成果
探索を続けているのだが……よく考えると俺たちは異常な集団だ。
いまや俺とリルフィーは抜き身のまま剣を持ち歩いている。
……臨戦態勢で森をうろつく住所不定無職。ロールプレイ的にいうのであれば、この世界の俺たちは住所不定無職だ。
なんだろう……俺たちは冒険者だとかのかっこうのよい……善いもの側ではなく……どちらかというと悪者、それも山賊だとか追い剥ぎだとかの類に思えてきた。
俺が遭遇する側だったら間違いなく逃げるか、問答無用で攻撃する。
……なぜモンスターがプレイヤーを見たら襲い掛かってくるのか理解できた気がした。
俺が馬鹿な考えに浸っていると――
「ゴブゴーブ、ゴブゴブ?」
「ゴーブゴブ!」
「ホブボブホブ……」
という、何者かの話し声?がしてきた。
前方のかなり開けた場所に二匹のゴブリンと大型な奴――普通のゴブリンを五割増しくらいだ――がいて、そいつらが何かを話し合っていたのだ!
大型の奴の名前を調べて見れば『ホブゴブリン』と判明する。予想通りではあるが……俺は面食らっていた。
「と、とりあえず隠れろ!」
押し殺した声でみんなに指示をする。
それを聞いてみんなも、慌てて茂みを盾にするように隠れた。
なぜかNPCであるモンスターたちが会話をしているが……これはプレイヤーが先に発見できるようにとの配慮ではないだろうか?
全てのNPCは擬似的なAIでそれっぽく動くようにしてあるが、自発的に話ができるほど賢くはない。NPCの発言は全て決められている台詞だ。
となると、このゴブリンたちの会話?も予め設定されているわけなのだが……いったい全体、どういうセンスなんだ?
役者かボイスアクターでも雇ったのか「ゴブ」と「ホブ」しか言わないのに、なんらかの会話なのだろうと十分に想像できる。……ユーモラスというより、深夜のコンビニの前でたむろっている柄の悪い若者のような印象なのも謎だ。
「なるほど……ゴブリンだから……ゴブゴブ言ってんですね!」
押し殺した声で――しかも真剣な表情で俺たちの方を振り返りながら!――リルフィーが言い放った。
……お前の住んでいる世界では猫は「ネコネコ」、犬は「イヌイヌ」と鳴くのか?
嗚呼、殴りたい。こんな状況でなければ、大声で「んなわけあるかっ!」と叫びながら殴りたい。駄目だ……右手が勝手に……いまは我慢しないと……。
よく見ればカエデとアリサエマはお互いの手を握り締めあいながら、顔を真っ赤にして静かに悶えていた。必死に笑いを堪えているのだろう。
……どうして笑ってはいけない状況だと、笑いの沸点が劇的に下がるんだ?
ネリウムの方はと見れば……なぜかうっとりした表情でリルフィーを見ている。……まあ、人の好みにあれこれ言うのはマナー違反だろう。
「……馬鹿なことを言ってないで、戻るぞ。……ゆっくり、静かにな。あいつらとやりあったらまず負ける」
その言葉でカエデとアリサエマもなんとか持ち直してくれた。
俺たちは静かに、ゆっくりと撤退する。強敵から逃げるのも立派な戦術だと俺は思う。
「少し奥の方へ来過ぎたみたいだな。ゴブリンは少なめの配置なのかな?」
もう十分に離れたと思えたので、俺はみんなに話しかけた。
それでカエデとアリサエマが大きな息を吐く。緊張していたのもあるだろうが、リルフィーの攻撃がまだ残っていたのだろう。
あの三匹組みは、この森の目玉クラスに思える。少なくとも中ボスクラスの位置づけだろう。その出現位置まで一匹のゴブリンとしか遭遇しないのはおかしな感じだ。
「どうします? 街の方へ戻ります?」
のほほんとリルフィーが話に乗ってくるが……嗚呼、殴りたい。しかし、いま殴ったらただの乱暴者だ。次にボケたら思いっきりツッコミいれてやる!
「それより先に……まず、あいつの相手をするか」
そう言いながら前方の開けた場所を指差した。
その開けた場所に、ちょうどゴブリンがやってくるところだった。まだこちらに気づいていないようだし、見える範囲では一匹だけだ。手頃な獲物だろう。
「ういっす! ……引きつけます?」
「いや、ここは狭いし、向こうの方が開けている。突撃でいこう」
戦闘ではどんな場所で戦うかも重要なことだ。
相手側に取り囲まれるようでは大変だし、動くのも大変なほど狭くてもダメだ。基本的には自分たちが少なかったら狭い場所、多かったから取り囲めるように広い場所が良い。
「最初はゆっくりと近づくぞ。合図を出したら突撃な。えっと……魔法のタイミングと周囲の警戒を――」
「了解しました」
ネリウムがすぐに引き受けてくれる。頼りになる人だ。
「よし、いこう」
そう言うと、全員が真剣な顔で肯く。戦闘開始だ。
各々が武器を構えながら静かにゴブリンへ歩み寄る。
まだ相手はこちらに気がついていない。このまま不意を打てれば理想的なのだが――
しかし、ゴブリンはこちらに気がついた!
一瞬、驚いたような表情になるが……すぐに雄たけびをあげながら、手に持った剣を無茶苦茶に振り回した。
もう、静かに移動する意味は無い。
「よし、突撃だ!」
俺の合図を待たずにリルフィーは走り出している。こんな時は多少いきちがっても、とにかく行動してしまう方が正解だ。
遅れて他のみんなも走り出す。うまい具合にリルフィーが突出する形になって、ちょうど良いくらいだ。
もうすぐリルフィーとゴブリンがお互いの間合い入る……いわゆる一刀一足の距離になった。このままお互いに斬りあうのでも良いが、ベストは――
「いまです!」
「は、はい! 『ファイヤー』!」
ネリウムの合図でアリサエマが魔法を放つ。タイミングは最適だし、見事に命中だ。
ゴブリンは苦悶の声をあげながらアリサエマを睨む。アリサエマがターゲットに決まったのだろう。本来、接近戦に劣る『魔法使い』がFAをとる――ターゲットになるのは上手くないのだが……目の前にはすでにリルフィーが到着している。
「ナイスアシストっす!」
そんなことを言う余裕を見せながら、隙だらけのゴブリンにリルフィーが斬りかかる。
その攻撃で少しゴブリンはよろけ、リルフィーの方を見たように思えた。もしかしたらリルフィーへ反撃することに変えたのかもしれない。
だが、それも隙でしかない。立て続けに俺とカエデが追撃を叩き込む。
誰を狙ったのか判らなかったが、俺たちを追い払うようにゴブリンが剣を大きく振る。しかし、そんな大振りに当たりはしない。
「他にゴブリンは見当たりません。こいつだけのようです。アリサは隙を狙って追撃を」
後ろからネリウムが報告してくれた。
増援がないなら、落ち着いてこいつを倒すだけだ。この流れのまま進めればいいだろう。ゴブリンを見ると……俺の方を睨んでいる。俺に狙いを定めたか。
俺のような火力特化型は高い攻撃力が売りとなる訳だが……どうしても防御力が犠牲となりがちだ。高い攻撃力を示せばそれだけ注目を浴びやすく、それを避けるためには自重するしかないというジレンマに悩まされる。
まあ、パーティにヘイト管理系スキルを持った専門のタンクがいない。仕方の無いことだろう。渋々といった気分で盾を構えて守りに入る。
「止めはもらいっす! 悪いっすね、タケルさん!」
リルフィーからそんな軽口がでた。
パーティで戦っているんだから、誰が止めを刺してもパーティの戦果だが……まあ、気にしてしまう気持ちは解からないでもない。
競争するかのように、リルフィーとカエデがゴブリンへの最後の一撃を狙う!
