リルフィー
そうだった……。リルフィーは何と言うか……知らない相手にも話しかけるタイプだった。知り合うきっかけの揉め事もこれが原因だったのを思い出す。
「……それじゃ、俺はこれで」
「ちょっ! 待てよ! 少しくらい話しようぜ! 情報交換! 情報交換は大事だぜ」
さり気なくフェードアウトしようとした俺をリルフィーは引き止める。
しかし、奴の主張は単なる思い付きだろう。こいつは上手くいかないので飽きてしまったか、どうすれば良いのか解からなくなってしまったのに違いない。
「俺は疾風☆リルフィー……リルフィーと呼んでくれ!」
「……それなら最初から『リルフィー』ってキャラクターネームにすれば良かっただろ?」
思わずツッコミを入れてしまう。ボケには二種類あり、笑わせるのと笑われるのに分かれるが……こいつは典型的な後者だ。
リルフィーは――なぜか満更でもない顔をしながら! ――恥ずかしそうに答えた。
「いや……だって……『最終幻想VRオンライン』でと同じキャラクターネームにしておけば……誰か知り合いが話しかけてくれるかもしれないだろ?」
俺の知る限り、こいつに女との交流は無い。男との旧交を『できるVRMMO』で暖めて何のメリットがあるんだろうか?
いや、こいつとそこまで深い話はしなかったから解からないが……もしかしたら、リルフィーは男に興味がある男なのかもしれなかった! いや……まさか……でも……『最終幻想VRオンライン』でのリルフィーを考えれば……。
「あの……僕……男の人との……そういうこと……えっと……興味ないんで……」
思わず『僕』なんて言う自称を使ってしまう……。
俺の発言で女だけで固まっていた集団の一部からの変な注目を向けられ……ベンチに座っていた男からギラギラした視線が向けられた。
良く解からないが、なぜかお尻の辺りがむずむずする。
「ち、ちげーよ! 俺はただ……『最終幻想VRオンライン』でつるんでた奴に……お前が似てて……それでだよ! ……知らないか? あっちじゃ『鑑定士』と呼ばれてる奴なんだけど……」
『鑑定士』というのは俺に……『最終幻想VRオンライン』でのキャラクターに付けられたあだ名で、とある特技……キャラクターが持つゲームのスキルではなく、俺自身が持っている特技が由来だ。
通り名やあだ名が付けられるのは珍しい……リルフィーのように自分で通り名を……それもキャラクターネームの中に組み込んで付けるのでなければ。なので、通り名を持っていてもリルフィーほど恥ずかしくないし……少し有名な証拠でもある。
事実、『最終幻想VRオンライン』、『鑑定士』この二つのフレーズで軽く注目を集めてしまった。内訳はちょっとした有名人を見た驚きや好意と……数は少ないが敵対的な視線だ。
三人組の女キャラクターと取り巻きの男達――こいつらが話をしていた二つの集団うち、残りの一つだ。アリスがログアウトしたので、賑やかに話をしているのはこの集団だけとなっていた――の方からもなぜか強い視線を感じた。
「……俺はその『鑑定士』とか言う人じゃない」
ただでさえ『できるVRMMO』ではリアルと同じ顔だ。そこからリアルを特定しようとすれば不可能ではない。芋づる式に『最終幻想VRオンライン』でのリアル特定までありえる。明らかにリルフィーはネットマナーに反しているといえるが――
「ああ、ツッコミの腕は同じくらいだけど……お前は『鑑定士』より面白い顔だしな!」
それは当然ではある。『最終幻想VRオンライン』でのアバター……『鑑定士』は俺のリアルの顔を、整形外科医の助けを借りて精魂こめて変更したものだ。
決めた! リルフィーには痛い目にあわせてやる!
「リルフィー君は――」
「リルフィーで良いぜ! お前のことは――」
そう良いながら、リルフィーは俺の頭上を凝視した。たぶん、奴には俺のキャラクターネームが見えているはずだ。
「タケルで良いな!」
「タケルさんで」
「あっはっはっは……タケルは面白いな!」
「タケル『さん』で」
流石にリルフィーは嫌な顔をした。
ちなみに俺のキャラクターネームはリルフィーと違い考え抜いたものだ。
日本人ぽい名前でカタカナ表記が自然、それでいて有名なアニメや漫画、芸能人と被らないのが良い。「もしかしたら本名から取っているのか?」くらいの有りそうなものがベストだ。
軽いジャブで怯ませれたので、一気に片をつけてしまうことにする。
「リルフィーは未成年だよね?」
「えっ! ち、違うよ! ば、バリバリの成人だよ! 納税とかしちゃってるよ!」
リルフィーは『最終幻想VRオンライン』では十七歳と自称していた。俺の見立てでもそれは嘘ではなく……というか、リルフィーは上手に嘘が吐けるほど賢くない。それが証拠に、『成人イコール納税』などと訳が解からないことを口走っている。
「いやいや……十七歳のリルフィーでも働けば納税することになるって」
俺は困った奴だという顔で教えてやった。
「えっ! そうなの? 知らなかった……」
どうやらリルフィーはバイトすら経験が無かったようだ。しかし、問題はそこではなく……自分が十七歳であることを認めたも同然なことだ。
「ジーエムさーん! ここに規約いは――」
「待って! ちょっと、待って! 待とうよタケルさん!」
口に手をあてて大声で叫ぶフリをした俺を、リルフィーは慌てて止めた。
そもそも、ログインしていること自体が成人認証済みの証拠にできる。まだ言い逃れは可能な段階で、全てを言い掛かりだと突っぱねれば良い。……リルフィーのちょろさが解かるというものだ。
GMを呼んでも話は進展しないし、俺もなるべくならGMと関り合いになりたくない。ならば、ここは大人の立場を騙ってリルフィーを諭し、自発的にログアウトさせるのが仕返しとしては適当だろう。
どのみち、リルフィーのことだ。数日すれば何食わぬ顔でログインするだろうし……奴の方から俺を避けるようになるだろうから一石二鳥だ。
「いや……やっぱり……こういうの良くないと思うよ。リルフィーみたいな若い子が……こういう大人の遊び場にいるのって」
……完璧だ。リルフィーの情操教育なんぞ全く興味が無いし、責任なんぞ全く持つ気は無いが……こんな風に、いかにも大人が青少年を善意で心配している体であれば反論はできない。
「でも……タケルさんだって……俺ぐらいの歳にはこういうことに興味があったろうし……俺ぐらいの歳で経験したと思うんです」
「お、おう……」
ぐっ……。リ、リルフィーの癖にかなり上手い返しをしやがった!
否定すれば……既に成人済みと騙ったタケルは未経験者になる。いわゆるヤラハタ――初陣を済ませずに二十歳になることだ――の説教なんて重みがない。
認めれば……若者の多少のやんちゃは認めるのが大人の男となる。
「ま……まあ、ほどほどにな」
「はい! タケルさん!」
……例え騙りの身分であっても、見栄をはる必要があると俺は思う。
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