学院

 『魔術学院』は典型的なイメージの建物で……ようするに塔だった。

 なんで魔法使い関係の建物だと塔になるのだろう? 良く考えると不思議ではあるが、まあ、解かり易くて良いかもしれない。……変に作りこまれるよりずっとマシだ。

 建物の内部は、丸い外壁に沿った螺旋階段が印象的だった。

 しかし、その階段の手前では衛兵風のNPCが槍を交差して通せんぼをしている。まだ二階は実装されていないか、なにか条件を満たさないと上れないだとかだろう。

 部屋の中央には丸くテーブルが配置されていて、その中にはローブ姿のNPCが待機していた。なんだか受付カウンターみたいな感じがするが……まあ、その通りなのだろう。

 天井からは他の施設と同じように板がぶら下げられていて、取り扱っているアイテムと値段が表記されていた。ますます商店じみた印象が強くなる。

 板に書かれた案内には魔法書というカテゴリーがあり、いくつかの種類が売られていた。これらの魔法書を使う……おそらく消費することで『魔法使い』の魔法のレパートリーが増えるのだろう。

「魔法書を買えば……魔法が使えるようになるかな?」

「……でも……少し高すぎるような……」

 同じように板を眺めていたカエデとアリサエマが感想をもらした。

 アリサエマが高いと思ったのは解からないでもない。一番安い魔法書ですら金貨千枚と高額だったからだ。

「細かくは判らんけど……この魔法書で魔法のレパートリーが増えるんだろうな。金貨千枚は確かに高いと思うが、救済措置の一環だと思うぞ」

「救済措置? 高いのが助けになるの?」

 俺の言葉が足りなかったようだ。カエデは不思議そうな顔をしている。

「魔法書には販売価格もあるけど、買取価格も書いてあるだろ? それはつまり……ここ以外の場所でも……おそらくモンスターからのドロップでも入手できるんだ」

 これはそんなに難しい予想ではない。ここでしか買えないのなら、売れるように設定しなくても良い。少なくとも、わざわざ板に書いておく必要がない。

「一番安い魔法書で買取価格が金貨五百枚だから……市場価格は金貨五百一枚から九百九十九枚の間だな。これ以上安くだったら、ここに売りに来たほうが得だし……高かったら、ここに買いに来たほうがマシだ」

 俺の説明に二人は感心した顔をしているが、MMOでは適正価格を知るのは大切なことだ。知らないと損をするなどではなく、身を守るために必要と言ってよい。

 この例でいえば、金貨五百枚以下で魔法書を売りに出しても馬鹿な奴だと判断され、損をするだけで済む。しかし、逆に金貨千枚以上で売りに出したら……まかり間違ってでも、それで売却できてしまったら……トラブルの種になりうる。

 下手したら詐欺師の類と判断されるし、被害者が血の気の多い奴だったら確実に揉め事へと発展だ。

 細かくはNPCが販売していることで、価格が天井知らずにならないで済むだとか、買い占めでの高騰を狙われないだとかあるのだが……この二人にそこまでMMOの暗い部分を教えなくても良いだろう。


 二人にはもっと明るい……楽しいゲームの部分を教えておけばいいはずだ。

「とりあえず、この品揃えを見るだけで……色々な情報が手に入るんだぜ? 例えば『フリーズシュート』とかいう魔法が金貨千枚だが……これで『魔法使い』序盤の正しい攻略法が解かるな」

「そうなの? 値段から考えて……アリサが使っている『ファイヤー』の魔法と似たようなものじゃないの?」

 カエデは興味がでてきたようだ。アリサエマも真面目な顔で聞いている。二人とも初心者らしくて素直だなぁ。

「いや、これで予測がいくつも立つんだ。魔法使いソロを考えるなら、最初に狙うのは『きいろスライム』だろ?」

「そうですね……あそこだったら……私一人でもなんとか……」

 アリサエマが納得して相槌を入れる。

「でも、できることなら『あかスライム』狩りの方が良い。『きいろスライム』のドロップは『初級回復薬』だけど、『あかスライム』の方は『初級MP回復薬』だからな。『魔法使い』にはそっちの方が有用だ」

「アリサの魔法じゃ『あかスライム』は倒せなかったじゃない」

 カエデが欲しいところに反論をくれた。聞き役として全く当てにならないリルフィーと大違いだ! 可愛いし!

