――それは近くの水族館のチケットだった。





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