墓地

 墓地は粗末な木の柵で囲われていて、十字架をモチーフにした墓石がいくつもあった。そのうちのいくつかはところどころ欠けていたり、倒れていたり、蔦に絡まれていたりで……厳粛な霊園というより、いかにもな……ホラー映画にでも出てきそうな感じだ。なぜか薄っすらと黒い霧の様なものが立ち込めている。

「あっちが……入り口みたいだね。……入るの?」

「ここからでも様子は見えますし……入らなくても……」

 カエデとアリサエマはすでに及び腰だ。

 その二人を見て、長年の謎が一つ解けた。

 心霊スポットなどと呼ばれる場所に集団で遊びに行く奴らや、高いお金を払ってオバケ屋敷などに行く奴らの気が知れなかったのだが……これは悪くない!

 心細いのかカエデとの距離はグッと近くなっているし、不安そうに俺の方を見る表情もたまらない。……何か新しい扉が開かれてしまいそうだ。

 しかし、何とはなしにネリウムも見てみると、もの凄く興味がなさそうだ。

 ……まあ、それはそうなんだろう。この人にとってゾンビはともかく……幽霊や骸骨などは完全に守備範囲外なのだろう。……『鮮度』の問題で、ゾンビも好みじゃないかもしれない。狩りをする肉食獣は生餌しか食べないと言うし。

「じゃ、いきますか!」

 リルフィーがまったく空気を読まずに言った。

 ナイスだ! これぞ適所適材!

 それでカエデとアリサエマに嫌な顔をされているが……奴は気にもしないだろう。

「まあ……ちゃちゃっと調べて……すぐに移動することにするか」

 仕方なくという雰囲気を匂わせたが……実はそんなつもりは無い。

 流れにもよるが、みっちりと調査のフリをして時間をかけ……楽しそうなハプニングを狙うつもりだ。

 だが、すぐにその判断を後悔することとなった。


「あれ? 光の柱が……白い光の柱が……」

 カエデが入り口の方を指差し、そんなことを言いだす。

 全員がつられ、カエデの指差す方向に注目した。

 そちらからは黒い霧を掻き分けるように、人影が進み出てきている。

 高貴なものが自然と身にまとうオーラとでも言うべきものがあった。

 それが俺たち人間には黒い霧として見えたのは……邪で邪悪な混沌の気配を感じさせるものとして顕現していたのは……そいつが俺たちの世界から遠い……遥か彼方の場所からやってきた来訪者だからだろう。

 たぶん、星々より遠くの……人類には理解できないほどの深くにある……異界と呼ばれる世界からだ。

 そいつは俺たちを見ると、綺麗に整った顔をおぞましく歪ませる。……なぜかすぐに、それが笑顔であることが解かった。

「やあ」

 そう俺たちに話しかけてくる。

 その短い言葉だけで、そいつが俺たちに会えて喜んでいることと……楽しんでいることが理解できた。おそらく、これから起きる『楽しいこと』に喜びを隠し切れなかったのだろう。

「いやぁっー!」

 アリサエマが叫んだ。

 気配からして、その場にしゃがみ込んでしまったに違いない。助け起こしてやりたいところだが、そんな恐ろしいことはとてもできそうもない。一瞬でもそいつから目を離したら……それが人生で最後の光景になるかもしれなかった。

「み、みなさん、戦いの準備を! やらなければ――殺られます!」

 気丈にもネリウムがみんなに奮起をうながす。

 ネリウムの言うとおりだ!

 いや、逃げるべきか?

「タケルさん! 先陣いきます! あとは任せました!」

 そう言いながらリルフィーは剣を抜く。

 それを見て、そいつは意外そうな……少し不愉快そうな顔をしたように思えた。そいつにとって、俺たちは取るに足らない虫けら同然なのかもしれない。

 しかし、それで闘志に火をつけることができた。少しは人類の意地を見せてやる!

