論争

 男の子、おとこのこ、オトコノコ………………なにをカエデは言っているんだろう?

 カエデの言葉は俺の耳には届いた。でも、心には響かなかった。だから、俺には意味がワカラナイ。

 困ったな……これじゃ会話にならないじゃないか……聞きなおさなくっちゃ……。

「……なんて?」

「えっ? だから、そんなこと言われても嬉しくないって――」

「いや、そっちじゃなくて……その後」

「へっ? ボクがおとこの――」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーっ!」

 俺はなぜか……両手で耳を塞ぎ、奇声をあげてしまった。

 なんで、俺はこんなことを?

 見ろ……カエデがビックリしているじゃないか……。

「タケルさん? しっかりしてください!」

 アリサエマが心配そうに近寄ってきて、俺が倒れないように支えてくれた。

 ありがとう。……なぜか倒れてしまいそうになったんだ。

 俺はいったい……どうしちまったんだ?

「すまない。いや……なんでか解からないけど……突然……カエデが自分のことをオトコノコだって言いだしそうな気がしたんだ。は、はは……どうしちゃったんだろうな? そんなことある訳ないのに……疲れてんのかな……」

 だが、俺の言葉にアリサエマは辛そうに顔を背けた。

 待ってくれ! そこは馬鹿な奴と笑うところだろ? なんでそんな……深刻そうな顔をするんだ? そんななんじゃ……まるで――

「大丈夫、タケル? 気分でも悪いの? ボクが男の子なのがどうかしたの?」

 カエデも心配そうな顔をして……だが、突然に変なことを言いだした。

 どうしてだろう? 前にこんな会話をしたことがあるような気がする。これがデジャヴというやつか?

 男の子、おとこのこ、オトコノコ………………なんだ、そういうことか。早とちりしてしまった。

「ああ、心配しなくても平気だ。ちょっと勘違いしただけだ。カエデのお母さんは『おとこ』さんって言うんだ? 大丈夫だよ、きちんとご両親には挨拶を――」

「なんでいきなり、ボクのお母さんの話になるの? タケル、大丈夫? なんか変だよ?」

 カエデは不審そうに俺を窺う。

 まずい! カエデを不安にさせるなんて、万死に値する!

 ……でも、なんだろう? さっきから会話が噛み合っていない。どうしたことだ?

 ……そういうことか! ここは年上として正すところは正していかないと!

「はは……ダメだぞ、カエデ。際どい冗談は時と場合を選ばないと。周りの人がビックリするだろう?」

 よし! これで世界はあるべき姿へと戻るはずだ。

 だが、カエデはそれを認めようとしない!

「冗談? ボク……冗談なんて言ってないよ? タケル……ほんとにどうし――あっ! ……タ、タケルもっ! ……タケルもボクのこと……女の子みたいだってからかうの?」

 ……それは違うぞ、カエデ。女の子には「女の子みたい」とは言わないんだぞ。だが、細かな言い間違いを指摘している場合じゃない。

 どう伝えれば良いんだろう?

 言葉に悩む俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、なおもカエデは続けた。

「その冗談、面白くないよ! だいたい、ボクのどこが女の子みたいだって言うのさ!」

 カエデは本気で怒っているらしく、腰に手を当てて仁王立ちになっているが……それがまた……とても可愛い!

 俺は感じたままに、正直に答えた。

「えっ? だって……女の子だろ?」

「まだ言うの? ほら! 胸だって無いでしょ!」

 そう言ってカエデは自分の胸を指し示す。

 確かにカエデの胸はささやかだ。……そういうことか。

「……悪かった。カエデがそのことを気にしているとは思わなくてな」

「解かってくれた? ……というか、変な冗談を言うタケルが悪いんだからね!」

 俺の言葉にようやく、カエデは落ち着いたようだ。

 ……そんな気にするようなことじゃないのに。あまりにも色んな奴に心無い言葉を言われ、意固地になってしまったのだろう。かわいそうに……。

「男の子みたいという奴には言わせておけ。そいつらは価値の判らない馬鹿なんだよ。それに……心配しなくても……時が来れば大きくなるらしいぞ? お、俺はこだわらない方だし!」

「そ、そうです! あんなもの……ようするにただの脂肪です! お、女の値打ちはそこじゃ……無いはずです!」

 俺とアリサエマは口々にカエデを励ました。

 若干、引っかからなくもない。……事情を知っている俺はともかく、アリサエマのそれなりある胸には説得力がないだろう。

 それに、なぜかカエデはとても驚いてる。どうしたんだろう?

「……もしかして……二人とも……ボクのこと……本気で女の子って思ってるの?」

 そう問いかけるカエデの顔は真剣そのものだ。

 俺も真剣に向き合わねばならない。それが男の誠実さと言うものだ。

「……女の子だよな?」

「……ですよね?」

 俺とアリサエマは同じ結論に達した。

 これが多数決なら過半数超えだ。実にめでたい。万歳三唱して終わりたいところだが、カエデは納得いかないようだ。

「どこをどう見るとそうなるの? だいたい、このアバター作るときに……背を高くしたり、ボリュームを増やしたりもしてるんだよ! ほら! 逞しい男の子でしょ!」

 そう言ってカエデは力瘤を作るようにして腕を見せつけるが……もの凄く細くて華奢だ。世の女性達が悩むという、二の腕の弛みなんて全く無い。

「えっと……それで……増やしているの?」

「なんて……羨ましい……」

 俺とアリサエマは思わず感想を口にした。

「た、多少っ! 貧弱かもだけどっ! ボクは本当に男の子なんだってば!」

 自分でも舵きりを間違えたと思ったのか、慌ててカエデは主張しなおした。

「でも……カエデからは……嘘の臭いがしない。だから、そんなことを言われても……」

「嘘の臭いってなんなのさ」

 「嘘」という言葉に自分が非難されていると感じたのか、カエデの表情は険悪だ。ここは誤解されないように、きちんと説明しなければならないだろう。

「あー……『鑑定士』としてそれなりのキャリアを積んでいるからなんだが……男が女のフリをすると……どうしても違和感だとか無理がな……それを俺は臭いと呼んでるんだが……カエデからはその嘘の臭いがしない」

 俺はこの『眼』で何人ものネカマを見破ってきた。いまやネカマを見破るなんて造作も無いことだ。

 なぜカエデが自分を男の子だと主張するのかは解からない。それを理解もしないうちにカエデを追い詰めることになって、申し訳ない気持ちで一杯になった。

「タケルは……男の子なのに女の子のフリをしている人を見抜くのが得意なんだよね? ボクは……男の子で……男の子なんだよ? 女の子のフリはしてないよ?」

 俺の説明が解かりづらかったのだろう。必死に考えながらカエデは反論した。

 心苦しいものだ。好きな子を追い詰めなければならないとは。真実を曲げることになるが、カエデを追い詰めるくらいなら――

 ……うん?

 あれ? カエデの言うことは……全く破綻してないぞ?

 とりあえず、カエデの性別の問題は脇に置く。そしてカエデが普段通りに……全く自然体で振舞っているとする。

 カエデは普通にしているんだから、違和感や無理が生まれるわけがない。

 違和感や無理がないのだから……俺も嘘の臭いを感じない。

 急いで今日一日の記憶を掘りかえす。

 カエデはいままでに……一度でも……性別が特定できるような言動をしただろうか?

 ……全く思い当たらない!

 それに男の子かもしれないと疑ってすらいない。最初から女の子だと思っていた。だから、カエデがどっちなのかなんて……調べようとすらしていない!

 慌ててカエデを……鑑定士の『眼』でカエデを確認する。併せて、思い出せる限りの判断材料を探す。

 骨格を想像し……動作から逆算し……ありとあらゆる項目を調べる。

 男……の子……か? その可能性は生まれた。

 いや……女……の子……か? その可能性も依然としてある。

 全ての確認項目が男でも女でもあり得る範囲だ。

 まさか……両性具有か?

 いや、その可能性は捨てるべきだ。そこまで考慮したら絶対に正解へ辿りつけない。困ったとき、都合の良い結果に心が傾いていたら……すでに失敗しつつあるのだ!

 だが……しかし……これでは……俺の『眼』でも判別がつかない!

 心の奥深くでガチャガチャと……ピッキングでもするような……騒がしい音が聞こえた気がした。

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