ドロップ

「……魔法が強いシステムなんですかね?」

 リルフィーがやや深刻そうに言った。

 たまに何か一つの要素が突出しすぎて、異常なゲームバランスになってしまうことがある。例えば『魔法使い』とその他大勢、『戦士』とお供たちの様な状況になってしまうのだ。

 リルフィーにとっては……廃人にとっては重要なことだが、まだその結論には早すぎる気がした。

「タケルたちの攻撃で……倒せる目前だったのかな?」

 カエデはそんな推理をしたが……おそらく違う。

 モンスターのHPは自然回復する仕様が普通だし、そのスピードもかなり早い。俺たちが仕切りなおしている間に完全回復していたはずだ。

「いくつか予想はできるが……色々とやってみなけりゃ判らんな。それより、ドロップを回収しよう」

 ドロップとはモンスターを倒すことで獲得できる報酬のことで、これがモンスターを狩る目的のうち一つだ。

 ドロップはちょうど片手に収まるくらいの大きさのビンが二つ、いくらかのピカピカに光る金貨――おそらくこのゲームの通貨――だった。

 ビンの方に注意を向けると自動的に文字が浮かび上がる。それには「基本溶液」「エッセンスが解ける性質を利用して飲み薬にする」「飲食可」とある。

 金貨は十枚とちょっとだったが……全く価値が判らない。もちろん、『基本溶液』の方もだ。

 MMOでたまにあることなのだが……ドロップの価値が全く判らなくて、喜べないことがある。

 この『基本溶液』が世にも貴重な品物なのか、掃いて捨てるほど集まるものなのか……価値としては高いのか低いのか、全く判らなければ喜びようもない。

 通貨の方も金貨一枚が例えるなら……日本円にすれば一万円札なのか、それとも一円玉なのか判らない状態だ。

 まあ、『基本溶液』については、未踏の場所につきものだから仕方がない。

 通貨価値の方はオープンβでもなければ起きないレアな出来事だから、むしろ楽しむべきことだろう。

「とりあえずお金は預かるぞ」

 一応、断りを入れて金貨の小山を掴むと、近くにバケツの様な物体が自動的に出現した。これに放り込めば俺のアイテムとして回収することができるはずだ。VRMMOでは一般的なインターフェースといえる。

 金貨を手首のスナップだけで放り込む。たとえ何万枚の金貨だろうと片手で持てるし、重さも全くない。この動作は見なくてもできるくらいだ。

 リルフィーとカエデもビンを拾ってくれたが……回収せずにまじまじとビンを観察していた。リルフィーに至ってはビンの臭いを嗅ぐように顔に近づけてやがる。

「……何してんだ?」

「いや……その……これ、飲めるのかなって……」

「飲めるのかって……まあ、飲めるだろ。飲めるって書いてあんだから。……大したものじゃないだろうが……一応はドロップだぞ? 分配するまで我慢しろよ」

「それはそうなんですが……良い感じに冷たいんですよ……って、飲める? そんな説明あります?」

 リルフィーは不思議な質問をして、まじまじと『基本溶液』を調べなおしている。

「いや……飲み薬の材料で飲めるって書いてあるだろ?」

「ああ! 『基本溶液』って……そういう意味だったんですね。でも名前しか書いてないですよ?」

 リルフィーだけでなく全員が、俺を不思議そうな顔で見てくる。

 それで食い違いの理由が解かった。

「……そういうことか。厄介かもしれないな。俺の『調薬』のスキルで余分に説明があったんだろ」

 みんなは「なるほどー」などと納得して肯いているが……スキルによって個々で情報量に差があるのは厄介にしか思えない。


「飲めるなら……飲んだら……ダメ……かな?」

 カエデが恥ずかしそうに……そして、上目遣いで俺に聞いてきた!