「それはそれで……実は重要な情報だったんだぞ? あれで魔法とかのスキルに属性の概念があるって判るんだ。『あかスライム』は火属性だから火が効かないって感じだな」

 細かくはもう少し違うだろうが、まあ、この程度の認識でいまは十分だろう。

「あっ……そういうことか。この『フリーズシュート』は……たぶん、氷かなんかで攻撃するんだろうし……」

 オフラインゲームでも良くある理屈だし、カエデは無理なく理解できたようだ。アリサエマの方は……なんとかついてこれてる……かな?

「でも……それなら、なんで『きいろスライム』で『初級回復薬』しかもらえないんでしょう?」

「それもそうだね! ……すこしゲームデザイナーさんはいじわる?」

 アリサエマは素朴な疑問を、カエデは可愛らしいことを言う。

「いや……いじわるではないと思うぞ。前衛系に『初級MP回復薬』を『魔法使い』に『初級回復薬』が手に入るようにしたのはワザとだろうけどな。そうしておけば序盤から商売が活性化されるし……プレイヤー間の交流も促進されるだろ?」

 しかし、カエデとアリサエマは不思議そうな顔だ。

「そうだなぁ……例えばアリサさんと俺が約束をするんだ。俺が『初級MP回復薬』一本、アリサさんが『初級回復薬』を二本で交換するとかな。そんな風に日頃から付き合いがあれば、一緒にパーティを組もうだとかなりやすいだろ?」

 この説明にカエデは無邪気に感心しているが……アリサエマの様子が少しおかしい。そしてこんなことを言いだした。

「あ、あのっ! そ、その約束っ! お、お願いできますか! えっと……その……た、助かりますしっ!」

 なんだか凄い熱意と意気込みを感じるが……どうしちゃったんだ?

 まてよ?

 ……そういうことか。アシストのための布石だな。それなら俺も……アシストのためのアシストをするべきだろう。

「ああ、それくらいお安い御用だよ。こっちからお願いしたいくらいだな」

「……本当ですか? あ、ありがとうございます!」

 大げさにアリサエマは喜んでいるが……もしかしたら、アシストに不安を感じていたのかな? そこまで緊張しなくても良いのに。

 心配になったので「大丈夫だよ」という意思をを込めてアイコンタクトをしたら……なぜか赤くなって俯いてしまった。逆に緊張を自覚させちゃったか?

 ここは先に、俺からのアシストを完了しておこう。

「まあ、あれだな。『魔法使い』がソロで三レベルになるくらいまで『きいろスライム』を狩り続けたら……そこそこの資金とドロップが貯まるだろ。金貨五百枚から千枚あれば、ちょうど次の魔法入手が狙えるわけだ」

「それで『フリーズシュート』を覚えて……『あかスライム』狩りに変更するんだね!」

 飲み込みよくカエデは答えたが……実はそれだけだと五十点だ。

「いや、それでも良いし、間違っていないが……それだと完全にソロ志向のプレイヤー向きだな。ここで『魔法使い』のプレイヤーはどんな風にゲームを遊ぶか選ぶ必要がある」

「……どういうことです?」

 真剣な顔でアリサエマが聞き返してきた。

 アシストのこともあるが……どう考えても完全な初心者だ。多少は説明してあげないとかわいそうだろう。

「同じ価格帯の魔法に『エンチャント・ウェポン』だとか『エンチャント・シールド』だとかあるだろ? こういうのを覚えてパーティで役に立つスタイルを選ぶのが一つ。もう一つがあの表の下の方にある『サモン・スケルトン』を覚えて一人で冒険するスタイルだろうな」

「スケルトン? スケルトンなんかどうするの? MMOだと強かったりするの?」

 カエデは魔法の名前で効果が予想できたのだろう。しかし、予想できた分だけ、逆に疑問を覚えたようだ。

「断言はできないが……まあ、強くはないだろうな。召喚したスケルトンを前衛に立たせて肉壁――この場合は骨壁か――にして、スケルトンがやられちゃわない内に魔法でモンスターを倒すんだ」

「そ、そうなの? なんだろうな……ボク、『魔法使い』一人旅っていうと……押し寄せるモンスター達をものともしないで……派手な攻撃魔法でどっかんどっかん倒すのだと思ってた」

