移動

 メニューウィンドを操作する俺に皆が集まってくる。

 その場に留まったのは、歩いたら足がガクガクしそうに思えたからだ。

 ……指先が震えている気がする。なんとか誤魔化さねば!

「うん、経験点も『きいろスライム』と同じみたいだな」

「ドロップも『基本溶液』と金貨が十数枚で……似たようなもんですね。今のはコア?を狙ったんですよね?」

 ドロップを回収しながらリルフィーが聞いてきた。

「ああ……皮?の部分で攻撃が止まらないで、そのまま衝撃が届くのをイメージと言うか……まあ、それでコアにダメージというか……」

 俺の説明にカエデは不思議そうな顔をしているし、アリサエマも理解できていないようだ。

「……ノンアクだし、現物で説明したほうが良いな。移動しながら次を探すか」

「移動? 倒し方は判ったんだし、この辺でまた探せば良いんじゃないの?」

 そう言ったカエデには、アリサエマをチラッと見ることで伝えようとしたのだが――

「私は別にここでも……みなさんが楽しめるなら……」

 先にアリサエマが視線と意図を察したようだ。

 俺たちに気を使ってでは――もちろん、気を使ってもいるだろうが――なく、本心から言っているようにも思えた。なぜかニコニコしている。

「あっ……そうだよね……ここじゃアリサは暇になっちゃうよね。ごめんね、えへへ……」

「いえっ! 気を使ってくれなくても!」

 素直に謝るカエデに、なぜか逆にアリサエマの方が恐縮していた。

 ここでは草原のときとは逆に、『戦士』とお供たちの様になってしまうだろう。アリサエマは何もすることが無くて、ただ見ていることになる。しかし、前衛職の俺たちにしても、一人向きとしか思えない半端な狩場だ。

「まだ街の周りを半周もしていないのですから……このまま街周辺の探索で良いでしょう」

「まあ、情報なかったっすもんね。仕方ないっすよ、タケルさん!」

 さり気なくネリウムが取り成してくれるのに、リルフィーは「どうです、この俺のフォロー!」みたいなドヤ顔でそんなことを言う。

 ……まずリルフィーには問いただしたいことがある。

 あたかもこの顛末が、俺の責任であるかのようにリルフィーは主張するが……別に連続してソロ狩場に行き当たったのは俺のせいではない。少しはネリウムの有能さを見習って欲しいものだ。

 リルフィーを上手いこと『なんとかする』方法は無いものか……。

「ようし……今日は街の周りを全部探索しちゃうぞ!」

「は……はい!」

 そんなことを考えていた俺をよそに、カエデは元気良く宣言をした。つられてアリサエマも目を白黒させながら応じている。

 それを合図に俺たちは移動を再開した。


「なんでボクにだけコア?が光って見えたんだろ?」

 カエデがまだ解決されていない疑問を口にする。

「おそらくだが……『急所攻撃』のスキルが理由だと思うぞ」

 とりあえずの推測を答えたが……まだ疑問点も多い。

 全てのモンスターに急所があるのなら、『急所攻撃』は死にやすいスキルと考えられる。急所の情報さえ得てしまえば、スキルが無くてもよくなるからだ。なので単純に急所が光るだけのスキルとも思えないのだが……まだ情報量が少なすぎて何とも言えない。

「えっー? でも……それじゃあ……『きいろスライム』のときは?」

「そりゃ……あいつは透き通ってないから、コアと光も見えなかったんだろ」

「あっ……そっか!」

 俺の答えにカエデは素直に感心している。……可愛い!

 なぜか『きいろスライム』が武器で倒せたのも、二十回以上の攻撃に平然と耐えたのも、これが理由で間違いないだろう。たまたま、最後の一撃がコアに届くような角度だったのだ。

 そんな話をしながら進むうちに、また『あかスライム』と遭遇した。


 ノンアクティブモンスターなのを良いことに、全員で触れるくらいまで近くに寄る。

「コアを狙う感じで……このコアの位置ならこんな角度か? こんな感じにスパッと……おそらく、あまりに弱い攻撃だと届かないから、きちんと振りぬく感じだな」

 剣を片手に全員に説明するが……なんだか正しいスイカの切り方を教えているような感じになってきた。

「コアを狙う感じでか……こいつは俺がやってもいいっすっか?」

「それじゃあ……次はボクね!」

 リルフィーとカエデが俺に伺うように聞いてきた。

 せっかく成功した例を示すことができたのだから、俺はやりたくない。……万が一、失敗しまくりの体たらくになったら大惨事だ。

 リルフィーは空気を読んでカエデに先を譲るべきだと思うが……カエデが謙譲の美徳を示した以上、それを尊重するべきだろう。

 無言で肯いて答えておくが……いいアイデアを思いついた。

 リルフィー以外の全員が『あかスライム』から離れ、リルフィーが動き出す直前を狙って声をかける。

「……リルフィー? 外したらそいつは飛び跳ねるからな」

「あー……そうっすね。あんまり身体を入れすぎると跳ね飛ばされるかもですね。了解っす!」

 奴は単なるアドバイスと思ったのか、たいして効果が無かったようだ。

 ……もう一度!

 奴が動き出そうとする直前を狙って声をかける。

「あっ! そうだ……『外す』とカウンター攻撃来るからな。気をつけろよ」

「……そういや、そうっすね。まあ、当てれば大丈夫っすよ!」

 さすがにタイミングを外されて少し嫌な顔をしている。効果アリだ!