「……俺とリルフィーが食い止めている間に……みんなは逃げろ!」

 勝つことはできないかもしれないがカエデを……カエデや他の二人を逃がすことができれば俺たちの勝ちだ。

 すまない気持ちでリルフィーを横目で見るが……奴はいい笑顔で俺に応えた。

 ……そうだよな。俺たちは男だもんな。男だったら戦って死ぬべきだよな。

「ボ、ボクも戦うよ!」

 カエデは勇敢にもそんなことを言うが……その声は可哀想なほど震えていた。

「くっ……ここはお二人の気持ちを!」

 ネリウムは決心してくれたようだ。口調からは血を吐くような苦渋の思いが伝わってくる。やはり頼りになる人だ。

「ネリー離して! ボクも一緒に戦うよ!」

「そ、そうです、少しでもタケルさん達の力に!」

「なりません! 私たちがするべきは……少しでも早くこの場を離れることです! それがお二人の気持ちに応えると言うことです!」

 むずがるカエデとアリサエマをネリウムが説得しているが……ネリウムなら必ず説得してくれるだろう。

 それなら……あとは俺たち二人がどれだけ時間が稼げるかにかかった。

 慎重にそいつを観察する。

 人間型だ。人間そっくりに見える。一目で人間ではないと解かるが……人間そっくりで、ただそれだけで恐怖すら覚えそうだ。

 たぶん、精神だとか、魂だとか……存在のあり方だとかが俺たちとかけ離れているから……こんなに人間そっくりなのに異質に感じるのだろう。

 俺と同じような粗末な胴鎧で剣を腰にさしている。まるで俺たちの真似をしているようだが、こいつ――

「プレイヤーだ!」

 ……俺とそいつは異口同音に叫んだ。


 リルフィーが信じられないものを見る表情で俺を見た。

 顔には「嗚呼、タケルさん、気が狂っちゃったんだ」と書いてある。

 気持ちは解からないでもないが、俺は狂っていない。……リルフィーだって真祖エビタクと接触した経験があるだろうに。

 そいつは良く見ればエビタクシリーズのプレイヤーだった。

 真祖エビタクほどではないが、かなりの高位のエビタクロードだ。……悪い意味で。

「なんなんだよ! どいつもこいつもモンスター扱いしやがって!」

 エビタクロードはカンカンに怒っていた。

 まあ、冷静に考えたら怒るのも無理はない。

 他のプレイヤー集団と遭遇したので、友好的に挨拶をしたら……そいつらはいきなり剣を抜くわ、変な小芝居はじめるわで……まるで理解不能だったに違いない。

「で、もう用は無いの? 終わった? それじゃ、俺は行くから! ……ったく、変な霧しかでねぇし、倒せねぇし……このゲームどうなってんだ」

 そう愚痴を言いながらエビタクロードは街の方へ戻っていく。

 俺たちは唖然として見送るしかなかった。

「……俺たちが悪い……のか?」

 マヌケことを言ってしまったが……誰にも答えようが無かった。


「あー……何から片付けっかな……アレについて説明……いる?」

 まだ座り込んでいたアリサエマに手を差し出しつつ、全員に質問してみた。

 みんなは魂の抜けた感じに首を横に振る。

 まあ、俺もアレの原因は説明できるが……本質的なことには何も答えられそうにはない。

「じゃあ……アレは……まあ、そういうのが存在するってことで終わりにしよう」

 俺の言葉に全員がコクコクと肯く。もしかしたら深く考えたくないのかもしれない。

「で……この霧は……モンスターらしい」

 そう言いながら黒い霧の頭上?に視線の焦点を合わせた。『漂う瘴気』という名前が判明する。

 俺の動作につられたのか、みんなも名前を調べたようだ。そのあと、全員が納得したのかコクコクと肯く。……みんな大丈夫だろうか? まだ正気に戻っていないのだろうか?

「リルフィー、剣で斬ってみてくれ。たぶん当たらないと思うが」

 俺の言葉にリルフィーはまたコクコクと肯き、何度か『漂う瘴気』に剣を振るう。しかし、剣はすり抜けるだけだし、なにも反応は起きなかった。

 そしてリルフィーは首を振ることで俺に結果を伝える。

「そろそろ喋れ!」

 いい加減イライラしてきて、ツッコミを入れた。

 なぜかリルフィーはビックリした顔をするが……その顔が可笑しかったのか、カエデが笑いだす。つられて、みんなも笑いだした。なんとか空気は常識的なものへ戻り始めたようだ。

 本来なら『漂う瘴気』は禍々しい雰囲気を醸しだすのだろうが……いまの俺たちにはただの色つきの霧でしかなかった。怖い雰囲気などどこかへ吹き飛んでしまっている。

「じゃあ、次は魔法な。……アリサさん、いける?」

「は、はいっ! い、いけます!」

 なぜかアリサエマは顔を真っ赤にして答えた。そして、まだ握っていた俺の手を慌てた様子で離す。……どうかしたんだろうか?

 しかし、魔法も『漂う瘴気』を通り抜けるだけだ。

「あれ? こいつ……剣でも魔法でも倒せないの? どうすれば……」

「ま、魔法を外しちゃいました? い、いまもう一度……」

 カエデは驚いているし、アリサエマは慌てている。まだ二人とも現実に――ここは仮想世界だが、常識的な世界と言う意味でだ――戻りきれてないのだろうか?

