第9話「希望と現実」
9話「希望と現実」
夢がボロボロと泣いてしまった映画が終わった。
余韻に浸りながらボーッと何も映っていないスクリーンを見つめる。そして、手に持っていた律紀のハンカチをギュッと握りしめた。
「映画、良かったね。」
「……そうだね。勉強になったかな。」
「やっぱり主人公の彼氏は最高にかっこいいね。」
「あんな風な人が好きなの?」
「んー好きっていうか、あんなに自分の事を大切で好きになってくれる人がいたら、幸せだなーとは思うよ。」
「………そうなんだ。………もう、泣いてないね。」
そういうと、律紀はにっこり笑って夢の顔をジーっと見つめた。
夢は、恥ずかしくなり彼の方を向いていた体を、正面に戻した。
「あの、あんなに泣いちゃってごめんね。ハンカチ、洗って返すから。」
「ハンカチはそのままでもいいのに。それに、泣いちゃうのもいいと思う。」
「……………そうかな。」
律紀の意外な言葉を言葉を聞いて、夢は驚きながらも心が暖かくなるのを感じた。
その後は映画館を出て、昼食をとることにした。
映画の話や鉱石を話をしているうちに、あっとい間に時間か過ぎていった。
お互いに頼んだパスタを食べ終わった頃。夢は、今日の目的の事を話すことにした。
「あのね、今日デートに誘ったのは、恋人らしいこと知りたいって話をしていたでしょ?だから、恋愛ものの物語を見て他人の恋愛を見れば伝わるかなって思ったの。」
「………なるほど。」
律紀は府に落ちたように頷いた。
恋愛ものの映画を一緒に見た意味を、今理解したようだった。
「それで、あの映画を見てどうだったかな?律紀はドキドキしたりとかした?」
「………そうだなぁ。なんか、難しいと思った。」
「難しい?」
彼女と手を握ったり、肩を寄せあって座ったり。そんな事をするのが嫌なのかと思い、夢はドキッとした。契約の恋人にそんなことをさせるのはやはりハードルが高いのだろうか。
そう思ったけれど、律紀が考えていた事はそうではなかった。
「僕は研究者だから、結果を見て判断するのは得意だよ。なんで、そうなったのか過程を考えたり。けれど、映画の人みたいに人の心を予想して行動するのは、難しい。……人の心は不安定だから。」
「……律紀くん。」
「………でも、あんな風にお互いに気持ちを分かりあえるのが、恋人ならば少し羨ましい気がするかな。」
律紀は寂しそうに苦笑いをして、先ほど運ばれてきたばかりのコーヒーを一口飲んだ。
映画を見ながらそんな事を考えていたのだと思うと、夢は何故か切ない気持ちになる。主人公の彼氏に自分を置き換えて、「あれは俺にはわからない。」「どうして出来るんだ。」そんな事を考えていたのだろう。
夢の願いを叶えようと、恋人らしさを考えてくれていた彼の方が、とっても優しくて素敵なのに。
「あのね、律紀くん。私、思うんだけど……まずは自分だったらどんな事をされたら嬉しいかを考えればいいんじゃないかな。」
「自分がされて嬉しいこと?」
「そう。相手の立場になって、今こんなことをされたら嬉しいなーって考えてみて、それをやってみるの。それで、喜んでくれたり、嫌がられたりしていくうちに、相手の事が少しずつわかっていくのかなって。」
偉そうなことを言っても、自分も律紀をわかっているわけではない。
けれど、彼と過ごしていく内に知っていけるだろうと思っているし、知りたいと夢は思っていた。
2人は出会ったばかりの関係だから、お互いに手探りなのは仕方がない。
けれど、夢は彼には出来ると思っていた。
律紀は眉間にしわを寄せて、深く考え込みながら、唸るように「難しい……な。」と言った。
そんな様子を見ていると、普段は年上に見えるのに、今は年下の男の子に感じた。そんな彼を夢は、微笑みながら見つめた。
「大丈夫。律紀くんには難しくないよ。」
「そうかなぁ……。人の心は予測出来ない。特に女の人には。」
「律紀くん、今日はとてもデートに慣れてるみたいだったよ?車のドアも開けてくれたり、ブランケットを貸してくれたり。」
夢がそういうと、律紀は少しばつの悪そうな表情を浮かべた。律紀は自分のためを思ってしてくれた優しい事なのに、何でそんな顔をするのかわからなかった。
