衝突

 おそらくは四人組に無残に……それこそシステマチックに排除されたんだろうが……。

「ダゲルざーん……あいづらがー……あいづらにイジメられまじだー……」

 そう言いながらリルフィーは俺に泣きついてきた。

 一昔前には『イジメかっこわるい』だのと変なキャッチコピーが考えらたらしいが……俺に言わせれば違う。『イジメられたと言うのかっこわるい』だ。

 『イジメ』などと子供用の名称でなく『暴行』だとか『恐喝』、『ハラスメント』などと呼ぶようにすれば良い。躊躇うことなく被害を公表できるようになる。

 リルフィーはいい歳してイジメられただの……恥ずかしくないのだろうか?

 同世代の男に狩場の取り合いで負けて泣いて帰ってくる……あまりの情けなさにこっちが泣きたくなる。

 恍惚とした表情でこちらに近寄ってくるネリウムが目に入るんだから尚更だ。リルフィーに同情できなくても冷血とは言えないんじゃないだろうか?

 リルフィー! 後ろ! うしろー!

「お友達?」

 カエデが心配そうに俺に聞いてくる。

 リルフィーに心配してやる価値などない!

 ないが……しかし……カエデの前で友人もどきに冷たくするのはまずいだろう。ここは表面上だけでも、リルフィーの面倒をみるフリぐらいはするべきだ。

「……どうかしたのか?」

 なるべく優しく声をかけたつもりだが……込めた優しさは氷点下の温度になってしまった。カエデに悟られねばいいのだが……。

「あ、あいつら……あいつら俺のことニートって言うんですよー!」

 リルフィーは持ち前の厚顔無恥さを遺憾なく発揮した。俺の声音が冷たかったことなど気がついてもいないに違いない。どうしてコレをやつらの前で発揮できないんだろう?

 だいたい、リルフィーがニートと呼ばれるのは自業自得だ。

 実際に奴がリアルでニートなのか俺は知らない。でも、奴は『最終幻想VRオンライン』で『最終職』と自慢して歩いている。『最終職』の俗称は『ニート』――条件が厳しすぎてニートの廃人ゲーマーでもなければ転職できない幻の職業なのが由来だ――であるから、四人組は中傷誹謗した訳でもなんでもない。

「えっと……に、ニート? そんなこと……」

 口ごもりつつもカエデは、リルフィーを慰めようとした。

 リルフィーにすら優しいカエデに感動だが……言い淀んだのも理解できる。

 実際、ニートの奴がニートと悪口を言われても弁護は難しい。それに本当にニートなのか確認するのも気がひける。

「お前の良さは解る人には解るよ。ニートだとか……そんなこと気にするな!」

 俺もリルフィーを慰めてやった。

 嘘じゃないから心苦しいところが全くない。それが証拠にリルフィーの真後ろにはネリウムが到着して……ロックオン完了というところだったからだ。

 良かったな、リルフィー……お前の希望と全く違うだろうが、お前を新しい世界へ連れて行ってくれる人だぞ。ついでに色んな扉も開けてくれるだろうが……俺の扉じゃないから気にならないしな。

「あ、ありがとうございます! ……って! それじゃ本当に俺がニートみたいじゃないですか!」

 一瞬、慰められかけて、慌てて否定するリルフィー。

「そうです! リルフィーさん! ニートかどうかなんて……その人の価値には関係ないんです!」

 ネリウムがひょいっと会話に入ってきた。

「ネリウムさん! ありがとうござ……いや、違うですよ? 俺、本当にニートじゃないですよ?」

 ネリウムが自分を心配して付いて来てくれたと思ったのか、リルフィーは一瞬大喜びしたが……ネリウムにニートと断じられてショックなようだ。

「ニートだからと恥じることはありません! 頼りがいが無さそうでも! 甲斐性が無さそうでも! それだけが男性の魅力ではないんです!」

 目を爛々と輝かせながらリルフィーを慰めるネリウム。

 しかし、言葉が重ねられるほどにリルフィーの心には棘が刺さる。これが高尚なコミュニケーションというやつなんだろう……たぶん。

「そ、そうそう! あんな人達が言うことなんて気にすることないよ!」

 多少、ネリウムの言葉に疑問は持ったのだろうが、カエデはとにかく励ます方向にしたようだ。

「う、うん……」

 リルフィーの返事に元気がないのは……結局、ニート認定されたからだ。

 みんなに慰めてもらっても、ニートの濡れ衣を着せられたら複雑な心境に違いない。そんなリルフィーを見て満面の笑みのネリウムが本当に怖い!