 思わず「いくらでも、好きなだけ飲みなさい!」と即答しそうになったが……辛うじて持ちこたえた。

「うーん……俺は構わないんだが……」

「よろしいのでは? おそらくレアな品物ではないでしょうし……」

 ネリウムが即座に賛成してきた。

 さすが頼りになる相棒……だからだよな? 若干、自分も飲みたいからだけにも思えた。

「私は……みなさんが決めてくれれば……それで……」

 アリサエマはそんなことを言うが、チラチラとビンを窺い見ている。

「じゃあ、飲んで見るか。でも、二つしかないぞ? 誰に飲ませるか――」

「やだなぁ……みんなでちょっとずつ飲めば良いんだよ! ちゃんとタケルにも分けてあげるから!」

 カエデはそう言って手に持ったビンのコルクを抜く。きゅぽんと気持ちの良い音もした。そのまま躊躇うことなく口にする。……意外と度胸が良いのかもしれない。

 全員がカエデに注目して感想を待ったが……カエデは微妙な顔をし、無言でビンを俺の方へ差し出してきた。

 ……こんなことで動揺していいのは中学生までだ。

 まず、冷静にカエデが口をつけた位置を特定した。何よりもこれが重要だ。

 けっして動揺を悟られてはならない!

 受け取るときに腕が震えそうになるのを無理やり抑える。よし、さり気なくいけたぞ!

 あとは位置を間違えないように口をつけるだけだ!

 食べられるドロップはそれなりにあるものだが、俺はドロップを食べるのが好きな方ではなかった。

 稀に毛むくじゃらなモンスターの汗だとかの猟奇的なドロップが、貴重な飲み薬などの原材料になることがあるのだが……個人的には気持ち悪いので止めて欲しいところだ。

 いつもなら遠慮するが……今回はそんな勿体無いことはしない。

 それに美味そうで清潔そうなスライムから採取だ。全く抵抗は感じない。いや、例え猟奇的なものだろうと、毒だろうと――

 ……そこで順番が逆なことに気がついた。

 あのスライムは食べられるドロップを出すから、美味そうで清潔そうなイメージを重視したデザインだったのではあるまいか?

「どうしたの? ……まずくはないよ」

 思わず考え込んでしまった俺に、きょとんとした顔でカエデが聞いてくる。

「いや! なんでもない! ちょっとシステムのこと考えちまっただけだ!」

 どうもMMOプレイヤーの癖が抜けない。

 それよりも今は……目の前にあるソーマだ!

 興奮を隠しつつ口にする。

 大感動だ! 実に満足だ!

 しかし……全く味がしない。

 いや、味がしなくはない。程よく冷えた美味しいミネラルウォーターの味だ。

 俺はてっきり、薄いレモンの味がすると思ったのだが……あらゆる創作で「レモンの味がする」と表現されるのは嘘なのだろうか?

「あっ! まだ感想を言ったらダメだよ、タケル! ほら、次の人に回して!」

 悪戯っ子の顔でカエデが楽しそうに言う。

 正直、この聖杯を手放すのは惜しかったが……まあ、仕方が無い。指示通りにして何も言わず、隣にいたアリサエマに差し出す。

 なぜか少し赤い顔をしたアリサエマはビンを受け取ると……これまたなぜか少しビンを回した。おそらく、俺が口をつけた場所を避けるのだろう。

 まあ、それが普通だから嫌な気分にはならないが……それだと避けるどころか、直撃になってしまう。とはいえ、それを指摘するのも気が引ける。

 踏ん切りがつかないのか、何度か飲もうとするが飲めないようだ。まあ、気になる人は気になるからなぁ。

 そして、またなぜかビンを半周ほど回し、顔を真っ赤にして今度は勢い良く飲み干した。

 そこまで無理して周りに合わせなくともと思うが……まあ、余計な差し出口になるのだろう。

「どうやら……ただの水のようですね。程よく冷えてて美味しいですが」

 アリサエマが飲むのを待っていたのか、ネリウムがみなの代表して感想を述べた。

 リルフィーとネリウムとでもう一つの方を飲んでたようだ。

「だよね! 絶対おかしいよ! もう、ボクの口はプリンの味だと思ってたんだよ! ……タケル! なにが可笑しいのさ!」

 他愛もないことに怒るカエデが愛らしくて、思わず笑ってしまったのだが……さすがに拙かったらしい。カエデはご立腹だ。……それがまた愛らしくて、また笑みがこぼれてしまいそうになるが。

「悪い、悪い。まあ、そう怒るなよ。……あれだ。飲み薬のベースとなる材料なんだろ。何か……例えば薬草を混ぜて回復薬になるとかな。それで美味い水に設定してんだろ」

「あー……そういうことか。不味い飲み薬はきついですからね……」

 リルフィーが苦い顔で賛同したのは……『最終幻想VRオンライン』でそういう飲み薬が実装されたことがあったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る