荒野
荒野といっても、本物とはぜんぜん違うのだと思う。そもそも短時間で――短い距離で地相が変わるのも、現実的ではないはずだ。
足元はわざとらしいひび割れが目立つ、硬く平坦でグラウンドのような感じがした。全体的にどこまでも平坦な感じで、まばらに立ち枯れた木や岩ぐらいしかない。
街とは正反対の方角には大きな岩山があるが、あれは何なんだろう?
カエデに探してもらうまでもなく、この辺に生息するモンスターを発見できた。ここにもスライムがいる。しかし、ここのスライムは黄色ではなく、赤い色をしていた。
「……赤いな」
「……赤っすね」
俺とリルフィーは近づく前から嫌な予感に襲われていた。
「どうしたの? こんどは赤色みたいだよ! やっつけにいこうよ!」
「赤だと……困るんですか?」
カエデは無邪気にそんなことを言うし、アリサエマは俺たちの様子に不審そうだ。
「とりあえず……あいつがアクティブだったらすぐ戦闘になるから……そのつもりでな。リルフィー、リンクも警戒したほうが良いな」
「………………とりあえず、近くにはあいつ一匹だけみたいっす」
辺りを見渡しながらリルフィーは答える。
「慎重にいきましょう。アリサ、可能な限りアレとの間に前衛のお二人を挟むように」
ネリウムも嫌な予感はあるようだ。
モンスターの色違いでバリエーションを増やすのは良くあることだが……その中でも『赤』と『黒』のバージョンは要注意だ。
『黒』は上位種だとか、闇の力だとかの設定で、基本能力が底上げされていることが多い。
『赤』も同じように上位種などと設定されていることが多いのだが……それに加えて火を使って攻撃してきたり、なぜか凄く素早かったりすることがある。
赤色だから火を吹くというのは理解できなくもないのだが……赤いから速いというのはどういうことなのだろう?
慎重に近づいていくが、相手はこちらに反応しなかった。シルエットも『きいろスライム』と全く同じだ。
しかし、相違点もあった。
発見したスライムは『きいろスライム』とは違って半透明だった。プリンというより、ゼリーのような感じだ。透けて見える体内では大きな丸い球――大きさはハンドボールぐらいで、透明ではなく真紅――がゆらゆらと動いている。
名前を調べて見れば『あかスライム』と判明した。同じスライム種なのだろう。
「次は『あかスライム』か……まるでワインゼリーだな」
「苺ゼリー! 苺ゼリーが良い!」
俺の軽口を聞いて、真剣な顔でカエデが主張してきた。
「えっ? いや……苺でも……ワインでもどっちでも……」
「なら苺!」
まったく妥協を許しそうもない感じで断定された。
別にここで苺に決定されたからといって、苺ゼリーが食べられる訳ではないと思うのだが……その真剣な顔に思わずニヤけ顔になってしまう。
「むー……文句あるの?」
「……ないぞ。うん、苺ゼリーだな!」
まるで情けないイエスマンだが……カエデの為なら、その汚名に甘んじよう!
「……それで、どうします? タケルさん?」
やや呆れた顔のリルフィーに脱線から引き戻された。
「……魔法で攻撃からかな。いくつかのパターンが思いつくから……交戦状態になったら、俺とリルフィーが盾になる形に持ち込めるようにしよう」
「うーん……まあ、やってみるしか無さそうですもんねぇ」
「……そうですね。全く情報もありませんし」
リルフィーとネリウムは消極的だった。
気持ちは解からないでもなかった。
思いつく厄介ごとが多すぎて対応しきれないし、用意できる対応策もない。しかし、とにかくやってみるだけだ。
新しいモンスターと出会うたびに攻略方法を考えるのは大変だが、それは先駆者が乗り越えるべき試練だろう。熱心なMMOファンでもこの手探り感が苦手な人もいるが、俺は嫌いじゃないほうだ。
なんというか……この冒険している感じが悪くない。
「そ、それじゃあ! い、いきます! 『ファイヤー』!」
アリサエマの掛け声と共に魔法が勢い良く発射され、見事に命中したが……火の玉は『あかスライム』の表面で広がって消えた。反応も全くない。まるで何も無かったようにノロノロと移動し続けている。
「あれ? ぜんぜん魔法が効いてないよ!」
「火炎無効……っすかね? 無効だと反応もなしかな?」
「そのようですね。しかし……それでは……」
「私……なにか……間違えちゃいました? ど、どうすれば……」
みなが思い々々の感想を口にする。
「まあ、最悪の予想よりはマシかな。アリサさん、使える魔法は『ファイヤー』?だけ?」
「は、はい……。キャラクターを作ったらこの魔法を覚えてて……す、すいません……」
「作ったばかりの『魔法使い』はみんな同じだと思うよ。そんな謝らなくても……」
「その通りでしょう。『僧侶』も一つしか使えませんし、魔法の選択もありませんでしたから」
俺の説明にネリウムもフォローをしてくれる。
それでアリサエマはホッとしたようだ。……少しは馴染んでくれたか?
