第14話 捜索
その日俺は会社を休んだ。
「きっと目が覚めてどこかに出かけたんだろう」
おやっさんは言った。だが俺にはそれが彼の強がりだとわかっていたし、彼女が俺に声もかけず姿をくらます筈がないという確信があった。
ならば、考えられることは一つだ。
――兎のまま、どこかへ連れ去られた。
だとしたら彼女の生命に関わる。一刻も早く捜さなくてはならない。
幸い仕事は大まかな引き継ぎを終えていた。俺は初めて仮病で会社を休み、取引先への指示を電話で済ませた。
「彼女のスマホは?」
電話をかけてみる。店舗のカウンターで、見たことのある薄桃色のスマートフォンが鳴った。
「やはり持っていないようだ」
おやっさんの顔が蒼白になる。
「森へ行きましょう」
俺はひたすら走った。
走りながら、何故眠ってしまったのかと自分を責めた。好きな女一人守れなくて何がヒーローだ。俺に森を守る資格があるのか。
無我夢中で森を回った。だが夕方になっても兎は見つからなかった。
「緊急の用で友達に会いに行った可能性は?」
慌てていて、スマートフォンを置き忘れたのかも知れない。
「わからない。最近は友人とも疎遠になっていたようだ。竹下さんとはたまに喫茶店で会っていたようだが」
おやっさんは疲れた様子で鳥居にもたれた。
「竹下さんの連絡先がわかりますか?」
俺は祈る思いで楽器店の電話番号をプッシュした。
「親父さん、キムティ、大丈夫?」
竹下さんが店を閉めて来てくれた。俺の呼び名が独特だが、今突っ込む気にはなれない。
「あとは木の上か小川しか探すところがない」
おやっさんはうなだれて言った。
森に沿ってうねりながら流れている小川には、川の両サイドに狭い土手がある。俺は森を二人に任せて土手に降りて捜索した。
結果、兎も優子さんも見つからなかった。
「もう暗い。また明日捜そう」
おやっさんが言った。俺達は憔悴して道具屋を後にした。俺は会社に電話して明日も有給を取った。
「元気出して。ひょっこり帰ってくるわよ」
竹下さんがカラ元気で言った。俺は近くの喫茶店で今日の一食目を食べていた。腹は減っているが、味がよく分からない。
おやっさんは警察に捜索願いを出したが、事件性を伝えることは難しかった。
「お柿ちゃんのイベントスタッフにはあたってみた?」
「責任者に確認してもらっていますが連絡はまだ…」
お柿ちゃんは街のキャラクターなので、市役所の街づくり推進課というところが担当だった。
「食べて元気出そう。スーパーやコンビニならまだ開いてるわ。捜しましょう」
俺は頷くとエスプレッソを流し込んだ。
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