衝撃の……

 リルフィーが剣を抜いた音は綺麗だった。

 抜き打ち……いわゆる居合い斬りは無理と判断したのか、肩口に両手持ちした柄を引きつけて剣を真っ直ぐに立てる構え……剣術で言うころの八双や蜻蛉と呼ばれる構えを取った。

 その構えを取るまでが滑らかで、無駄が無く、素早かったから……剣と鞘とで起きた音も短く澄んだものになったのだと思う。

 自分の動きが完全にイメージできていて……システムサポートを十全に受けれた結果だ。伊達にVRMMO廃人ではない。

 だが、そこまでだった。

「やろうぉぶ――」

 何かを叫びながら剣を振り下ろそうした時、リルフィーは何体もの影――俺の目にはいきなり影が降って来た様に見えた――に取り囲まれていた。

 その影達は手に持った槍を一斉にリルフィーに突き刺す。

 影達の正体は……衛兵だ!

 衛兵全員が滑らかで躊躇いを全く感じさせない動きで、全く同じモーションとタイミングだったのがNPCであることを証明していた。

 リルフィーには避けようが無かった。

 もしかしたら、自分が何をされたのか理解できてなかったかもしれない。

 槍が深々とリルフィーに突き刺さる。

 それでリルフィーのHPは尽きたんだと思う。

 攻撃などを受ければHPが減るし……無くなればキャラクターは死亡する。

 つまり、リルフィーは死んだのだ。

 衛兵達の力は文字通り非人間的に強く、そして四方八方から突き刺されていたから力も逃げようも無く……リルフィーは江戸時代の火消しが使った纏のように差し上げられてしまう。

 人形の如く力なく四肢をぶらつかせるリルフィー。いつのまにかリルフィーの頭上にはプレイヤーネームが浮き出ていて……それは真っ赤な色だった。

 同じ様に真っ赤な液体が衛兵達の槍を伝う……リルフィーの血だ。そして差し上げられたときに裂けたのか、リルフィーの腹の辺りから内臓らしきものがはみ出る。……新型ベースアバターの無駄にリアルな性能なんだろう。

「素敵……」

 異常な言葉に思わず振り向く!

 いつの間にか見知らぬ女プレイヤーが俺の真後ろに立っていて、熱のこもった視線でリルフィーを凝視していた。

 あきらかに異常な人物だが……それより今はリルフィーの方が心配だ。ようやく降ろしてもらえたリルフィーに駆け寄る。

 衛兵達は無表情に何処かへと三々五々に散っていく。たぶん、所定の位置に戻るのだろう。

「……ドジっちゃった。はは……かっこわる……」

 リルフィーがまだ喋れることにも驚いたが……リルフィーの顔が涙でくしゃくしゃだったことにも驚いた。もしかしたら、リルフィーも感覚強度設定を最強にしていたのかもしれない。そう思うことにした。悔し涙なんて誰も見られたくないはずだからだ。

「な、なにが起きたんだ?」

「なにこれ……こわい……」

 ジョニーとさやなんとかが怯えながら口にする。

 MMOに慣れた者にならば一目瞭然の出来事だが……二人には理解できないのだろう。

 いくら他プレイヤーへの攻撃を容認しているとはいえ……街中などでの攻撃は許されていない。そのルールを破ったリルフィーはNPCの衛兵に排除された。

 これが事の真相だ。

 リルフィーが徐々に白い光に包まれていく……。

 バカップルにブチ切れて攻撃しようとしたら、街中であることを忘れてて、逆に衛兵に殺された。バカップルの奴らは何が起きているのか理解もしてない。

 ……リルフィーがあまりにも哀れだった。


 街中などでは衛兵や警官などに扮したNPCが、問題行動をしたプレイヤーを武力で排除するシステムは珍しくない。

 しかし、珍しくないとは言え、俺はかなり驚いていた。

 まず、リルフィーの剣が当たってもいないのに排除対象に認定されたことだ。攻撃が当たってから排除対象……いわゆる犯罪者になるのは解からなくもない。

 しかし、『できるVRMMO』では攻撃しようとした瞬間に、犯罪者認定されるようだった。

「こんなにはみ出てしまって……大変です……いま、回復魔法を!」

 いままでのMMOでは犯罪者認定を覚悟――その後に排除されるのも――しての他プレイヤーへの攻撃も無くはなかった。衛兵などに認識されない位置でやるか、排除される前に事を済ませれば良いからだ。

 もちろん、その後、いつかはペナルティーを受けるだろうが目的は果たせる。

「や、やめて……詰め……込まないで……その……まだ……痛い……」

 衛兵の認識範囲も広すぎるものだ。先ほどの衛兵の数から考えて、街中から集まったのではないだろうか?

