邂逅
まるで訳が解からない……。
なぜ、作戦が大当たりして絶頂にいる奴らが、俺たちに絡んでくるのだろう?
俺の見立ては邪推も良いところで……色々な偶然が重なっただけなのだろうか?
そしてこいつらは単純な親切心で喧嘩の仲裁役を買って出た?
「せやせや! 喧嘩はいかんでぇー?」
おどけた素振りをしながら『お笑い』が……俺と灯の方へやってきた。
おかしい……確かに俺と灯は消極的にだが、喧嘩をしている様にも見られなくもない。
だが、その隣ではジョニーとさやなんとかがもっと派手に喧嘩をしている。喧嘩を止めるならこの二人が先だろう……さやなんとかも一瞬、自分に話しかけられたのかと勘違いしてぬか喜びしていた。
『お笑い』に続いて残りの三人も俺たちの方へやって来た。つられて、周りにいた女達もこちらにやって来る。
俺には渡りに船の成り行きだが……依然として訳が解からない。
「今日は折角のβテスト初日なんだし……みんなで仲良くやろうぜ? 俺たちは同じゲームをする仲間なんだしさ」
『主人公』が灯に話しかける。
「それがいいと思います」
『美形』も賛同する。
そこで俺はようやく理解できた。
こいつらは灯たちに用がある……というか、狙いを定めてきたのだろう。ルックスは灯たち三人組が文句なしのトップグループだ。横から奪い取ろうと言う算段に違いない。
「ちょ! さっきから何だよ! お前達は横から!」
俺より先に成り行きを理解していたのか、取り巻きの男達が食って掛かる。……俺とリルフィーも『お前達』の中に入ってるかもしれない。
「あん? なんだ? お前達ってオレらのことか?」
『ワル』が剣呑な口調で受けて立つ。
「お前らのことに決まってんじゃねぇか! さっきから黙ってれば――」
「まあまあ、あんさん達……そないな荒っぽい言葉使わんで……。まるでチンピラみたいやで……おお、こわっ! 女の子達も怖がっとるやないか」
『お笑い』が絶妙な言い回しで場を収める。
場の雰囲気と言うのはある程度までは操作できるものだ。
『お笑い』は『男達がチンピラみたい』で『女の子が怖がっている』と周りを誘導した。それに釣られて、周りにいる女達は男達へ非難の眼差しを送っている。あっと言う間に、悪いのは最初から努力していた男達で、正しいのはあとから割り込んだ四人組という雰囲気に変えられた。
恐ろしいほど効率が良い手管だ。
ほんの一瞬で立ち位置を確保した上に邪魔者を排除、本来は不満に思うはずの女達を仲間にすらしている。
それに関西弁には詳しくないから断定はできないが……おそらく『お笑い』は関西弁のネイティブではないと思う。関西弁を道具として利用しているに違いない。素人が考える面白い人間としてのキャラ付けではなく――もちろん、その意味でも利用していると思われるが――露骨な表現が可能になるキャラ付けとして利用しているように思えた。
この四人の作戦参謀が誰かは解からないが……恐ろしく頭が切れる奴だろう。少なくとも、色々なシチュエーションの想像と対応策に抜かりが無い。
俺としてはこいつらと正面から渡り合うのは得策ではない……どころか無謀だろう。それに、そういうことなら――
「俺もあんた等に賛成だ。みんなで仲良くやろうぜ」
と言いながら数歩下がって、俺が立っていた場所を四人組に明け渡してやった。
飼い主に理不尽な理由で突然叩かれた子犬のような顔で、リルフィーの奴が俺を見た。……流石に少し悪いと思わなくもない。
四人組と灯、ネリウム、アリサエマが顔を付き合わせる激戦区に独り残したからだ。……ジョニーとさやなんとかもいるが、この二人は勘定外でいいだろう。
リルフィーは明らかに排除するべき敵で……おそらく、たやすく排除されるだろう。かといって、俺にはその場所を死守するメリットが全く無いんだから仕方が無い。
奴にとって正念場だが……俺よりも隣に目を向けるべきだ。そこには情けない顔をしたリルフィーを恍惚と見つめるネリウムが……。この人の酸っぱさ加減は尋常じゃないな……。リルフィー、隣! となりー!
俺としては公正なトレードをした訳だから、遠慮なく対価を頂くことにする。
四人組は女プレイヤーを引き連れてきてくれたのだし、灯たちの相手をしてくれるというのだから至れり尽くせりだ。
俺は周りにいる女プレイヤー達を物色した……どうやって近づこうか悩むところだったのだから、四人組様々と考えるべきか?
そんな俺を『お笑い』が観察していたが……すぐに興味を無くした様だ。
容認したくはないが……対価を支払った以上は認めるしかない。そんなニュアンスを感じた。他の三人は俺をノーマークであったから、こいつが真の司令塔の可能性が高そうだ。
周りにいる女プレイヤー達は興味津々で会話に割って入る隙を虎視眈々と窺っているのが半分、成り行きに不快感を感じていたり、興味を失いつつあるのが残り半分といったところか。
灯たちの取り巻きだった奴らのうち聡い奴が、俺と同じ戦略に切り替えだしたようだ。本格的な戦争のはじまりと言ったところか。あまり余裕は無いが、この一歩先んじたアドバンテージを生かし――
ふと、目があった。
その子はニコリと笑ってくれた。
俺は何か喋った。
その子は笑ってくれた。
たぶん、俺は変なことを言ったのだろう。
そこでようやく、俺は理性を取り戻せた!
