アリサエマ
アリサエマは青い顔で俯いたまま、身じろぎもしていなかった。
まるで裁きを待つ罪人のようだ。
「色々ありましたが……気を取り直して狩りでもにいきませんか! 良かったらアリサも一緒に――どうかしたのですか、アリサ? 気分でも悪いのですか?」
ネリウムがさりげなく話題を修正してくる。
……リルフィーと違って頼りがいがあるな! 酸っぱくて怖いのを差し引いても……実にいい! 臨時共闘なのが惜しいくらいだ。この機にリルフィーとトレードはできないものか……。
「あれ? VRズレでも起きてます? GM呼びましょうか?」
リルフィーが親切そうに言うが……『GM』の言葉に、アリサエマは身体をびくっと震わせた。
VRズレというのは、生身の身体とベースアバターが一致してないときに起きる不具合のことだ。
まだ成長期にあるユーザーはベースアバターとのズレが生じやすいし、成長期でなくても新しいVRソフトをはじめたり、新しいベースアバターに変えたりでもVRズレが起きることもある。
軽いもので消えない違和感程度だが……重症になると不快感にまで強くなったり、頭痛などの現実的な現象まで引き起こす。
普通はベースアバター屋での再調整をしたり、ゲームシステム側に微調整を頼んだりして解決する。……普通ならばだ。
灯のように他人のベースアバターに無理やり乗っていたり、エビタクシリーズのようにベースアバターの大改造をしていたらVRズレが起きて当たり前だろう。
が、そんなケースではGMを呼ばれたくはないはずだ。
さすがリルフィーだ……選びうる選択肢の中で、常に最悪を引き当て続ける。
「大変! GMさん……呼んだら来てくれるかな? GMコール……どこにあるのかな……」
優しいカエデはリルフィーの言葉を真に受け、メニューウィンドウをあちこち弄くってGMコールの方法を探しはじめた。
ここは助け舟をだしてやるべきだろう。カエデのためにも……アリサエマのためにも。
「大丈夫だと思うぞ。たぶん、アリサさんはVRズレじゃない。灯のことで……驚いているんじゃないかな?」
アリサエマは俺の言葉に驚いて……顔を上げ、恐々と俺を伺うように見た。
真意が伝わらなかったのだろう。もう少し工夫するべきのようだ。
「そっかぁ……まあ、驚くよね! 色々な人がいるんだろうけど……ボクも驚いちゃった! あっ……ボクはカエデだよ! よろしくね、アリサさん!」
「そうだな。カエデが言うように……『色々な人』がいるよな。でも、『色々な人』がいるのを『お互い認めつつ』……『それはそれで』仲良くするのが一番だと俺は思うな。まあ……灯のように『攻撃的』なのは困るし……それは『なんとかする』しかないけどな。アリサさんもそう思うだろ? だから……『良かったら』仲良くいこう」
アリサエマの目をまっすぐに見つめながら言った。
俺の言葉を聞いて、最初は不審そうだったが……裏に込めたメッセージに気がついたのか、徐々にアリサエマの顔は明るくなる。
その優しそうな女の子の顔で開けっぴろげに……まるで救い主が現れたかのような表情をするのは勘弁して欲しかった。不可侵条約を結んだつもりなのだが……きちんと伝わったのだろうか?
まるで理解していないリルフィーがキラキラした目で俺を見るのが堪らない。だから、それはやめろ! 尻がムズムズする!
慌てて俺はカエデの様子を探るが……特になにも感じていないようだ。良かったような……無関心すぎて寂しいような……。
俺以外の誰も気がついていないが……アリサエマは本物の人だ。
……本物のオカマの人という意味だ。
そっちの世界には詳しくないから判らないが……稀に男に生まれながら、自分を女としか考えられず……好きになるのも男という人がいるらしい。
詳しくは性同一性なんちゃらと呼ぶのだとか、男として男が好きなのとは違うだとかあるらしいのだが……俺にはそういう人がいるということだけで十分だ。
目に付くネカマを片っ端から断罪していた頃、そういう人に出会った。
無知で未熟な俺は、自慢げにその人も断罪したのだが……後味の悪い結果となって、後悔だけが残っている。
唯一の救いはその人と恋人が、今では幸せにやっていることだろう。……どう幸せなのか絶対に知りたくないが、そう思うことにしている。
それ以来、俺は頼まれなければ『鑑定士』として動かなくなったし……微妙な案件には慎重に対処を心がけた。
アリサエマのベースアバターには改造が見受けられるし……それを細心の注意を払って動かしている――それが逆に、俺には違和感として感じ取れるのだが――のも判る。
おそらく、アリサエマは強烈なVRズレに耐えながら……いまのように明るく笑っているはずだ。
彼……女……?にとってはVR世界は夢の世界で……現実では絶対に果たされない望みのかなう世界で……それを俺が土足で踏みにじることはないだろう。
「偶然だけど……もしかしたらボクたち、バランス良いんじゃないかな? 『戦士』が二人に――」
そこでカエデは俺とリルフィーを指差す。
「『僧侶』に――」
次はネリウムだ。
「『魔法使い』!」
最後にカエデはアリサエマを指差した。
アリサエマは恥ずかしそうに笑うことでカエデに答える。なかなか良い感じにグループができ始めているようだ。
「……ところでカエデは?」
カエデは身体にぴったりとフィットした皮鎧――これを起伏あるものに育てるのは俺の仕事なのだろう! ――を着ているのだから、『盗賊』に決まっているが……なんと答えるのか楽しみだから聞いただけだ。
「ふふ……ボクは『盗賊』だよ! ボクの華麗なテクニックでモンスターをやっつけちゃうぞ!」
カエデはおどけて短剣を抜いてポーズをとるが……かっこいいというより可愛すぎる。
どれくらい可愛いかというと……狩りに行く気がうせたぐらいだ! もう狩りなんてどうでもいいから、ここから見えるあの宿屋に二人でペアハントにでも――
「少し時間を無駄にしてしまいました。そろそろ狩りにいきましょう!」
頼りになる相棒ネリウムが俺を引き戻してくれた。本当にこの人は頼りになる!
ネリウムの言うとおりだ。狩りは適当に……短時間でサッサッと切り上げねば! 真の戦いはその後なのだから……ここでグズグズしている暇はない!
よし、すぐ行って、すぐ帰ってこよう! と思っていた俺の肩を――
「少年……良い目をしているな。その力……わが団で役立てて見ないか?」
と言いながら引き止める手があった。
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