第13話 次の満月


 次の満月、俺は有給休暇を取って狼兎神社に来た。まだ辺りは薄暗いがもう月が出ている。

 社の裏手には太い御神木があり、社を建てる以前はそこに神が宿るとされていたそうだ。ぐるりと注連縄しめなわが巻いてあり、白い紙垂しでがヒラヒラしている。

 その下に竹を格子に編んだ扉らしきものがある。どうやら御神木の根元辺りに大きな穴があいていて、それを隠すように仕切垣が置かれている。


「することは至ってシンプルだ。まず拝礼してから、このを横へずらして穴の中に入るだけだ」

 おやっさんが手順を説明する。

 仕切り垣は竹の曲線が美しく、最近新調したのか、爽やかな青竹で出来ている。


 子供の頃家の隣に竹屋があって、そこの親父がこんな仕切垣を制作していた。

 作業場の外には長い青竹が大量に山積みされていて、雨よけのシートが掛けられていた。その上を歩くと竹がぐらぐらして面白く、俺のお気に入りの場所だった。

「坊主、あぶないぞ」

 親父は竹を丸鋸で切ったり、鉈で縦に割ったりしていた。思えば竹屋が俺の工具好きの原点かも知れない。


 仕切り垣をずらすと、大きな穴が出現した。

 おやっさんは背中を丸めて穴に潜ると、こちらを向いて微笑み、目を閉じた。


 ――その刹那

 彼は、に変わった。


 全身の毛が徐々に生えて爪が伸び…と勝手に想像していた俺は度肝を抜かれた。おやっさんは瞬きほどの間に狼になったのだ。

 驚いた理由は他にもあった。は想像していた灰色ではなく、真っ白な毛並みをしていた。


「ついてきたまえ」

 おやっさんの声が脳に聞こえてくる。俺は借りた額のヘッドライトを点灯すると、暗い森へと足を踏み入れた。

 進む獣道は足場が悪く、顔や腕に枝や葉っぱが刺さり、蜘蛛の巣にも引っ掛かる。

 だが白い狼の後ろ姿は優雅で惚れ惚れするほど格好良く、俺は導かれるように足を進めた。

 狼は森の端まで行くとアォーンと遠吠えをした。


 夜回りが終わったのは夜半過ぎだった。

 暗闇の中白い狼は御神木の穴に入ると人型に戻った。俺は何故か、昔電話ボックスで着替えたヒーローの事を思い出した。



「優子ちゃん、いるか?」

 俺達が道具屋に戻ると、一階の店舗内は明かりがついていた。おやっさんが声をかけるが返事はない。

 店内を見回すと、カウンターの壁際の丸いパイプ椅子で眠る彼女がいた。おそらく俺達を待っていて壁にもたれかかったまま眠ってしまったのだろう。薄茶色の兎は丸まってすやすやと眠っている。おやっさんが頷く。

「寝室へ運んでくれ」

 俺はそっと彼女を抱き上げて、二階へ運ぶ。腕が温かい。兎の体温は少し高いのかもしれない。

 ――朝まで一緒にいてくださいね

 彼女の言葉を思い出す。俺は薄茶色の兎をそっとベッドに寝かせると、床に座り込みベッドにもたれかかった。


 鳥の声で目が覚める。どうやら転た寝していたようだ。

 朝日が眩しい。

 ベッドに目をやる。

 そこに彼女の姿は無かった。








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