草原

 まずは草原を探索することになった。

 隊列はリルフィーを先頭にすぐ後ろが俺、真ん中にネリウムとアリサエマを入れ、最後尾がカエデだ。最初の街を出たばかりでここまですることは無いだろうが……遊びは真面目にやるから楽しいのだと俺は思う。

 草原といっても天然な感じではなく、きちんと整備された公園のような雰囲気だ。

 足元は芝生に近い感じだし、起伏もあるが歩きにくいほどではない。殺風景にならない程度にぽつぽつと茂みがあったり、岩があったりしている。僅かに風も吹いていて気持ちが良い。

 遥か遠くにかなり大きな木が目立つが……あれは何か特別なスポットなのだろうか?

「まず……あの茂みの反対側を調べない? あの赤い光の柱が気になってしょうがないんだ」

 探索を始めてすぐ、カエデがそんなことを言いだした。

「赤い……光の柱? どこだ、それ?」

 カエデの言う光の柱を探して見るが……そんなものはどこにも見当たらない。

 リルフィーやネリウム、アリサエマも同様に辺りを見回しているが、やはり何も見つけられないようだった。

「えー? ほら……あの茂みの……ちょうど裏側の辺り。赤い光の柱が立っているでしょ?」

 カエデは一番近くの茂みを指して言うが……やはり光の柱など見当たらない。

「……どういうことですかね?」

「解からんな……『盗賊』の能力なのかな?」

 俺とリルフィーは首を捻るしかなかった。

「あの……近いのですし……行ってみれば解かるんじゃないかと……」

 アリサエマが遠慮がちに提案してきた。

 もう少し打ち解けても……緊張しなくても良いと思うのだが、まだ噴水広場でのことを気にしているのか?

 だが、すぐにどうこうできることでもないし……気を使い過ぎたら逆に居心地が悪いかもしれない。もう少し様子を見ることにするか……。

「アリサの言う通りです。そこに行ってみれば解かるでしょう」

 まあ、アリサエマやネリウムの言う通りではある。ここで考えていてもはじまらない。

「うん、そうしよう。リルフィー、一応、警戒しとけよ」

「ういっす!」

 そういって盾と剣を構えなおすリルフィーを先頭に、俺たちは茂みを回りこむ。

 回りこんでみれば直ぐに理由は判明した。

 そこにはモンスターがいたのだ!

 ……が、俺たちは理由が判明しても少し唖然としていた。

「コレ……襲い掛かってこないね」

 最後尾から俺の隣まで位置を変えながらカエデが言った。

「……ノンアクなんですかね?」

 おそらくリルフィーの判断は正しい。

 ノンアクとはノンアクティブの略でアクティブでない……つまり、自発的には襲い掛かってこないモンスターのことだ。

「でも……なんというか……その……」

 アリサエマが言いよどんだわけは、全員が理解できたに違いない。

 そのモンスターは膝の高さぐらいの体高で横幅はその倍くらい、全体的には巨大な饅頭の様なシルエットの……いわゆるスライムだった。

 そこまでは変とは言えない。ただ、色艶と質感が普通ではなかった。

 そいつは全身が黄色で……全体的にプルプルした感じで……草原をノロノロと動いているのにとても清潔な感じで……。

「……プリンみたいだな」

 我慢しきれなくなり、俺は言ってしまった。


 巨大なプリンの頭上?辺りに視線の焦点を合わせると『きいろスライム』と名前が浮かび上がる。

 攻撃してこないせいもあるが、とてもモンスターには思えなかった。それどころか生き物とすら感じられない。……完全に動くプリンだ。

「プリンだよ!」

「はいっ! プリンです!」

「これは……是非とも食b……倒さねばなりません!」

 呆れている俺と違い、女性陣――色々とあるが女性陣で良いだろう――の三人は戦意が漲ってきたらしい。

 ……まあ、モンスターが可愛らし過ぎて、攻撃するのが嫌になるのよりはマシか。

「あれっすかね……バケツプリンってこんな感じなんですかね?」

「馬鹿なことを言ってないで……やるぞ! リルフィーが攻撃したら、他のみんなも攻撃な」

 俺と同じように呆れていたリルフィーにはっぱをかけた。それで皆も戦闘態勢を整える。

「うん、わかったよ!」

「はい!」

「回復の準備は大丈夫です」

 ピリッとした返事がすぐにあった。

 見るからに弱そうな相手とは言え……新しいゲームでの最初の戦闘、それも何一つ情報の無いモンスターが相手だ。緊張もするし、興奮もする。作業などと揶揄する奴もいるが……戦闘はMMOの華だ。

「……いきます!」

 リルフィーが宣言して『きいろスライム』に斬りかかった。

 その声に追撃役の俺たち三人は身構え、ネリウムも回復魔法の準備をする。

 リルフィーの攻撃は狙いたがわず命中。すぐさま追撃をしようとしたところで驚くべきことが起きた!

 攻撃された『きいろスライム』は垂直に……胸の高さ辺りまで跳ねはじめたのだ!

「痛って……」

 死角になって見えなかったが、リルフィーは何か反撃を受けたようだった。

 すぐにHP表示を確認するが……減少量そのものは大したことがない。リルフィーのHPなら、十発ぐらいは耐え切れそうな気がする。

「うわっ……このぉ!」

 可愛らしいかけ声と共に、カエデが追撃を狙うが空を斬った。

 俺もなんとか動きに合わせ、剣を叩きつける。

 その瞬間、跳ね回る『きいろスライム』から弾丸のように触手が伸びてきて俺を襲った!