「これ言っちゃうとすごくカッコ悪くなるんですけど………。話してもいいかな?」
「律紀くんが話してくれるなら。」
そう言うと、少し躊躇い恥ずかしそうにしながら理由を話してくれた。
「実は、初めてデートをするからいろいろ教えて欲しいと理央先輩に聞いたんだ。」
「え…….。」
「夢さんに楽しんで貰いたかったし、少しでも恋人らしくしたかったし。でも、理央さんが忙しくて車での事しか聞けなかったから。だから、それだけやってみたんだ。……ごめん、カッコ悪いよね。」
「律紀くん……。」
夢はその話を聞いて驚いてしまった。
彼がそんな相談を理央にしていた事も、そしてこのデートで夢のためにいろいろ考えていてくれた事も。
カッコ悪いはずがなかった。
律紀は夢のために動いてくれたのだから。
夢にとって、その気持ちがとても嬉しいのだ。
「かっこ悪くないよ。それこそ、私のためを思って行動してくれたんだよね。」
「人に教わったことしか出来てないのに?」
「律紀くんは、映画館で泣いてる私の涙を拭いてくれた。それに、研究室の私用のコップを、選んで買ってくれた。それって、私のためにしてくれた事だよね?」
「そうだけど……。」
「私は嬉しかったよ。律紀くん、ありがとう。」
自分が本当に嬉しかったことを律紀に伝えたくて、ニッコリと笑顔で彼にお礼を言うと、律紀は驚いた顔をした後に、くくくっと笑っていた。
「え………なんで笑うの?!」
「だって、そんな事で本当に嬉しそうに笑うなんて。」
「………だって嬉しかったんだよ?」
「ごめん。……僕もそう言って貰えると嬉しいし、少し自信が持てる、かな。」
先ほどまで「難しい。」と言って、不安そうにしていた律紀だったけれど、今ではいつもの爽やかな微笑みに戻っていた。
自分が伝えたかった気持ちが、彼にしっかりと理解して貰えてホッとした。
「律紀くんに、恋人っぽいことして欲しいって私の我が儘を叶えてもらうわけだし、私も律紀くんがどんな事が好きなのか、わかるように頑張るね。」
「夢さん、そのままで大丈夫だよ。………そのままでいて欲しい、かな。」
「え?」
「それより、夢さんはあの映画みたいな話とか、恋愛が好きなの?」
急に話題を変えられてしまい、夢は少し戸惑いつつも彼の話しに合わせた。
何か話しにくい事や、嫌なことがあったのだろうか?と、夢は不安になりながらも彼が普段通りの様子なのを疑問に思っていた。
「そうだね。好きだと思う。原作の小説ではもっといい場面がたくさんあったし。」
「ふーん………夢さんって、恋愛小説とか好きなんだね。」
「うん………こんな歳なのに、恥ずかしいかもしれないけど。」
28歳になれば、アラサーと呼ばれる。
結婚している人も多いし、未来を見据えて真剣に恋愛をしている女性も多い年頃だろう。
それなのに、夢は小説や漫画の恋愛に憧れて、現実では契約の恋人までいる。
きっと、同年代の女性から見たら、「何をやっているのだろう。」と思われてしまいそうだった。
だからこそ、こんな夢見がちな事を言うのは恥ずかしかった。
「恥ずかしいの?好きなんだからしょうがないんじゃないかな。僕なんて、鉱石ばっかり見てきたし。でも、楽しいから仕方がない、ですよね?」
「………そうだね。」
やはり律紀は大人だ。
周りに流されない自分のこだわりをしっかりと持っていて、自信もある。
そんな律紀が夢はとても眩しく見えた。
「夢さんの好きなこと、いろいろ教えて欲しいな。あ、もちろん、僕も考えますけど。でも、知っておきたいなと思って。」
「教えるのは恥ずかしいけど……でも、伝えるね。だから、怖がらないでやってみて。……その……。」
「夢さん?」
「本当の恋人じゃないんだし。私、怒らないから。」
律紀の気持ちが嬉しいし、これから彼がどんな事を考えて、何をしてくれるのか。
それが楽しみでドキドキしているはずなのに。
自分が言った言葉で、自らを傷つけてしまい、最後は律紀の前で笑えたのか、夢はわからなかった。
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