決着

 俺の言葉に噴水広場は再び騒然となった。

「どういうことだ? 女のアバターなんだろ?」

「……解からん。でも、『鑑定士』の言うことだし……」

「『鑑定士』ってのは……どんな奴なんだ? そんなに凄いのか?」

 リルフィーが地獄に仏の表情で俺を見た。……やめろ! そのキラキラした目で俺を見るな! なんでか尻がむずむずするんだ!

 逆に『お笑い』は真っ青な顔になっている。……俺の示唆することに真っ先に気がついたに違いない。頭の回転が速いのも場合によりけりなのだろうか?

「……あんさんにしか判らんことを言われても困る! そりゃ……あんさんは特殊なお人なのかもしれん。でも、それを理由にされても――」

「そうよ! 証拠! 証拠をみせなさいよ!」

 『お笑い』に被せるように灯がわめいた。

 その灯を『お笑い』は苦々しい表情で見た。そして、話しかけようと口を開きかけた『ワル』を鋭い視線とかすかに首を振る動きで制する。

 奴は撤退に舵をきりつつあるのだろうか?

 ……油断はできない。

 ここは素早く灯を料理して、奴らを撤退させるのが上策のはずだ。

「リルフィー……肋骨のことはともかく、骨盤を観察するのは……まあ、着眼点は悪くない。でも、みんな視点が逆なんだよ」

「逆? でも……こいつはネカマで……だけどアバターは女なんですよね?」

 全く理解できていない顔でリルフィーが聞き返してくる。

 それはその場にいる全員の意見を代弁していたに違いない。都合が良いからリルフィーを愚かな聞き役として話を続けることにするが……この船、乗っても大丈夫なのだろうか?

 疑念も心配も尽きないが……まあ、手に入るものでがんばるしかない。

「男と女で骨盤はまるで違う。それはつまり……大げさに言えば足の生え方が違うってことだ。だから重心の位置も足の運びも全く違う」

「解かった! こいつの骨盤は男のもので……それが証拠なんですね!」

 リルフィーにしては良い感じだが……本当に大丈夫だろうか? わざと俺の欲しい所に間違えてくれるなら安心なのだが……こいつは素でコレの可能性がある。

 ……なぜだか一対三の戦いをしている気になってきた。

 相手は灯に『お笑い』、そしてリルフィーだ。

「いやいや……だから、こいつのアバターは女のだって。骨盤も女のだ」

「でもっ! それじゃあっ!」

 迫真の演技で――演技のはずだ。そう思わないと安心できない――叫ぶリルフィー。

「……ああ。女のベースアバターを男が無理やり使ってんだ。リルフィー、ちゃんと観察してみろ。こいつの動きは変だぞ? 重心だけじゃなくて、ありとあらゆる動作が変だぞ?」

 その言葉で灯の表情は一変した。もはや白状したも同然だと思うが――

「それは無理や! 他人の……他人のベースアバターなんて使えるわけが無い!」

 思わずなんだろうが……『お笑い』が反論してくる。

 反射的に言ってしまったのだと思われた。奴らは抜け目なく、灯から距離を取りはじめていたからだ。本当は灯を切り捨てることにしていたのだろう。

「色々と方法はあるんだぜ? ……ベースアバターを弄くるとか?」

 そういいながら『美形』に目線をなげたら、『お笑い』は沈黙した。

 このままベースアバター改造にまで話が及んだりしたら、奴らにすれば薮蛇だろう。

「そうだなぁ……このアバター……出来は良いから……きょうだい! 年の近い女のきょうだいのベースアバターに無理やり乗っているんじゃないか?」

 わざとらしく顎に手を当てながら、煽るように指摘してやった。

「証拠! 証拠はあるの!」

 灯が見苦しく要求してきた。

 諦めの悪い奴が相手だと、いつもこうなるから面倒だ。どうしたものか……。

「証拠といわれてもな……お前みたいな下手糞なネカマはもう、臭いがするとしか――」

 ……そこで灯は自分の二の腕を嗅ぐ仕草をしやがった!


 灯を除く噴水広場にいる全員が唖然とした。

 唖然とするしかなかった。

 神に誓ってもいいが、俺はチープなトリックで灯を引っ掛けようとした訳ではない!

 だが、俺の言葉に釣られた灯の動作は、何よりも雄弁に自白となっていた。

「おい、コレ……」

「ああ……アレだ……」

「まさか……いまどきアレを……」

 野次馬たちもざわめきだした。あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうだ。

 そして空気を全く読まないリルフィーがはしゃぎだした!

「流石です、タケルさん! あの漫画っすよね? シブいっすよ! さあ、決めの台詞を言っちゃってください! 『だが……マヌケ――」

「だ、誰が言うかぁ! は、恥ずかしいだろうがぁ!」

 皆まで言わせなかった。

 我ながら見事な右ストレートが決まったと思う。もちろん、リルフィーにだ。

 灯に臭うと言ったのは比喩的表現だが、本当のことでしかない。

 武芸の達人が格下の構えを見るだけで力量が判るように、俺は下手糞なネカマを見れば一目でそれと判る。ただ、それを『臭い』と表現しているだけだ。

 まさか勝手に……それも超有名な漫画のシーンを再現して自滅するとは!

 そしてリルフィーも臆面もなく喧伝しやがった! やはり泥舟だ! 一瞬でも頼るんじゃなかった!

 ……そこで意外な事実に気がつく。

 思わずリルフィーを殴ってしまったがペナルティがない。

「あれ? どういうことだ?」

 パンチングボールにするようにリルフィーの顔にジャブを連打してみた。

 やはりペナルティ――衛兵による排除が起こらない。

「あの? タケルさん? なんで俺を殴るんです?」

「これは……おそらく……素手による攻撃は適用外なのでは?」

 神妙な顔でネリウムが言った。

 いまさらながら……揺るがない人だ。灯のことも大して気にしていないに違いない。それに……ゲームシステムの考察をしているのか、このルールの活用方法を考えているのか。

「あの? 割と痛いんで……その……そろそろ……やめて欲しいかなって……」

「ああ、悪い、悪い……HPは減ったか?」

「あっ! 全く減って無いです!」

「やはり! 素手による接触はHPの減少が無い代わりに、ペナルティも無い! そういうことなんでしょう! これを有意義に活用するには……」

 ……ネリウムのような高尚な趣味人には重大なことなんだろう。だが、どのように有意義に活用するかは聞きたくないと思った。

「ひ、引っ掛けやがったな!」

 ようやく立ち直った灯が叫んだ。

 なんで、こいつは……俺達がバカなことをしている間に逃げてしまわないのだろうか?

「『引っ掛けた』はまずいんじゃないか? それだと……自分がネカマと認めたも同然だが? それに……お前、男言葉に戻ってるぜ?」

 仕方が無いので引導を渡してやった。

 もはや場は灯がネカマかどうかを論じる段階ではなくなっている。もはや何を言っても手遅れ……灯はネカマとしてプレイしていくしかない。

「お、覚えていろ!」

 そう言いながら、もたもたとメニューウィンドウを操作する灯。

 ……正直、間が持たないから捨て台詞や俺を睨むのより、ログアウト作業の方を優先して欲しかった。こちらの方が恥ずかしくなってくる。

 ようやく灯の操作が終わり……灯の姿は消えた。

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