「気分転換に……狩りでもいこ? せっかくの初日なんだし!」

 カエデが無邪気に提案してくる。

 渡りに船だが……ここはネリウムに臨時共闘を提案しておくべきだ。俺はネリウムにアイコンタクトを試みた。すぐに意思を込めた視線が返ってくる。向こうも異存は無いようだ。

「そうだな……『軽く』街の外へいってみるか」

「そうですね……せっかく知り合ったのですし……『四人』で行ってみましょう!」

 俺の言葉に即座に被せてくるネリウム。リルフィーと違って実に心強い!

 リルフィーの奴は「流石、タケルさんです!」みたいな顔で俺を見るが……目の前で自分が売られたとは全く気がついてない様だった。

 たまにはリルフィーも役に立つなぁ。などと考えていると――


「ちょっとネリー! 私達おいてどこへ行くのよ!」

 ……灯がまた俺たちのところまでやってきた。

 しかし、ネリウムに話しかけておきながら、目線は俺から全く動かない。……かなり気に入られたようだ。どこで恨みを買ったのか未だに思い出せないが……灯のようなタイプは本当に理解できない。何がしたいのか全く意味不明だ。

「い、いえっ! こ、この方達と狩りに……灯たちも一緒に……どうですか?」

 ネリウムは灯とアリサエマに多少は悪いと思ったのか、そんなことを言い出す。

 俺に言わせれば臨時共闘破りだが……ネリウムには微塵も悪意は無いだろう。

「おっ? 狩りに行くんでっか? いいですなぁ……わいらもご一緒していいですかぁ?」

 おどけた口調で『お笑い』が話しかけてくるが……目は全く笑っていない。俺とカエデを冷静に値踏みしている。

 四人組は灯たちを狩るのに失敗したのだろう。が、まだ諦めては居ない様子だ。

 よく考えれば……四人組のシステムでネリウムは絶対に落とせない。灯も無理だ。二人とも奴らの想定外にいる。それを予測しなかったのは俺の落ち度だ。

 強気な姿勢が崩れないのは、自分達の戦略に絶対の自信があるからだろう。灯、アリサエマ、ネリウム、カエデとこの場にいる最上の獲物を狩る。確かに悪くない考えだ。しかし――

「ま……みんな仲良くやろうぜ!」

 『主人公』が爽やかに宣言した。

「それが良いと思います」

 それに『美形』が追随する。

 ……なるほど。ここにきても悪くない戦術だ。

 これで争いを臭わす言葉は封じられるし……最悪、俺とリルフィー込みで取り込むつもりなんだろう。後で俺たちを弾き出せば問題ない。

 そもそも、俺は奴ら相手に一旦は引いている。ちょっとした示威行為で再び引く可能性も高い。リルフィーは……奴は手も無く捻られている。再び捻るのはわけないと踏んでいるはずだ。

 リルフィーは顔面蒼白で僅かに震えていて……さり気なく剣に手をかけている。

 うん、ダメだ。まるで学習していないな。ここでは武力なんて役に立たない。剣を抜いたところで相手の方が多いし、衛兵にやられるのがオチだ。

 そのリルフィーをご満悦の表情でネリウムは見ている。共闘中ではあるが……大して当てにならなか?

 カエデは不機嫌な様子だし――僅かに頬を膨らませいてとても可愛い! ――四人組への不快感がいまだに尾を引いているのだろう。カエデがいなかったらもう一度引いていたところだが……ここは不退転の決意で臨まなければならないようだ。

 『お笑い』の顔を睨む。冷静にこちらを値踏みしているのが気に食わない。それに意外そうにしたのがさらに不愉快だ。

 よし、やるか!

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