「アッ、手元ガ滑ッタ!」
そんなわざとらしい掛け声と共に、リルフィーの後頭部に石が命中した。
……「FF半減」と表示が出ているが、それなりにリルフィーのHPは減っている。
リルフィーもそれなりに痛かったのと、驚いたのだろう。状況を忘れ、頭を押さえてしゃがみ込んでしまっている。……少し、かっこわるいぞ。
その隙?にカエデがゴブリンに攻撃した。その一撃で見事にゴブリンが倒れ、煙と共にドロップへと変化する。
僅かに遅かったのか、その煙にアリサエマの魔法が突き抜ける。
「えっと……や、やりぃ! ボクが……止めだね!」
複雑な表情でカエデがガッツポーズをとる。たぶん、何か言わなきゃと思ったのだろう。
微妙な空気に止めを刺すかのように、ファンファーレのような音楽が鳴り響いたかと思うと、全員のメニューウィンドウが一斉に出現した。
さて、どうしたものか……確認するまでもなく、リルフィーの後頭部に石を当てたのはネリウムだ。
俺には理解できないが……これは……ネリウムからのリルフィーへの愛情表現のひとつ……だろう……おそらく、たぶん。
さすがにリルフィーは少しむくれた顔で向き直った。
まずいな……共闘を結んでいるのだし、俺はフォローに回らなきゃいかん……よな?
が、ネリウムは俺の予想を超えた行動にでた。
小走りでリルフィーに近づき、そのまま抱きつくように身体を密着させたのだ!
「すいません、リルフィーさん! 手が狂いまして……痛かったですか? ……いま回復魔法を」
そう言いながらリルフィーの後頭部に手を伸ばそうとするが……ネリウムの方が背が低いから、かなり密着しなければ手は届かない。何度かお互いの身体は触れ合っているはずだ。柔らかそうな何かが。
すぐにリルフィーはむくれた顔から、だらしのない表情へと変わった。
ネリウムには何度も感心させられたが……本当に凄い人だ。
これは高尚なコミュニケーションであり……下世話に言ったら飴と鞭といわれるやつなのだろう。もしかしたら、共同作業の最初の一回を見せつけられているのかもしれない。……公開なんとかという類のナニだ。
リルフィーは幸せそうに鼻の下を伸ばしているし、俺が口を挟むことではないのだろう。
「チッ……そんなのただの脂ぼu――」
そんな声がして、少し驚いて俺は振り返った。
カエデは顔を真っ赤にして俯いている。少し刺激が強かったのだろう……純情な証拠だ。可愛い!
アリサエマは……なぜだかわざとらしくそっぽを向いていた。いまの声はこっちか? でも、なにか不満だったのか?
……ここは色々なことを有耶無耶にしておくのが一番だろう。
「いまのでレベルアップしたみたいだな」
「そ、そうだね! ファンファーレみたいなのも鳴ったし!」
カエデが渡りに船とばかりに食いついてきた。
「そのようですね。どれくらい変化したのでしょう」
意外にもネリウムが積極的に話題に入ってきた。
……がっかりした顔のリルフィーも視界に入る。なるほど。ご褒美タイムは終了ということか。ほんと勉強になるなー……知りたく無かったけど。
「……判る範囲ではHPとMPが増えてるだけみたいっすね。次のレベルアップに必要な経験点は二百……まあ、まだ普通かな」
リルフィーがややガッカリした感じ――ご褒美タイムが終了したから『だけ』ではなく――で言ったのは、レベルアップに物足りなかったからだろう。
リルフィーはキャラクターの強さに価値を見出すタイプだから、レベルアップと共に爆発的に強くなるのが好きなのだ。
俺などは逆に、じわじわと強くなっていくのが好きだから……この辺は好きずきとしか言えないだろう。
「まあ、まだ二レベルになったばっかりだからな。HPとMPが四、五割り増加ってのはけっこう強くなってると思うぞ。本格的に強くなるのはこれからだろうし」
みんなは俺の言葉になんとなく肯く。
しかし、これからどうしたものか。あと十匹もゴブリンを狩れば三レベルになるだろう。それで、まあまあ区切りが良いところだと思うが……いまの強さでは同時に二匹までの戦闘がぎりぎりだろう。
このまま森を探索して慎重にゴブリンを狩り続けるか、それとも他の狩場に期待をかけてみるか……悩みどころに思える。
そんな風に考えていたところで――
「た、助けてくださーい!」
という切迫した声が聞こえてきた。
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