第24話「やっと見つけた。」






   24話「やっと見つけた。」

 



 事故の現場には、衝突に巻き込まれた白い小型トラックに積まれていた鉱石が散乱していた。

 ほとんどが細かい鉱石ばかりだったようだが、少しだけ立派で大きなものもあった。

 

 そんな色とりどりの鉱石がちりばった道を、夢を乗せた救急車が走っていく。

 夕日に照らされて光る鉱石たちが、夢を応援しているように、守ってくれているように律紀には見えた。



 きっと大丈夫だ。


 律紀は、鞄から取り出した琥珀の石を、右手でギュッと握りしめたまま、救急車が走り去った道をしばらく見つめ続けていた。







 ☆★☆





 ゆっくりと昔の話をしてくれた律紀。

 その話しは、夢自身の事なのに全く覚えていなかった。

 そして、とても衝撃的な事だった。


 律紀はずっと前に会った事がある少年で、夢がずっと大切にしていたマラカイトの持ち主だった。

 そして、約束をしていた事。

 律紀が、夢を助けるためにずっとついていてくれた事。

 

 全てが夢の知らないことばかりだった。




 「夢さんに会ったのはその日が最後だったんです。その後、遠くの多きな病院に入院して、リハビリのために引っ越しもしたと、後から聞いたんです。……寂しかったけど、夢さんが無事だったとわかって、安心したんですよ。」



 そう話しをしながら、律紀は微笑んだ。

 律紀は事故後に、「十七夜夢」という少女がどこの学校の生徒なのか、そして無事だったのか。そして、無事ならば約束の話をしたい、スケッチブックを返したい。そう思って、塾をサボって探し回ったと話してくれた。



 「事故の時と、学校探しとかで塾をサボってしまうことが多くなって。さすがに両親に怒られました。……けど、友達が怪我しかたからと事情を話したらわかってくれました。」

 「律紀くん、私………。」



 そこまで黙って話しを聞いていたこと夢。

 話をしなかった訳ではなく、夢は何も言えなかったのだ。


 自分が忘れてしまっている過去で、律紀は必死に夢を守ってくれて、そして約束を果たそうとしてくれていたのだ。

 そんな彼のひたむきに自分を探してくれた事が嬉しくて、そして申し訳なかった。



 律紀が約束を果たそうと頑張っていてくれたのに、自分は何をやっているのだろうと。



 「ごめんなさい。私、事故の事も約束の事も、そして律紀くんの事も思い出せなかった。」



 自分が初めて、1人の男性に夢中になり、好きになった相手だというのに、律紀は忘れてしまっていた。

 大好きだと伝えた彼の事を、何もわからずに告白していたのだ。


 そんな恥ずかしくて情けない事があるだろうか。



 夢は頭を深々と下げて謝るけれど、律紀は「謝らないでください。僕は、夢さんが元気ならばそれでよかったんですから。……生きていてくれれば、僕があなたを見つけ出して、会いに行けばいいと思ってましたから。」と、優しく言ってくれる。

 


 律紀のその言葉は、とても男らしくて夢の心に響く強い言葉だった。



 「会う日まで鉱石の勉強をすれば、きっと約束の絵本を完成できる。そんな風に思ってたんですよ。………でも、カッコ悪いことに、なかなか夢さんを見つけられなかったんです。」



 夢は、彼の言葉を聞きながら首を振った。


 彼は約束を果たそうとしてくれていたのだ。

 鉱石の勉強を続けて、大学の教授になった。それは自分が好きな鉱石を知りたかったから、だけではなかったという事だろう。

 それに、今はこうやって夢の目の前に律紀がいてくれる。律紀がまた会いに来てくれたという、紛れもない真実だった。



 「律紀くんは悪くないよ。私の事を励まして、そして見つけてくれたんだから。………こんな大切な思い出を忘れてしまうなんて、お姉さん失格だね。」

 「仕方がありませんよ。大きな事故だったんですから。」



 律紀は苦笑して、夢を優しく見つめたままそう言った。

 そして、慰めるように知らなかった真実を知って動揺している夢の頭を、ゆっくりと撫でてくれたのだった。








   ★★★






 律紀が夢を見つけたのは、偶然だった。


 鉱石の研究で有名になれば、彼女が見つけてくれるのではないか。そう思っていた。けれど、夢と律紀は幼い頃に1度会っただけだ。

 成長するにつれて、幼い頃の律紀の面影がなくなっているかもしれない。

 それにあんなに大きな事故であったし、記憶がなくなっている事も考えられる。


 そして、彼女が約束を忘れてしまっている事も。




 そう思い始めてから、律紀は諦めるように考えていたけれど、なかなか諦められなかった。

 考えれば考えるほどに、忘れなくなかった。



 本来ならば、医師になる事はなく、自分の好きな鉱石を自由に調べられる仕事に就く事が出来たのだ。だから、彼女に会う必要はなかったのかもしれない。


 けれど、あの夢のような時間を忘れたくなかった。彼女と彼女の描いた絵で絵本を書きたい。そう願っていたのだ。


 

 あの時に見た、鉱石の光のようキラキラと輝く彼女に、律紀は会いたかったのだ。






 そんな時に先輩である理央からある画像が届いた。

 律紀は、その画像を見た瞬間、思わず声をあげてしまいそうになったぐらい驚いた。


 

 右手の中に埋まっていた鉱石を見たからではない。


 その手と一緒に写っていた、彼女のスマホに付いた割れたマラカイトのキーホルダーを見つけたのだ。



 「これは、夢ちゃんと交換した、僕のキーホルダーだ………。」



 右手の鉱石よりも、少ししか写っていないキーホルダーを見つめていた。

 もちろん、光る鉱石というのにも惹かれるけれど、ずっと探してきた人の手がかりをやっと見つけたのだ。


 喜ばないはずもなかった。



 律紀はすぐに理央に連絡をして事情を話した。楽しいもの好きの彼は、喜んで律紀に夢の職場を教えてくれた。

 連絡先を教えてくれなかったのは、「彼女に許可を取ってないから。」という理由だったけれど、今思えば、彼が面白いからという事だけでそうしたように感じている。


 

 3時間彼女を待つ間、沢山の女性を見たけれど彼女らしい人は見つからなかった。

 律紀も彼女とは小さい頃にたった30分ぐらい話しただけなので見つけられるか心配だった。


 けれど、その不安はすぐになくなった。


 職場から出てきたある1人の女性。

 律紀は「あぁ、彼女だ。」と、すぐに夢を見つけることが出来た。


 茶色のふわふわした髪に、細身の体、そして大きな瞳。少し元気は無さそうだったけれど、きっと笑ったら昔の彼女そのものになるだろう。律紀はそんな風に思った。



 普段は初対面で上手く話せるタイプではなかった。

 けれど、律紀はまっすぐに夢に向かって歩いていった。彼女に惹かれるように。

 そして、やっと約束を果たせる、謝ることが出来る。

 そう思いながら…………。


 



 「すみません。……あの、十七夜夢さん、ですか?」



 そう話しかけたのだった。



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