商機
まず『初級回復薬』を生産しなければならない。
やり方が判らないので、適当にメニューウインドウを操作してみる……レシピをダブルクリックしたら生産用の画面に切り替わった。
このゲームでもありきたりな方法で良いようだ。実際に道具を使っての作業を要求してくるシステムもあるが、あまりプレイヤーからの評判は良くない。
システムが「簡易アレンジをしますか?」と聞いてくるが、大したことはできないはずだ。規定内で形状を変えたり、色を変更したりできるだけだろう。
その工程はスキップして生産を開始する。メニューウィンドウが光り輝く演出があり、その光の中で数字がカウントダウンされている。この数字が零になれば生産終了だろう。
一分ほどでカウントダウンは終わり、アイテムイベントリに『初級回復薬』十本が出現していた。
そのままメニューウィンドウに手を突っ込むようにして作った『初級回復薬』を次々に取り出してネリウムに渡していく。受け取るネリウムもメニューウィンドウを開いていて、そこに直接放り込んでいく。
アイテムの取り出し方はいくつか方法があるが、戦闘中でもなければこの方が簡単だ。
「それでは捌いてきます。なるべくすぐに戻りますから」
そう言ってネリウムとアリサエマが路地裏から出て行く。
入れ替わりにリルフィーが戻ってきた。
「とりあえず二つ手に入れました。二つで金貨三十枚ですけど……ほんとに良いんですか? 言い値で買っちゃって?」
リルフィーは不満そうに聞いてくる。
『みどり草』を受け取りつつ答えた。
「その方が良いんだ。安く売っているのをそのまま買うなら、そいつの責任だが……値切ったら意味が変わるからな。どうせ短時間しかできないんだ。無駄に評判を下げることは無いだろう」
俺の説明にリルフィーは軽く肩をすくめ、再び買い付けに戻った。
多少、納得がいかないというか……物足りない方法に思えたのだろう。
俺とリルフィーだけでやるなら多少の悪評など屁でもないが……カエデやネリウム、アリサエマも噛んでいる。本人が気がつかないうちに悪評まみれというのは少し気が引けた。
だいたい、本気でやるなら初動は今と同じだが……資金が確保できてからはまるで違う。
全力で『みどり草』だけを買い占めるほうが成功しやすい。
仮に『みどり草』の買占めに成功した場合、もうひとつの材料である『基本溶液』は完全なゴミとなる。使い道が無いからだ。そうなれば二束三文で買い叩けるが……評判は確実に悪くなるだろう。
ただ、入手経路から考えて買占めしきれそうもないこと、『みどり草』以外での組み合わせもありそうなこと、同じ戦略を取るための必要条件――この場合、金貨百五十枚と初期資金、『調薬』のスキルだ――が低すぎるのがネックだ。
ここは実行可能な『調薬』スキル持ちが俺一人の現状が崩されるまでの、ちょっとした小遣い稼ぎと割り切ったほうが良いだろう。
原始的でも市場経済の原理が働く以上、MMOでも手仕舞いや損きりの考えは重要だ。
もう少しで勝てる。勝てばいままでの投資分が取り返せる。いままで儲かったから、これからも儲かる。……こんな考えは破滅しやすい。
俺も初心者の頃は失敗が多かったが、いまでは冷静に行動することができる。最後に欲に負けたのなんて、思い出せないくらい昔のことだ。
そんな話をカエデ相手にしていたのだが……なぜか深いため息を吐かれた。どういうことだ? ここは「クールなタケルかっこいい!」と尊敬のまなざしで見つめられるシーンのはずなのに?
「あのさぁ……タケル……いや、うん……あれだよ! タケルは結婚したら……絶対に奥さんに家計を握ってもらうんだよ?」
なぜか突拍子も無いことを言われた。
……あれか? さり気なく将来の希望を教えてくれているのか?
うん、カエデは家を守るタイプの……いわゆる専業主婦が希望なんだな。解かったよ。覚えておくし、その夢は必ず俺が叶えるさ!