やばかった!
あと少し惚けていたら、間違いなくプロポーズか……もっと露骨な取り返しのつかないドン引き発言をしていたかもしれない!
「どうしたの?」
少しボーイッシュなその子が尋ねてくる。
少し屈みこんだ姿勢で首を傾げ……口の辺りに握った手を添えてて……その仕草はとても可愛い!
ショートにした栗色の髪型はとても似合っていたし、同じ色の瞳はとても大きくて、綺麗で……吸い込まれそうだ!
「い、いやッ! な、名前ッ! 名前きいたっけッ?」
「あっ……ごめーん、自己紹介まだだったね! カエデだよ! よろしくね、タケル!」
俺はいつの間にか自分の紹介を済ませていたらしい。でかした、俺!
「よろしく……カ……カエデ……さん」
それを言うだけでかなりの度胸が必要だったし……顔が赤くなるのも感じた。アバターは顔が赤くなる機能なんて無いはずだから大丈夫なはずだ!
「やだなぁ……カエデで良いよ! 顔が赤いけど……どうかしたの?」
「ど、どうもしないよッ? ほ、ほんとだよッ!」
実際に顔が赤くなっていたらしい。また新型ベースアバターの無駄機能か!
「……ふにゅ。それより……どう思う?」
『ふにゅ』だ!
実際に聞いていない人は「ふざけるな」と怒り狂うんじゃないかと思う。
俺だってさやなんとかが相手だったら、思いっきり顔面にコークスクリューブローを捩じ込んだ。
だが、これから俺が言うことを信じて欲しい。
俺はその言葉を聞いて……腰が抜けそうになった!
本当の可愛さ……真の可愛さを前にすると人は腰を抜かす。
嘘だと思うだろうが本当のことだ。腰が落ちるのを必死で堪えてなければ……反射的にカエデを抱きしめていたに違いない。
「どうって……何が?」
「その……なんだか……やな感じだなって……」
悪事を告白するかのようにカエデは言った。
事実、カエデは良いことと考えてないのだろう。
……難しい質問だった。
話の流れ的にやな感じと思われているのは四人組に間違いないだろうが……四人組の態度に不愉快なのか、放置されて不愉快なのかが問題だ。それに拠って答えを変える必要がある。
ここで断っておきたいのだが……俺が不誠実なのではない。むしろ、俺にしては珍しく、最大限に誠実だ。
仮にここでカエデが「カラスは白いよね」と言ったら、躊躇うことなく「そうだね」と返す自信がある。カラスが実際には黒いことなんて……カエデと比較すれば全く意味がない事象だ。
「ふむ……まあ……色々な人がいるからなぁ……難しいよな」
どうとでも取れる返答で探りを入れた。
「そうだけどさ……なんか……こういうの嫌だな」
おそらくだが……四人組の態度に不快感を持っているんじゃないだろうか?
しかし、ここで焦ったらダメだ!
絶対に負けられない戦いは、絶対に勝たねばならぬ!
正々堂々だの誠実だのは犬に食わせる価値も無い。いまの俺が不誠実だとしても……それなら秘密にして墓場まで持っていくのが俺なりの誠実だ。
「うん。カエデの言うことは解かるよ。あいつらも色々とあるんだろうけど……」
「うーん……でも、ああも露骨だと……」
間違いない。カエデは四人組の態度を不愉快に感じたのだ。
どちらでも構いやしなかったが……四人組の態度が不愉快の方が俺的にポイントは高い。
「まあ、なるべくならあれだ……ああいう態度は良くないよな」
「ボ、ボクだって子供じゃないんだから……あの人たちががんばるのも……まあ、解からなくもないよ」
ボ、ボクっ子だと!
また腰が抜けそうになる!
カエデは少し恥ずかしかったのか、少し顔が赤い。新型ベースアバターの素晴らしい性能だ!
そして、少しふくれた顔で目を逸らし……胸の前で両手の指を合わせ、親指をぐるぐる回している。……とても可愛い!
「で、でもさ! そ、そういうのって……目的じゃなくて結果だとボクは思うの!」
軽く怒った表情で真っ直ぐに俺を睨むようにカエデは続けた。拗ねていると言っても良いかもしれない。両手は握りこぶしに変わっているが……可愛い握りこぶしだなぁ!
「カエデが正しいと俺も思うよ」
そう良いながらカエデの頭をポンポンと軽く叩く。
「もー! 子供じゃないって言ったじゃんかぁ!」
そう言いながら……カエデは両手で俺の手を胸の前まで引っ張り下ろす。完全にふくれっ面だし、上目遣いで睨んできてる。可愛い! 抱きしめたくなるし、思わずプロポーズしてしまいそうだ!
「悪い悪い……まあ、ちょっとあいつらは……アレだよな」
「……だよね。でも……タケルがボクと同じ考えで良かった!」
そう嬉しそうにカエデは言った。
よっぽど嬉しいのか、俺の手をぶんぶんと振りまわす。直後に自分が子供っぽいと感じたのか慌てて俺の手を離し、恥ずかしさを誤魔化すように――
「へ、変かな? 変じゃないよね?」
と照れ隠しなのか、上目遣いで急いで付け足した。
決めた! 俺、こいつと結婚する!
「ダゲルさーん」
神聖な誓いを胸にする俺に近づくお邪魔虫が……リルフィーだ。
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