 まったく反撃を予想していなかったが、辛うじて盾で受けることには成功する。それでも僅かに痺れるようなショックがあり、視界の隅のHP表示が減少したの見えた。

「こ、こんなに跳ね回られたら……狙いが……」

 アリサエマは何度も杖で狙いを付けようとするが、上手くできないようだ。それほど難しくは無いと思うが……VRMMOに慣れていないのだろう。

「リルフィー! タゲ取れてない! 確認先! みんなは待機!」

 俺の指示にリルフィーはすばやく応じ、盾を前面に構えて守りの体制をとった。

 俺も同じように守りの体制で『きいろスライム』の攻撃を待つ。

 ……が、いくら待っても『きいろスライム』は垂直に跳ね続けるだけで何もしてこない。しばらくするとそれすら止めてしまい、また元のようにノロノロと移動をはじめた。

「……どういうことだ?」

「……カウンター臭くないですか?」

 リルフィーの推理は当たっていそうだが……それだと面倒なことになりそうだ。


「仕切り直しで良いですね? 回復魔法を使いたいのですが」

「あ、お願いします。仕切りなおしましょう。ノンアクみたいですし」

 ネリウムが俺とリルフィーに回復魔法をかけてくれた。ダメージそのものは少なかったので、一回で完全に回復だ。

 いままで回復魔法を使わなかったのはオーバーヒール――ダメージが回復魔法の効果より少なすぎるとロスになる――してしまうと判断したからだろう。

 その後、ネリウムはメニューウィンドをあちこちと弄って何かを調べたかと思うと、胸の前で手を組んだ。まるで祈りを捧げるときにやるようなポーズだ。

 すると不思議なことにネリウムの頭上に光の球が出現し、光のシャワーのようなものを降らせる。

「それは?」

「これは『瞑想』のスキルです。このポーズがスイッチになっているそうで……MP回復が早まるそうなのですが」

 ネリウムが頭上の光を見ながら言ったのは、『瞑想』スキルを使用中に話をしても良いのか解からなかったからだろう。

 キャラクターにはMP――マジックポイントというものが設定されている。これは魔法を使うための燃料とでも言うべきもので、一時的に消費して魔法を使う。

 普通、消費したMPは自然回復やMP回復アイテムなどで元に戻る。ネリウムが使っているスキルは自然回復を早めるものなのだろう。

「回復魔法は何回使えるんです?」

 良い機会だったので確認をしておくことにした。

「連続で四回。少しMPが自然回復すれば、五回目がなんとかです」

 多くは無いが……とりあえず何とかなりそうな回数に思える。

 俺たちがその会話をしている横で、アリサエマも『瞑想』のスキルを使いだした。MP消費はしていないはずだから、おそらくはスキルの確認をしているのだろう。

「あっ……アリサさん、ちょうど良いから……『瞑想』したまま歩いてみて」

「えっ? こ、こうですか?」

 言われたとおりにアリサエマが歩き出すと……頭上に出現した光の球は消えてしまった。

「ふむ。そのスキルは両手が塞がる上に移動もNG……ちょっと戦闘中には使い難そうだな」

 少し心配そうな顔をしたのを安心させる為に、できるだけ優しく説明しておいた。それで安心してくれたようなのだが……なんだろう? 本当の女の子みたいだ。いや……そういうものなんだろうか?

「お待たせしました」

 ネリウムがそう言いながら組んだ手を解いて報告してくる。もしかしたら、この人はそれなりにMMO熟練者かもしれない。まあ……趣味嗜好から考えて、間違っていないだろう。

「どうします? ゴリ押しでも行けそうですけど……」

「ぽよんぽよん跳ねなきゃ簡単そうなんだけどなぁ」

 カエデとリルフィーが考え込むのも解からなくもない。

 普通は単純に攻撃を積み重ねれば倒せるのがほとんどだが、たまに攻略法を考えさせるタイプのモンスターもいる。それはそれで面白い要素だと思うが、しかし、初っ端からこの系統だと……厄介なゲームシステムな予感がした。

「んー……今度はFAをアリサさんでいこう。で、その後に俺たちが突撃な。……リルフィー、向かってきたら身体で止めるぞ」

 作戦変更はベストではなかったが……ノロノロと移動しているだけの『きいろスライム』なら、慣れていないアリサエマでも命中させれるだろう。FAを入れたアリサエマに突進されたら困るが……まあ、それは何とかするしかない。

「ういっす! ……シールドも武器として使えるかな? 『盾』のスキルも欲しいとこだなぁ」

「うん、了解だよ!」

「……今度は私も投石で参加することにします」

「は、はい!」

 みんなも賛成してくれたようだ。なんでか意見が通りやすくて楽だ。……どういうことなんだ?

 全員で再び『きいろスライム』を取り囲み、再戦を挑む――

「い、いきます! ファ……『ファイヤ』!」

 アリサエマが持つ杖の先から握りこぶし大の火の玉が放たれる。

 よし、当たる! すぐに追撃を! ……と、全員が準備したところで――

 『きいろスライム』はポンという大きな音と共に煙たてて消えてしまった!

 跡には金貨らしきものと何かのビンが二つ転がっているだけだ。

 おそらく……魔法の一撃で倒してしまったのだろう。

 なにか根本的な勘違いをしている気がしてきた。

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