「でも……タケルさんみたいに……夢が大きいというか……勝負に出るタイプの男の人……素敵だと思います」
たまたま戻ってきていたアリサエマが会話に入ってきた。
「でもさ……タケルの場合……大きく勝つか、大きく負けるかのどっちかだと思うよ?」
「失敗することはあるかもしれませけど……その時は……そばにいる人が支えてあげれば……」
なぜかアリサエマは頬を染めながら答える。いまの発言のどこに顔を赤らめる要素があるんだ?
その隣では考え深げにネリウムがアリサエマを観察していた。
俺と目が合うとニンマリと笑いかけてきたが……この人の笑顔はどうして怖いんだろうな。見た目は凄い美人なのに……。
しかし、俺たちの作戦は最初こそ順調に進んでいたのだが、なぜかすぐに上手くいかなくなった。
『みどり草』の買い付けが思うようにいかないのだ。
急遽、全員で相談をすることになった。
「どういうことだ? 他にも買い占めに回っている奴がいるのか? そろそろ他の『調薬』スキル持ちが活動開始してもおかしくないが……」
俺たちが買い付けした結果、プレイヤー間に流通する金貨の量も増えることになる。そうなれば必要条件を満たすプレイヤーがでてきてもおかしくない。
「にしては……『みどり草』を買いに回っている奴は見当たらないんですよ」
リルフィーも不思議そうだ。
「値段は? そろそろ値上がりしそうなもんだが?」
「それも……吹っかけてくる人で金貨五十枚程度ですね。それも私たちが買ってしまったので……市場そのものに無い状態なのです」
ネリウムも奇妙に感じているようだ。
色々と考えられることはある。
まず、商売をする場所が確立していないのも痛いところだ。
現状はで各々のプレイヤーが好き勝手な場所で商売をしているから、市場をチェックする側も一苦労だ。俺たちが確認できていない場所もあるかもしれない。
売り控えも考えられる。
なにも急いで資金に換えることは無い。この段階で売りに出しているのは初心者か熟練者――熟練者は序盤での資金確保の重要性を理解している――だけだ。中間層は売りに回っていないだろう。
さらに薬草の採取場所も問題がある。
森に出現するゴブリンは手強い。いずれは多くのプレイヤーが森へソロでいけるようにはなるだろうが……初日の今日には無理だろう。パーティでも危険があるはずだ。
しかし、それらを考えてみても……この事態はおかしい。なにか厄介ごとが起きているのか?
いや……これは……むしろチャンスだろう!
理由は判らないが市場の『みどり草』は買い占めれたも同然だ。
ならばこの状況に乗って、俺たちでさらに買い占めれば――
「はい、ということで、そろそろ手仕舞いにしよう!」
俺の考えが纏まりだしたところで、なぜかカエデがそんなことを言いだした。
「えっ? いや……でも……これはチャンスなんだぜ? ここでもう少し頑張れば大きく勝つことができて――」
「うん。手仕舞いにしよう!」
しかし、俺の反論に、なおもニコニコとカエデは主張した。
「ここまできたのですから……ここはタケルさんの勝負したいように……」
アリサエマは賛成してくれたが――
「ダメ! ダメ! ボク、なんとなく判っちゃったんだ。タケルは賢いし、頼りになるけど――」
なんだと? 知らないうちにカエデのポイントを稼ぎまくっていたようだ! この分ならレベルアップする日も近い! もちろん、二人の関係がだ!
「大きく勝とうとして失敗するタイプだよ!」
……上げて落とすテクニックか。
見事に嵌ってしまった。カエデは小悪魔的魅力も備えているのか? ……悪くない!
「……鋭いっすね!」
黙っていたらリルフィーがとんでもないことを言いだした。
お前がそんなことをいったら、まるで事実みたいじゃないか!
