第24話 完走賞
結果は完走賞のみで、記念にお柿ゼリーが貰えただけであった。
「木村さん…」
オレンジ色のつなぎを着た優子さんが、紙コップを持ってやってきた。髪が汗で濡れている。着ぐるみの中も暑かったのだろう。
「かっこ悪いところ見せちゃったなあ。まさか君がここにいるなんて思わなかったよ」
「面白いTシャツ!」
彼女がクスクス笑う。
「おケイの仕業だよ。汚しちまったけどね。ごめん…」
「あら。一番目立っていたから、結果オーライよ」
微笑んでスポーツドリンクを差し出す。俺は感極まって、紙コップを持つ彼女の手ごと握りしめ、もう片方の腕で彼女を抱きしめた。
「ありがとう」
ぎゅうっと腕に力を込める。制汗剤だろうか、花のような良い香りがする。
「き、木村さん、あの…」
数秒間抱きしめて、はっとして腕を離す。
「ごめん。臭いよね!うっかりしてた。オヤジ臭プラス汗臭だ」
「違うの…周りの視線が」
はにかむ彼女の顔の向こうに、こちらに興味津々なランナー達と大会関係者が見える。
しまった。お互いに目立つ格好なのを忘れていた。俺は苦笑いして、ぐいっと乳白色の液体を飲み干した。
「あのさ、優子さん。入賞出来たら言おうと思っていたことがあるんだけど」
「なあに?」
彼女が首をかしげる。純粋で円らな瞳が俺を見つめる。
「言えなくなっちゃったから、また来年もこの大会に出るよ」
「えっ…来年までお預け?来年も入賞しなかったらどうするの」
「再来年」
「また転んだら?」
「次の年…」
「何なのよもう!男らしくないわ」
拳で俺の胸をポカポカと叩く彼女の姿に、妙ににやけてしまう。ずっとこうやって過ごしていけたら最高だ。
足がガクガクで明日は仕事にならないかも知れないけれど、走り切ったことに後悔はなかった。
ところがその時俺は忘れていたのだ。今宵はスーパームーンだということを…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます