第11話 アクアリウム
本日は日曜日。俺は優子さんと近くの水族館に来ている。彼女にとってはお礼だが、俺にとっては立派なデートだ。
「イベンターさんにいただいたんです。泳ぐ魚はお好きですか?」
お柿ちゃんのイベント主催者がチケットを二枚くれたらしい。
「好きです。タカアシガニもチンアナゴも大好きです!」
俺は食い気味に参加表明した。彼女は笑って言った。
「寒くなってきたから、うちの軽トラで行きますか?」
室内は薄暗く、目の前の水槽ではイルカプールの水中の様子を見ることができる。水槽から漏れる屈折した光が幻想的だ。
彼女は珍しく淡いピンク色のワンピースを着ている。膝が見えるか見えないか位の丈に年甲斐もなくドキドキする。バイクだったらパンツスタイルだったろう。俺は軽トラに感謝した。
「何て自由に泳ぐんだろう」
彼女はしばらくイルカの泳ぎを見てからこちらを向いた。
「木村さん、私この間嘘をついたんです」
ちょうど彼女の立っている辺りにイルカが寄ってきている。
「あの晩の兎のこと?」
俺には心当たりがあった。
「ええ」
「あれは…君だった?」
「そうです。やはり父から話を聞いたんですね」
優子さんは少し寂しそうに微笑んだ。
「君が嫌なら僕は聞かなかったことに」
俺は微笑みかえしたが、うまく笑えたかわからなかった。彼女の様子を見ていると、兎になることを良く思っていないような気がした。
「いえ、いいんです」
彼女はイルカに向かって大きく手を振る。イルカはこちらに興味深々だ。
「実は二十歳の頃に、父には内緒でお付き合いしていた人がいたんです」
彼女はイルカの方を見たまま話し始めた。
「その頃は、自分が満月に眠ると兎に変わるなんて知りませんでした。母が亡くなった日も、父が抱きかかえていたあの兎が母だなんて思いもしなかった。父は私が気付くのを恐れ、以来ずっと隠していたんです」
「そう…」
俺は彼女の隣に並んだ。俺はわざと彼女を真似て大きく手を振ってみるが、イルカ達はオヤジには興味がないらしく向こうへ行ってしまった。
「道具屋を始めるとき倉庫を整理していて、神社に纏わる古い本を見つけたんです。その時初めて、母の死因が交通事故ではないと悟ったんです。その時竹下さんも一緒でした。だから彼は
彼女は俺の袖を引くと、次の水槽へ移動する。無数のクラゲがふわふわと気持ちよさそうに漂って、傘の輪郭がぼんやりと光っている。
「それで、その彼とはどうなったの?」
俺は気になって聞いた。
「その彼と無断外泊したことがあったんです」
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