「まあまあ……そのことについては置いておくとして……この手のことは『短い時間』で利益を得るから楽しいのだと思いますよ」
とうてい捨てておける事柄ではなかったが……ネリウムが言葉の裏にこめたメッセージは理解できた。
そうだ! つい熱中してしまったが……このゲームでの資金など、困らない程度にあれば良かったはずだ。ここで手仕舞いするべきだろう。
「じゃ……ここで手仕舞いでいいよね?」
カエデがちょっと怖い顔を作って俺に念を押してくるが……まるで怖くない! 思わず抱きしめてしまいそうだが、ぐっと堪える。なんとかにやけない様に努力しながら肯いておいた。
「じゃあ、いま『みどり草』が十三個あるけど、『基本溶液』がぜんぜん足りないんだ。あと七十個は要るから、これからは『基本溶液』を――」
率先してカエデが仕切り始めたが……まあ良いだろう。カエデはそれなりに楽しそうだし、カエデの意外な一面も知ることができて良かった。
結局、三十分ほどで俺たちはミッションを終えた。
分配は一人につき金貨五百枚に少し足りない程度だったので、最初から考えれば資産が二、三倍になったと言える。
手仕舞いを主張したカエデだってホクホク顔だ。この笑顔が見れただけでミッションをした価値がある。
「凄いね! オンラインゲームだとこんなこともできるんだね!」
カエデはそんなことを言うが……まあ、そりゃそうだ。オフラインゲームでこんな風に儲けることができたら、そのゲームは直ちに糞ゲー認定されることだろう。
生産中毒のプレイヤーがいるように、この手のマネーゲームとでも言うべきものに熱中するプレイヤーもいる。MMOでは資産も力であるから間違っていないし……どんなことでも楽しんだ者の勝ちだ。
「じゃ、ひとり一本ね……」
そんなことを言いながらカエデが『初級回復薬』をみんなに配りはじめた。
「売れ残りか? 面倒ならNPCに売るでも――」
「違うよ! みんなの分だけ取っておいたの! 乾杯しよ! 乾杯! ……それにこっちは絶対にプリンの味だと思うんだよね! ずっと気になってたんだけど……数が無かったから……」
カエデはちょっと悪戯そうな……共犯者めいた顔をしているが、まあ、悪いアイデアじゃないだろう。貴重品というわけでもないし。
「じゃ、乾杯するか!」
俺の音頭で全員が――ネリウムとアリサエマは照れくさそうにしながら――『初級回復薬』を飲み物代わりに乾杯をした。
『初級回復薬』の味は残念ながらプリンの味ではなかった。薄荷のようにスッとする感じの……甘さを控えた微炭酸といったところか。量も非常に少ない。大量に消費することもあるから、使い勝手を配慮した結果だろう。
「プリンじゃなーい!」
期待が外れてカエデは文句を言うが、それでも俺たちは笑顔のままでいられた。
俺たちは楽しめたのだ。十分に勝者といえるだろう。
「プリンっすか……そういや、『武器屋』の方に『食品店』がありましたよ」
リルフィーは買い付けしている間に街を観察する機会があったのだろう。そんな情報を教えてきた。しかし、『食品店』といってもVRゲームでの話だ。上手い具合にプリンがあるとは思えない。
「『食品店』ってお前……まだダメじゃないか? 誰も登録してない――」
「ホント? 行こう! いますぐ行こう!」
リルフィーにダメだししようとしたら、カエデが凄い勢いで食いついてくる。
ガッカリするだろうから、『食品店』はお勧めではないのだが――
「よろしいのでは? 私も武器を買いたいですし、通り道ですから」
意外にもネリウムは賛成した。
まあ、通り道なら隠しきれる事ではないし、『武器屋』も覗いてはおきたい。
「ホント? ボクも短剣を買わなきゃだったんだ! それじゃ……次は『食品店』に行って、その後は『武器屋』だね!」
カエデは楽しそうだし、みんなも異存がないようだし……それで良いとするか。
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