 その横ではネリウムが冷静にメニューウィンドウを操作していた。

「とょくに………………特に説明はありませんが、おそらくはアレでしょう」

 ……ネリウムは噛んだ。やはりネリウムでもすぐに立ち直るのは無理か。

 美人が僅かに頬を染めているのは色っぽかったし、何事も無かったように押し切るつもりらしいが……押し通せそうだから美人は凄い。

「あー……そういうことか。アレっすね」

「……だろうな。それじゃネリウムさん、お願いします」

 俺とリルフィーは予想がついたが、カエデとアリサエマはついてこれてない。

「それでは……『ヒール』!」

 ネリウムの言葉と共に魔法が発動し、『漂う瘴気』は神々しい光に包まれて消えた。その跡に白いコインが二枚出現し地面に落ちる。

「また新しいアイテムですね……『善行貨』って名前ですけど……うーん」

 リルフィーはドロップを拾いながら唸っている。価値が判らないからだろう。

「あれ? いまので……モンスターが倒せたの?」

「すごい……回復魔法って攻撃にも使えるんですね」

 カエデとアリサエマは何が起きたか解からなくて驚いているが……そんなに難しいことは起きていない。

「回復魔法でアンデットなどに――スケルトンやゾンビなどに攻撃できるのは珍しくないのです。まあ、システムによりますが。おそらく、この霧はその類なのでしょう」

 ネリウムの説明の通りだろう。それに『魔法使い』用ソロ狩場、前衛用――『戦士』と『盗賊』用ソロ狩場ときて、剣でも『魔法使い』の魔法でも倒せないのだから……この方法しかないのは慣れていればすぐに閃くことだ。

「情報は得られましたし……森へ移動しますか」

 すぐにネリウムがそんな提案をしてきた。

 いまは一刻でも早くここを離れ、エビタクロードによって受けたダメージを忘れ去るべきだ。……本当に頼りになる。ここは俺が被せにいくべきだろう。

「そうしよう。墓場の中も似たようなもんだろうし」

「そうっすね……今までみたいに道中で倒しながら?」

 リルフィーが確認を取るが――

「いえ……パーティの回復役の時にMPを無駄遣いするのは……あまり好きじゃないので……」

 とネリウムが答えたので、真っ直ぐに森へ向かうこととなった。


「でも、なんであの……あのプレイヤーさん?は白い光の柱だったんだろ?」

 カエデが言うのは『気配探知』のことだろう。

「確定じゃないだろうが……赤色はモンスター、白色はプレイヤーとかにしてあるんじゃないか? それより……『漂う瘴気』とかいうのが『気配探知』で発見できなかったのが疑問だな」

「あ、そうだ! うーん……どういうことなんだろ」

 解かり易いところまで、疑問に答えておく。

 もう少し複雑な……俺にも回答が解からない疑問もあった。

 あのエビタクロードはプレイヤーで……ようするに偽者だ。

 仮に交戦となっていても、俺とリルフィーでわけなく倒せた――逆に返り討ちになるかもしれないが――だろう。奴が真祖エビタクであっても同じ、いや、間違いなく交戦に入っただろうが、結果は予想できる範囲にある。

 恥ずかしいことだが、俺はここが仮想現実であることを忘れ……決死の覚悟で戦うことを決めた。しかし、それはよく考えてみれば間違った判断だ。

 エビタクロードに俺たちが皆殺しにあったとしても……俺たちは何らかの死亡ペナルティを受け、リスタート地点に戻されるだけだったろう。

 しかし、奴が本物であったら?

 奴が本物の……なんと呼べばいいのか解からないが……名状しがたいナニかだったら?

 そして仮想現実であろうと……その人類には理解できないナニかと遭遇したら?

 俺は新しいVR世界の神話誕生……いや、発見に立ち会っているのではないのだろうか?

 この考えがくだらない妄想だと……誰に立証できる?

 心臓は早鐘を打ち、背中には嫌な汗が流れているのを感じる。いまからでも遅くない! 人類のためにも、この『事実』を広く世間に知らしめるべく――

「そろそろ森に到着だね! こんどはどんなモンスターがいるのかな?」

 無邪気なカエデの言葉が、俺を深い淵から引き戻してくれた!

 感謝のあまり抱きしめたくなったのを堪え、みなに注意を促す。

「そりゃ『魔法使い』用、前衛用、『僧侶』用とソロ狩場が出尽くしたんだから……残るはパーティ向けの狩場だろ。みんな油断するなよ? たぶん、難易度が上がるはずだ」

 俺の言葉に全員が肯いたところで、ちょうど森の入り口に到着した。

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