打ち合わせ
「……リルフィーがメインタンクな」
「えっー……似たようなもんでしょうし……交代でやりましょうよ」
「俺は火力型なんだよ。どうせお前は『体力』型だろ?」
「うっ……それじゃ、俺がタンクするしかないっすね」
という会話でリルフィーにタンク役を押し付けることに成功した。
VRMMOではタンク役は不遇というか……あまり人気がある役職ではない。
パーティの護り手、生命線などと言えばかっこよく感じるし、パーティからの支援――回復魔法なども最優先される。
しかし、それは裏を返せばパーティで最も攻撃を受ける役目だ。
VRMMOはVRマシーンを使うからVRMMOなのであって……つまり、攻撃を受ければ痛みも感じる。もちろん、痛みはごく僅かなものに抑えられているが、それでも気分の良いものではない。
また、俺の予想通り、リルフィーは『体力』型のキャラクターだった。
「『体力』に全部振れ」がMMOの大鉄則だ。
設定されているHP――ヒットポイントが無くなってしまうと死亡する。
死亡したらペナルティーなどが発生するのも難点ではあるが、それよりも行動不能になるのが大問題だ。
どんなに強い武器や凄い魔法でも……死亡したプレイヤーには使えない。
この単純な真理がHPを重視するセオリーを生む。
HPはキャラクターのクラス、『体力』、レベルから算出されるのだろうから、俺達の中で一番死ににくいのは『体力』を高くしているリルフィーだ。
俺のように『腕力』に振るのは火力型と呼ばれる。これはこれで別のセオリーに沿っているから不思議ではないのだが……まあ、このゲームでは攻略など重要ではないだろう。
「ボクが斥候しようか?」
カエデは『盗賊』であるし、『隠密』と『気配察知』のスキルも習得しているからの提案だろう。
確かに先に相手を発見して対処するのと、相手に発見されて奇襲を受けるとでは天と地の差だ。
また、カエデも自ら『盗賊』を選ぶのだから、そのような役目にやりがいを感じるタイプなのだろう。渋々タンクを引き受けたリルフィーとは大違いだ! それに可愛いし!
しかし、過保護なのは良くないとは思うが、カエデもまだ一レベルだ。ちょっとした事故で死亡すらありえる。
死亡もまたMMOの一部ではあるが……楽しいことではない。カエデに無理をさせるのは今回の目的――カエデを楽しませるのには適していないだろう。
「いや……どんな奴が出てくるかわからんし……それより、バックアタックとサイドアタックを警戒してくれ。それとネリウムさんとアリサさんの護衛だな」
カエデには安全な任務を言い渡しておく。
街を出て……それも最初の街を出ていきなり奇襲攻撃などありえない。そんな辛いゲームバランスでは玄人以外は楽しめなくなる。
しかし、セオリー的には前方以外にも注意を払うべきだから、カエデは自分の役割に納得してくれたようだ。
少しやる気が出てきた。
俺とリルフィーの前衛ラインをきっちり作ればカエデはもちろんのこと、ネリウムとアリサエマの安全も確保できる。すこし真面目にゲームするか!
基本的にはリルフィーを擦り切れるまで使い倒せばいいのだが……ヘイト管理系スキルが無いのが問題だ。
「リルフィー、FAきっちり入れていくぞ」
「そうすっね……その方が良いですね。しまったなぁ……飛び道具を買っておけば良かった。……手頃な飛び道具は実装されているんですかね?」
FAとはファーストアタックの略語で、MMOの専門用語だ。
当たり前の話ではあるが……MMOに登場するモンスターなどの敵役は理詰めで行動しない。理詰めで行動されたらプレイヤーに全く勝ち目が無いからだ。
例えば俺たち五人のパーティに、五匹のモンスターが襲い掛かったとする。
その場合、最も効果的なのはネリウムへの集中攻撃だ。
モンスターはNPCであるから、自分達が死のうが悲しくとも悔しくとも感じない。どれだけの被害が出ようが、躊躇うことなくモンスターは作戦を遂行できる。べつに全滅してもかまわない。
だが、俺たちはネリウムが倒された時点で負けだ。なんとかモンスターを撃退したとしても、回復役がいなくなっては撤退もままならなくなる。
しかし、完全な理詰めがNGだとしても……ランダム性の高い行動基準も困りものだ。
それはそれで面白い要素なのかもしれないが、攻略するという感覚が薄れてしまう。いかにモンスターがNPCだとしても、それなりの理屈に沿って行動しなければ興が冷めるというものだ。
そこで程よく合理的、僅かにランダム性のある行動をモンスターはすることになる。
一般的にモンスターが最初に狙うのは『最初に発見されたプレイヤー』と決められているが、『自分を最初に攻撃した』『最も近くにいる』『脅威がある』などの理由でターゲットを変更してくる。