 止めとばかりにもう一度、腰を落とした瞬間を狙って声をかける。

「飛び跳ねてからだと難易度が上がるからな! くれぐれも『外す』なよ!」

「タケルさん!」

 流石に振り返って俺に文句を言ってきた。

「悪い、悪い……いや、でも……先に説明しておこうと思ってな。まあ、『外し』さえしなければ大丈夫だ! 『外し』さえしなければ!」

 謝罪の体で駄目押しをしておく。

 何をしているかというと……まあ、八つ当たりで嫌がらせだ。

 俺があれだけ肝を冷やしたというのに、リルフィーだけが悠々と成功するなんて認められそうもない!

「大丈夫っす! 当てますから!」

 そう言ってリルフィーは『あかスライム』に向き直り……あっさりと倒しやがった。……ちっ、廃人め。ここは外して笑いをとる場面だろうに。

 カエデとアリサエマは「おっー」と言いながら拍手をしているが、ネリウムは少し物足りなそうな顔をしている。……まあ、そうだと思った。

 リルフィーへの嫌がらせは空振りになるし、思わぬしっぺ返しがあった。

 次の『あかスライム』に遭遇し、カエデの順番になったのだが――

「タケルが色々と言ったから、緊張しちゃうじゃんか!」

 と、カエデに怒られてしまったのだ。


「しかし……チュートリアル的というか、アイテム採集というか……そんな感じすっね」

 何匹目かの『あかスライム』のときにリルフィーが言った。

 リルフィーの言うように『基本溶液』はかなりの数が集まっている。

「ずばりそれが狙いだろ。アイテム採集は作業でだれるけど……これなら初日から大量に出回るだろうしな。スライムもそれなりに教育的っつーか……基本的なことができないとダメなようにしてあるし」

「多少、手順がややこしいようにも思えますが?」

 考え込む様子でネリウムは言うが――

「『あかスライム』の方は面倒ですけど明日には情報が……下手したら今日中に出回ると思いますよ。……情報収集とか対人関係を作るのもMMOの基本ですし」

 俺の見解を聞いて、納得したように肯いていた。

 俺たち三人の前ではカエデが楽しそうに『あかスライム』と戦っている。失敗して飛び跳ねてしまっているが、諦めずに倒すつもりのようだ。その横ではアリサエマが一生懸命に声援を送っている。

 その二人の姿に、自分がスレきったMMOプレイヤーになってしまったなと感じた。

 もしかしたら、リルフィーとネリウムも似たようなことを感じていたかもしれない。

「あっ……やったよ! それに何か変なのもでた!」

「やりましたね、カエデさん!」

 無事に倒せて、二人は大喜びだ。

「また新しいアイテムっすか? ……『初級MP回復薬』? 少し良さそうな感じっすね!」

 リルフィーはそんなことを言いながらドロップを拾い、ネリウムはニコニコしながらカエデに回復魔法をかけている。

 たまには効率だとか儲けだとか度外視して、こんな風にのんびりゲームをするのも悪くない気がした。……まあ、ここにはMMOをしにきたわけではないが。

 それにこれで『きいろスライム』からは『初級回復薬』が四つ、『あかスライム』からは『初級MP回復薬』が二つだ。

 念のために全員に回復薬を持たせておく。

 リルフィーに『初級回復薬』を二つ、俺とカエデには一つずつを。ネリウムとアリサエマには『初級MP回復役』を一つずつだ。

「……分配がどうとか考えずに、必要に思えたらガンガン使うこと。どのみち、集めるのは大した手間じゃないみたいだしな」

 そう念を押すと、全員が納得した表情で肯いた。

 せっかく楽しい雰囲気なのに、誰かが死んだりしてつまらなくなるのは惜しい。同じようにみんなも考えてくれたのだろう。

 移動を再開すると先の様子が判明してきた。

 城壁に隣接するように墓地があり、さらに先、ここからだと街の裏側には森が広がっているのが見える。

「森の方が良さげな感じだが……ついでに様子も見ていくか?」

「通り道ですし……それで良いかと」

「ここまで来たら全部調べちゃいましょう!」

 ネリウムとリルフィーは賛成してくれたが――

「そうだね! 全部調べちゃおう! ……って、あれお墓だよ?」

「……ちょっと雰囲気が……怖いです」

 カエデとアリサエマはホラーな雰囲気が苦手なようだ。

 ゲームには幽霊だとか骸骨、ゾンビなどが良く出てくるが……別に本物じゃないから怖くはないと思う。それでも、苦手な人は苦手だ。

 カエデや……アリサエマも嫌がっているなら回避しようかと思った時、素晴らしいアイデアが閃いた!

 これはチャンスだ!

 あとは如何にして理由をこじつけるかなのだが――

「お化けや幽霊が苦手なら……無理していかなくても良いかと」

 そんな風にネリウムがカエデに提案しだした。

 どういうことだ? 共闘終了か? などと思っていると――

「そ、そんなことないよ! ボクはゆ、幽霊なんて怖くないよ! ……ね? アリサ!」

「えっ? ……でも……はい」

 カエデは強がったのか、自分からそんなことを言い出した。アリサエマも仲間にそんなことを言われたら同意するしかないだろう。

 ……さすがだ。まだまだ相棒のことを見くびっていた。これは有段者が使う「押して駄目なら引いてみろ」という高等技術だろう!

「じゃあ、まあ……様子だけでも見ておくか」

 それで墓地の様子も調べておくことに決まった。

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