第30話 決心

「神様、今日は神社のお祭りでした。こんな日は、本当は私の声が届いているんでしょう?」

 彼女は何を言っている…?

「でも貴方が返事をすると、私や魔物がまた苦しむから、黙っているのではないですか?」

 彼女は、俺の作業用の上着を羽織っている。裏地がふかふかで暖かいが、洗っておけば良かった。

「けれど大丈夫です。私、決心しました。貴方を信じて兎家の血をつなぎます」

 俺は白い狼の姿のままじっと聞き入る。



「ただ宮司の父は、母の命を奪ったあなた方を今でも許すことが出来ません。だからどうか、父の前では眠ったままでいてもらえますか?」

 辺りは静まり返っている。周辺の木々の葉が、かすかに揺れる音しか聞こえない。

「この先、不届き者により理不尽に森が荒らされる事があるかもしれません。そんな時は私が責任を取ります。ですから父には何も言わないで」

 彼女の声が震えている。

「優子さん…」

 俺はすぐ背後まで近付き、そっと名を呼んだ。驚いた彼女が振り返り、目尻を拭って微笑む。その左手の指にはあのナットが鈍く光っている。



「お帰りなさい、木村さん」

「それ…」

 なぜ小指なんだ…思案するが、狼のままでは極上の匂いにつられて上手く考えが纏まらない。

「あ…」

 視線に気づいた彼女は左手をお尻の方へ隠す。

「それは、ってことかな…」

 唯一思い付いた答えを言ってみる。彼女は屈んで、俺の尻尾をつんつんと引っ張る。

「私、意外と関節が太いの。小指にしかはまらない…」

 はにかんで、今度はぽこぽこと背中を叩く。魔物に噛まれた傷はすっかり良くなったが、何だか痛い。そうか…小指のナットのせいか。



 叩かれながら、御神木に向かって話しかける。

「巫女と一緒だから、俺の声も聞こえていますか?」

 静寂の森に自分の声が木霊する。

「もしも森に何かあった場合は、俺が全責任を取ります。彼女には手を出さないでください」

 それから神に声が届くよう、息の続く限り遠吠えした。彼女は、両手で顔を覆ってしゃがみこんだ。

「うぅ…」

 俺は彼女の右頬をペロリと舐める。次に左頬。

 しょっぱい味がしなくなるまで、ずっと舐め続けた。



「そろそろ納戸も寒いでしょう?今夜からは私のベッドで寝てください」

 帰り道、彼女が微笑む。

「もし魔物が復活しても、隣にいれば安心。木村さんは私の姿を見ても、いなくならないでしょう?」

 ほんのりと頬が紅いのは肌寒いせいか?

「う、うん。毎日添い寝してもいいのかい?」

 勢いでまた要らぬことを口走る。

「駄目よ。満月の夜だけ」

 彼女は悪戯に笑いながら、道具屋の裏口のドアを開ける。店内の明かりが隙間からもれて足元が明るくなる。

 そこにはあの、コーキングガンが立て掛けられている。そういえばずっと置いてあるが、何かのまじないだろうか。思えば初対面の時、これのお陰で彼女と話せた気がする。

 明日おやっさんに聞いてみようと思った。



















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