第23話 広告塔

 道具屋の前を流れる小川の沿道は、街のマラソン大会『みどりマラソン』でいつになく賑わっている。大会名に相応しく年に一度、新緑が豊かになるこの時期に開催される。



 今年初めて道具屋の前の短い橋に給水所が設置された。店に直結する唯一の道を塞がれては商売にならないと抗議するも、熱中症対策であり他に安全な場所が確保出来無いからとの理由で、当日は止むなく臨時休業することになった。

 久々の日曜休みである。優子さんを誘おうかと思ったが、あいにく彼女はアルバイトらしい。

 D I Y するか神職の試験勉強をするか、はたまた冷やかしでマラソンに出るかで迷った挙句、俺はハーフマラソンにエントリーした。



 これでも若い頃はサッカー漬けで、体力には自信があった。大人になってからは日課として毎朝走るくらいだが、不思議と夜回りを始めてから体が軽い。狼の走り方を脳が覚えたことが、プラスになっているのかもしれない。

「スッスッ…ハー」

 息を二回吸って一回長めに吐くのが、俺の呼吸法だ。体育の授業で二回吸って二回吐くと習ったが、どうしても馴染めなかった。

 服装は自由。おケイこと竹下さんがくれた、白いTシャツと短パンでひた走る。



「転んじゃだめよ」

 四日前彼がそう言った。その理由はTシャツを広げた時に判明した。背中に大きく赤い文字で『兎道具屋』と書かれている。そのインパクトある文字に参加を躊躇したくらいだ。

 だがどうせ広告塔をやるならついでに…と心に決めた事があった。

「転ばないさ。二十位以内を目指すよ」

 二十位までは入賞で、景品が貰えるらしい。

「頑張ってね!入賞したら祝い酒を持ってくるわ!」

「入賞できなくても残念会で飲むんだろう?」

「ご名答!」

 おケイはきっと洒落た酒を持参するだろう。美味い酒になるようにしなくては。



 左手の時計を確認する。練習よりもハイペースで走っているが、前に大勢のランナーがいる。呼吸が苦しい。このままでは入賞出来ない。

「くそっ…」

 左の膝に違和感が出ている。経験上大丈夫だ。ゴールのみどり園まではあと僅かだ。明日の仕事のことを考えながらも、諦めることは出来ずにラストスパートをかけた。

 呼吸が苦しい。

 足が痛い。

 その時視界にオレンジ色の物体が入った。お柿ちゃんだとすぐに認識出来た。力んで足がもつれる。

「あ…」

 恥ずかしいことに俺は、お柿ちゃんまであと数メートルのところで転んだ。転んだ先にみどり園に続く銀杏いちょうの木がある。

 肩を木の幹に打ち付け、背中の『兎道具屋』は泥まみれになった。








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