 それに衛兵の移動方法も尋常ではなかった。帰る時は流石に歩いて行ったが……来る時は漫画の忍者の如く跳んできたに違いない。

 ……情報が揃うまで、街中でのプレイヤーへの攻撃は絶対に避けた方が良さそうだ。

「い、痛いのですか! 大変……いま元に戻します! えい!」

 先ほどの異常な人物――衛兵に刺し貫かれたリルフィーを凝視していた女プレイヤーだ――の掛け声と共に湿った……肉と血が擦れ合い、何かが千切れる音がした。

 ……明らかに最初にはみ出ていたより多く、リルフィーの中のものが出てきている。遠慮せずに言えば……引きずり出されていた。

「だっ! 出しちゃ……出しちゃらめー!」

 リルフィーの嘆き……なんだか嬉しい悲鳴なんだかが続く。……出来たら男の口からは一生聞きたくない台詞だ。

「まだ……温かい……はふぅ……」

 その女プレイヤーの顔は熱で浮かされている様だった。官能的ですら……というか、官能的にしか見えないし、明らかに興奮している。たぶん、性的興奮かそれに近い何か。そして、どう考えても関り合いにになっちゃいけない人だ!

 ケガをしたプレイヤーに回復魔法をかけるという建前を放り投げて、リルフィーの中のものに頬ずりとかしちゃってるし!

 俺がシステムの考察なんかをしていたのだって、実は単なる現実逃避だ。すでに仮想世界にいるけどな!

 血塗れになってリルフィーの中のものと戯れながら、その持ち主と平然と話す美女――そう、この女は凄い美貌の持ち主だ――は正直言って怖い! たぶん、戯れるのと会話の両方が目的な高尚過ぎる趣味人だ。

 まだ近くにいたジョニーに至っては、魅入られたように美女を凝視している。

「ちょっとジョニー!」

 流石にさやなんとかもご立腹の様だ。ジョニーの態度に食って掛かった。

「いやっ! ちがうよ! ホントだよ!」

 どう考えてもアウトに思えるが……まあ、どうでも良いことだ。バカップルが喧嘩してもいい気味にしか思えない。

 そして、ついにリルフィーが光になって――だいぶ前から身体のあちこちからは光の粒というか、光の泡のようなものが浮かび上がっては天に昇っていた――消えて無くなってしまう時間が来たようだ。身体はほとんど透明になり――

 リルフィーは天に召された。


 リルフィーが消えると同時にあちらこちらに飛び散っていた血も色彩を失っていき、夏場の地面に零した水の跡みたいに消えていった。そして血塗れの美女もただの美女へと戻っていく。

 後には俺と美女だけが残され……はしてない。相変わらず隣ではジョニーとさやなんとかが喧嘩を続けている。他所でやって欲しいし、早く爆発しねぇかな……。まあ、こいつらはどうでも良い。問題はこの美女だ。

 ……行くべきか?

 文字通りにリルフィーが命がけで作ってくれたチャンスだ。草葉の陰で見守っているリルフィーを遠慮なく踏み台にして、一ランク上の男になるのが奴の遺志に応えると言うものだろう。

 美女が俺を見上げながら微笑みかけてくる。

 ……まあ、当たり前だ。彼女はリルフィーが作った血だまりの真ん中にペタンと座ってたんだし、座っていれば立っている人を見上げることになる。

 彼女に手をさし出しながら、さり気なくキャラクターネームを確認する……名前は『ネリウム』だった。

 由来はなんだか解からないが……まあ、普通に思える。たぶん、適当にカタカナでそれっぽいのを付けたのだろう。変に凝るタイプでなければ十分だ。

 ネリウムは素直に俺の手を取り立ち上がる。

 その時に思いっきり爪を立てられてしまったが……慌てて誤ってくれた。こんな親切には慣れていないのかもしれない。よく考えたら俺も……女に手をさし出すなんて生まれて初めてだ。

 爪を立てた瞬間、俺を観察している様に感じたが……気のせいに違いない。そうだとしてもお互い様か。俺だって相手を観察していたんだし。

 よく真の美人は平均顔だと言うが……ネリウムを見て初めて理解できた。全く特徴は無いのに、凄い美人としか言いようが無い。それに神官服姿なせいもあって、凄く清楚な感じにみえる。

「お連れの方は……残念でした」

 ネリウムは俺に向かってそう言うが……表情が沈痛というより、本当に残念そうで台無しだ。

 リルフィーが哀れで残念に感じたのか……リルフィーの中のものと戯れられなくなったのが残念なのか確認したくなる。まあ、前者に違いない。後者の予想は穿ち過ぎというものだ……たぶん。

 いるとは思っていたが……ネリウムは少しあっち系の人なのだろう。

 当然だが公式HPのどこを探しても、『できる』という謳い文句は一切無い。

 唯一、Q&Aのページで「実際にプレイヤー同士で可能ですか? また罰則規定はありますか?」という質問に玉虫色の回答があるだけだ。

 普通は出来ないことなのに、出来る前提での質問および回答と言う時点でアレだが……精一杯の情報提供なんだろう。

 公式の謳い文句は『新型ベースアバターを運用する、今までに無い超リアルなVRMMO』であり……ようするに飛び散る血潮とはみ出る具になっている。

 『できる』というのは『公式から』慎重にリークされた裏情報だ。

 そして表向きの謳い文句に誘われたのが……ネリウムのような高尚な趣味人だろう。

 ネリウムのような美人なら多少は常軌を逸していても問題ない……はずだ。その高尚な趣味の対象を俺にさえしなければ平気だ……と思う。血塗れで幼女の様に微笑むネリウムは怖かったが……おそらく大丈夫だ!

「……ネリウムさんで良いかな? 俺はタケル。あいつはちょっとドジなやつで――」

「ちょっと、ネリー! そんな冴えない奴と何してるの?」

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