もちろん、全てのモンスターが同じ行動基準ではないし、異なる行動基準のモンスターと同時に戦うときはさらに複雑だ。慣れなければモンスターの狙いは読めないし、熟練者ですら読み間違えることもある。
モンスターの狙いをプレイヤー側でコントロールしやすくするのがヘイト管理系スキルなのだが……修得者がいないのだから他の工夫をするしかない。
俺たちの場合、先頭にリルフィーを立たせることで『最初に発見されたプレイヤー』で『最も近くにいる』とできる。
さらにリルフィーがFAを入れることで『自分を最初に攻撃した』と『脅威がある』の条件もクリアだ。
数が多かったりしたら俺が色々とする必要はあるだろうが、とりあえずはこの作戦で上手くいくだろう。
「飛び道具は……なんとかなりそうな気がするぞ?」
そう言いながら俺はしゃがみこんで足元の石を拾った。
……やけに『手頃な』石が多く転がっていたのが気になっていたのだ。
「石なんて何に使うんです?」
「うん? 実験だ。いいか、リルフィー……避けるなよ?」
「はい? ………………えっ? ふぎゃあ!」
至近距離で俺の投石攻撃をくらったリルフィーは猫のような悲鳴をあげる。
リルフィーの顔面に石が当たった瞬間、やや派手な攻撃命中エフェクトと効果音が発生した。それに「FF半減」という文字がリルフィーの頭上に浮かび上がる。
視界の隅に「注意! フレンドリーファイヤーです!」とアナウンスの文字も見えた。これは俺にしか見えていないんじゃないだろうか?
「……ありゃ?」
「何するんですか!」
さすがにリルフィーが――額から血を流しながら――首を捻る俺に文句を言った。
「いや、悪い……まさか当たるとは……痛かったか? HPは……減ったみたいだな」
視界の隅に出現したパーティ全員のHP表示を確認しながら俺が言うと――
「そりゃHP減るに決まってるじゃないですか! 痛みは……そんなにでしたけど。それよりビックリしたじゃないですか!」
なおもリルフィーはプリプリと怒り続ける。
まあ、当たり前か。俺だって実は驚いているのだから。
「いや……少し実験しておこうと思っただけなんだが……ほれ、飛び道具だぞ」
そう言いながら石を拾いなおして、リルフィーに手渡した。
「へっ?」
「いや……だから……この石が手投げ武器に使えるって判ったじゃないか」
「おー、なるほどー……よく石が武器に使えるって判りましたね?」
「なんだか丁度いい石がやたらと転がってたからな。もう少し数を拾うことするとして……それより、大事なことも判明したぞ!」
簡単に誤魔化せたリルフィー――誤魔化せて俺の方が驚きだ――ではなく、どんびきしているカエデとアリサエマの注意を惹くように言った。
「パーティ内でも攻撃が当たっちまうらしい。てっきりバリアみたいので阻まれると思ったんだが……リルフィー、ほんと悪かった。すまない」
「いや……まあ……良く考えたらパーティ内攻撃が当たるって珍しいですね。それに、そんなに痛くなかったですし」
そう言うリルフィーは……ホクホク顔のネリウムに回復魔法をかけてもらっている。……本当にぶれない人だなぁ。
「タケル! さすがに今のは酷いよ! まあ……悪気は無かったんだろうけど……気をつけなきゃ駄目だよ!」
カエデに怒られてしまった。
「いや……うん……悪いと思ってるよ」
「反省してるの?」
「うん、反省している」
腰に手を当ててカエデは俺を叱るが……なんだろう? カエデに怒られて嬉しいわけではないのだが……悪い気分でもない!
「……タケルさんも反省しているようですし……その辺で……」
「うん……まあ、反省しているようだし……もうやっちゃダメだからね?」
アリサエマがカエデを宥めると……興奮した自分を恥じるように照れ笑いをしながら、カエデも許してくれた。
「じゃあ、もう少し石を拾いますか!」
リルフィーの掛け声をきっかけに、俺たちは石を拾い集めた。
間に合わせの武器であるから、俺とリルフィーに数個ずつで良いのだが……ネリウムが満面の笑みで自分の取り分を要求してくる。
ネリウムは短剣をカエデに貸してるから丸腰だし、手が空くときもあるだろうから悪いアイデアでも無いが……嫌な予感しかしない。……主にリルフィーにとってだ。
「……忙しいときは使わない方向で」
「わかっています。……安心してください」
念のために釘を刺しておくが、自信ありげな返答で逆に不安になった。
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