キャラクターが使える魔法を増やすのも、MMOの楽しみの一つだ。
ほとんどのシステムでレベルアップでは増えず、アイテムのように入手する必要がある。それもNPCから購入したり、クエスト――NPCが頼んでくる無理難題――の報酬で貰ったり、材料を集めて製作したり、貴重なドロップ品として入手したりと様々な方法であることが多い。
その兼ね合いなのか、作ったばかりのキャラクターは魔法を一つしか修得していないのが一般的だ。
「そうそう! タケルの言うとおりだよ! ここはボクたちがアリサの分までがんばっちゃうから!」
カエデも元気良くアリサエマを励ます。
カエデの言うように、俺たち前衛の三人ががんばるべきなんだろうが……それは少し厄介な感じだ。
同じ思いなのか、リルフィーとネリウムも渋い顔をしている。
「……ノンアクですし、スルーもありじゃないっすか?」
「それにしたって、一度くらいは試した方が良いだろ? 同じと決まって無いし」
リルフィーが乗り気でないのは……『きいろスライム』の時のように苦労しそうだからだ。効率の観点でいったら悪すぎるし、時にはモンスターを避けるのも方法論の一つではある。
「えーっ! せっかくなんだからやっつけようよ! ……きらきら光ってるし、こいつは良いものドロップするよ! きっと!」
すでに『あかスライム』に武器を構えていたカエデは、振り返ってみんなにはっぱをかける。
優しいカエデはまだ気にしているアリサエマのことを考え、そんなことを言ったのだろうが……それよりも発言に気になることがあった。
「光ってるって……『あかスライム』がか?」
「うん、ほら、身体の中の真っ赤な球が――あれ? ……光ってない」
良くわからない答えが返ってきた。
カエデの方はというと、納得がいかないのか唸りながら『あかスライム』を睨んでいる。すると――
「あっ! ほら! また光りだした! ね、嘘じゃないでしょ?」
嬉しそうにカエデは言うが、俺の目には全く光って見えない。
問いかけるようにみんなの方を見るが、一様に首を横に振った。
「えーっ! 光ってるんだってば!」
疑われていると思ったのか、少し不機嫌そうにカエデは繰り返す。
カエデが嘘をつくなどと微塵も思っていないし、真偽などどうでも良いことだから賛成してやりたいところだが……これはそうするべきではない気がした。
序盤にしては厄介すぎるモンスター、カエデにしか見えない光、武器でも倒せた『きいろスライム』、『魔法使い』専用の狩場……謎が解けたかもしれない。
「光っているって……こいつの中に見える……うーん……コアみたいなのがか?」
「うん、その真っ赤な球だよ。……ホントに光ってるんだよ!」
カエデに確認を取ると、予想通りの答えが返ってきた。
想像通りなら上手くいくはずだが……少し自信がない。ここはリルフィーを生贄にして様子を見るべきか?
いや、リターンが惜しい! 俺だってリルフィーほどではないが、多少は上手く動けるはずだ。ここはやってみるべきだろう。
「なんとなく判ったかもしれない。おそらくこいつは……」
そう言いながら『あかスライム』に近づいて剣を抜いた。
ここからが大事だ。
狙いは『あかスライム』のコアを斬るつもりで……周りの皮の部分に阻まれたとしても、斬撃のエネルギーが真っ直ぐにコアに届くように斬れば良いはず。
VRで大事なのはイメージだ!
頭の中で上手くいったときのイメージをする。イメージの中で俺はカエデに褒められ、尊敬の眼差しを向けられていた。ばっちりだ! 想像のカエデもとても可愛い!
「こんな風に攻撃すれば――」
そこで俺は『あかスライム』に斬りかかった。
当たれ!
理由は全く判らないが、なぜか俺は的を外した! どういうことだ?
攻撃が当たった瞬間、予想通りに『あかスライム』が跳ね始める!
同時にカウンター攻撃も飛んでくるが……奇跡的に顔を捻るだけで回避することが出来た!
そのことにびっくりして、叫びそうになるのを全身全霊で押さえ込む。
「――こいつは跳ね始める。でも、コアを狙うように斬れば――」
なんとか予定通りの行動であるかのように誤魔化し、話をつなげることに成功した! 成功したはずだ!
とっさの機転で再挑戦のチャンスをつかんだが……こんどは飛び跳ねる『あかスライム』のコアを斬らねばならない!
イメージだ! 自分の動きをイメージ………………ダメだ!
二回目も惨めに外し「コアを狙うように斬れば――痛てっ! ……いまのなしな。こんな風に斬れば――痛っ! あれぇ? もっぺん! もっぺん!」と言いながら、何度も挑戦する自分の姿しかイメージできない!
神様! 助けてください! やっぱりリルフィーにやらせるんだった!
泣きそうになりながら、俺は二撃目を振るう。
偶然なのか、神様の機嫌が良かったのか……無事にコアへ衝撃が伝わるように斬りつけることが出来た!
その一撃で『あかスライム』は倒れ、煙と共にドロップへと変化する。
「――武器でも倒せる。まあ、慣れれば誰でもできるようになるだろ。これはシステムアシストを使った攻撃の練習みたいなもんだろうな」
皆へ振り返ながら、なんでもないことのように説明を続けた。
「さすがタケルさんです!」
「いまの凄かったよ、タケル!」
「お見事でした」
「タケルさん……かっこいい……」
などと言いながら、みんなは拍手を贈ってくれたが……心臓はバクバクとしている気がするし、背中には大量の冷や汗が流れているのを感じた。
なんとか顔色や表情は取り繕うことができた……と思う。
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