 カエデが言うのは漫画やアニメによくある……それも主人公が魔術師だとかのイメージだろう。だが、MMOではよっぽど優遇されなければそこまでは無理だ。

「まあ……そう言うのも無理じゃないんだが……相当にレベル高くしないと難しいと思うな。モンスター召喚もゲームによってはドラゴンとかで強くてかっこいいしな」

 ソロという観点では『魔法使い』的なキャラクターが不利になりがちだが……俺も細かい仕様を知っているわけじゃないし、カエデの夢を壊すことも無いだろう。やんわりと答えておくことにした。

「あ、あのっ! パーティを組む魔法使いだと……どの魔法が良いんでしょう?」

 どうやらアリサエマはパーティ志向のようだ。まあ、そちらの方が無難で良いだろう。

「いくつか効果が判らないのがあるけど……安いのだとさっき言った『エンチャント・ウェポン』か『エンチャント・シールド』かな。よくパーティを組む相手にもよるだろうけど……リルフィーみたいなタンク型には『エンチャント・シールド』で……俺みたいな火力型には『エンチャント・ウェポン』が良いと思う。仕様が判らないときは長所を伸ばすのがセオリーだし。まあ、この品揃えなら……ここにある魔法は全部覚えるべきだろうけど」

「そ、それじゃあ……『エンチャント・ウェポン』にします!」

 なぜか凄い勢いで答えられてビックリしたが……まあ、どれから覚えても問題ないだろう。

「でも金貨千枚だよ? ……足りない分は出そうか?」

「んー……どのモンスターがドロップするか判らんが……もう、一人や二人はドロップしていると思うぞ? そいつから買った方が安いだろ」

 優しいカエデの申し出をさり気なく却下しておく。……仕込みは完成しつつある。

「……でも、その人を探すのは大変じゃないですか?」

「いや、わけないと思うぞ。そいつは出来るだけ高く売りたいと思うだろうから、人が沢山いる場所で売ろうとするはずだ」

「なるほどね。でも、人が沢山いる場所って?」

「そりゃ、噴水広場だろ」

 俺の答えに二人とも納得して肯いている。

 しかし、売ってようが、売ってなかろうが……どっちでも構いやしない。

 どのみちアリサエマは資金が少し足りないのだ。俺達から借金して買うことになっても、残念なことに売りがなくても……資金繰りの必要がある。

 そこで「軽く『きいろスライム』狩りしてきますね。今日のところはここで……」とでも言えば、実に自然にフェードアウトできるはずだ。

 俺とカエデは噴水広場に残されることになるが……もう一軒の『宿屋』はすぐ近くにある。ここから近いのはさっき通りがかった方の『宿屋』だが、あの二人組がまだ居たら面倒だ。ここは噴水広場の近くにある方を選択が正解だろう。

 見えた!

 ゴールまでの道筋が見えた!


 もう、走り出してしまいたい気分で、歌いだしたくなるほどだ。

 通りすがりに例の二人組が『宿屋』の封鎖を続けているのが見えても、別に何とも思わなかった。予想通りでしかないし、むしろ哀れみの情すら覚える。

 ああ、そういうことか……。

 俺は今まで、いわゆるリア充――リアル生活が充実している奴の意味だ――からの、特にリア充の男からの視線が不愉快で仕方がなかったのだが……こんな気分で見られていたのか。

 そりゃ、視線を感じるだけで殺意を覚えるのも無理はない。

 悪いな……そこで不毛な戦いを続ける君たち……俺はもう君たちとは違う人種になってしまったんだ。昔なら応援の言葉くらいは掛けたけど……もう、君たちは俺の言葉を素直に聞いてはくれないだろう? そういうことなんだ。

「どうかしたの? なにか良いことでもあったの?」

 隣のカエデが不思議そうな顔で聞いてくる。

 カエデがいるから……カエデと会えたからだよ。

 だけど、そんなことを突然に言うわけにはいかない。でも、いつの日かカエデに伝える日が来るだろう。それまでのお楽しみだ。

 ああ、本当に歌いたい。高らかに歌い上げたい。それも勝利の歌をだ!

 身体の底から湧きあがる衝動を抑えきれず、俺はへんに大声で叫んでしまった。

「よし、もうすぐ噴水広場だ!」

 それを聞いてカエデもアリサエマもびっくりした顔をしたが……すぐに楽しそうに笑いだした。俺の仕草が偶然、面白い感じになっていたんだろう。

 しかし、笑われても、嫌な気持ちにはならなかった。

 なぜかそれで……不思議なことに……もっと楽しくなったのだ。

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