第23話「1度きりの約束」
23話「1度きりの約束」
★★★
律紀は小学校低学年の頃から塾に通っていた。実家が田舎だったため学校が終わった後に
バス停に向かい、そこから1時間かけて町中の塾へ行っていた。
バスの中でも勉強をすることにしていた律紀は、学校終わりにバス停で待つたった30分が律紀の自由な時間だった。
いつも図鑑を持ち歩いており、教科書や塾にの教材にプラスして図鑑という大荷物を持っていた。
けれど、今日は手に持った図鑑を見ないでポケットに入れている大切な宝物を取り出した。
先日買ってもらったばかりのマラカイトのキーホルダーだ。
「綺麗だなぁー。不思議な色だ。」
律紀は、目をキラキラさせてその鉱石に魅了されていた。
太陽の光を浴びて光る鉱石は、いつも以上に綺麗だった。
ずっと憧れていた鉱石。
それをやっとの事で手に入れる事が出来た。本当は加工されていない鉱石が欲しかったが、両親は「無駄なものに大金はかけられない。」と言って買ってはくれなかった。
それで比較的に安価なキーホルダーにしたのだ。魔除けもあると知り、お守りにもなるだろうと両親も納得して買ってくれた。
それでも、律紀にとっては大切な宝物で、それを毎日持ち歩き暇さえあれば眺めていた。
「わぁー!綺麗な鉱石だね!緑色だー。これ、何て言うの?」
「え………。」
いつの間にか、バス停のベンチには知らない女の子が律紀と並ぶように座っていた。少し茶色っぽい髪を2つに結び、紺色のスカートに白のブラウスを着た、目が大きくて可愛らしい女の子だった。真っ赤なランドセルにはうさぎのマスコットが付いていた。それが彼女が動く度にゆらゆらと揺れていた。
律紀より少し身長が高く、4年生ぐらいのようだった。
律紀の持っていた鉱石に顔を近づけて、キラキラした表情で見つめていた。
「君、この鉱石の名前知ってる?」
「う、うん。」
「何て言うの?」
「マラカイトだよ。」
「マラカイト。不思議な名前ー。でも、この鉱石にピッタリで魔法みたいな名前だね。」
魔法みたいな名前。
それは律紀も思っていた事だった。魔除けとして使われるなんて、魔法のようだ、と考えていたのだ。
「お姉ちゃんも鉱石好きなの?」
「うん!君もでしょ?」
「うん。好き。この図鑑で勉強してるんだ。」
図書館で借り続けている鉱石の図鑑を見せると、その女の子は「いいなぁー!」と歓声をあげて羨ましそうにしていた。律紀はそれだけで、何故か嬉しかった。
こうやって、同じ年ぐらいの友達と鉱石の事を話せるのが初めてだったので、興奮していたのかもしれない。
「ねえねえ。私の宝物も見てくれる?図鑑に載ってるかな?」
女の子は、そういうと鞄の中から小さな袋を取り出した。
そして、小さい手の上に入っていた鉱石を載せた。
「これだよ。」
「………すごいっ!!石の中に何か入ってる!」
「うん。お花と虫さんが入ってるの。えーっと、琥珀っていうんだって。おじいちゃんから貰ったんだ。」
べっこう飴のようなオレンジ色の透明な石の中に閉じ込められていたのは、枯れた花と羽のついた小さな虫だった。
キラキラひかっているその鉱石は、まるで夕日を閉じ込めたような、暖かい石だった。
「すごい!琥珀の中に虫が入ってるなんて、貴重だよ!」
「そうなの?………見てみる?」
「うん。……かなり価値があるよ!……いいな。すごい………。」
律紀は感動と興奮が混じった感情のまま、夢にそう言った。今まで鉱石を見たのは鉱石屋に1度行った時だけで、こうやって触れたのは、自分のマラカイトだけだった。
律紀は太陽にの光りに鉱石をかざした。
琥珀の中の虫や花は今にも動き出しそうなぐらい輝いて見えた。
「君、その鉱石好きなの?」
「……うん。こんな綺麗な鉱石見たことないから。飴みたいなのに、鉱石なんて不思議だね。」
「そうだね。」
女の子は、律紀の事を見てニコニコ微笑んでいた。自分の持っていた鉱石を褒められて嬉しいのだろう。律紀はそう思っていた。
「ねぇねぇ。君のマラカイトっていう鉱石と私の琥珀、交換しない?」
「え…………。僕のは安い鉱石だから交換なんて………。」
「いいの!私、こっちの鉱石の方が好きだからっ。」
「あっ!」
その女の子は微笑んだままそう言うと、律紀の手からマラカイトのキーホルダーを取って、嬉しそうに眺めていた。
「やっぱり綺麗だなぁー。孔雀さんみたいな色。」
「……マラカイトは孔雀石とも呼ばれてるんだよ。」
「そうなんだー。すごいねぇー!」
「………本当にいいの?僕のキーホルダーと琥珀を交換しても。」
律紀は少し心配になり、女の子の顔色を伺った。けれど、その女の子は全く嫌るそぶりも見せず、むしろ交換して貰えた事を嬉しそうにしていた。
「じゃあ、この琥珀………僕のになったんだね。」
「そうだよ。大切にしてね。」
「うんっ!!」
自分の掌で輝く鉱石を見つめて、律紀は満面の笑みを浮かべていた。
それを見つめていた女の子もとても嬉しそうにしていた。
「そうだ!じゃあ、交換もしたし、もうお友だちだって事で、これ見せてあげるね。」
女の子は自分の鞄からスケッチブックを取り出した。
そして、「見てみて!」と律紀の方にスケッチブックを開いてページを捲っていった。
すると、そこには色鉛筆で描かれた色とりどりの鉱石のイラストがあった。
小学生の女の子が描いたのだから、とても上手で似ている、とまではいかなかったけれど、一つ一つ丁寧に描かれているのがわかる。
「図鑑を借りたりしながら、絵描いたんだよ!私大きくなったら鉱石の絵本を作りたいだー。」
「へぇー……すごいね。綺麗だよ。」
「へへへー……あ、そうだ!君、鉱石にとっても詳しいから鉱石の事書いて!私は絵を描くから。」
「え……いいの?」
「うん。大きくなったら絵本を作ろう。私は今よりもっともっと絵を上手く描けるように頑張るから!」
「じゃあ………僕は鉱石の勉強頑張るっ!」
律紀にとってそれは夢のような未来だった。
律紀の未来には「医師」という決まった未来しかなかった。
けれど、その女の子が与えてくれたのは、「医師」とは違う鉱石が関係する未来。
自分のやりたいことを叶えたいと願う彼女はとても輝いていて、自分もそうありたいと律紀も思ってしまった。
そして、必ずこの夢を叶えたいと。
「あ、そろそろバス来るよね?」
「うん。そうだね。」
「じゃあ、このスケッチブック貸してあげるね。また今度会ったときに返してね。」
「わかった。ありがとう。」
そういうと、女の子はバス停のベンチから立ち上がり、マラカイトのキーホルダーを左手でぎゅっと握りしめた。
そして、律紀の前に手を差し出す。
「私は、十七夜夢。君は?」
「皇律紀だよ。」
律紀がゆっくりと彼女に合わせて手を差し出すと、夢はすぐに律紀の手を取りぎゅっと握りしめた。
「律紀くん!じゃあ、また今度絵本の話ししようね。ここに来るから。」
「うん。絵本作ろうね。」
「約束ね!」
繋いだ手をブンブンと横に数回揺らした後、夢はキーホルダーを手にしながら走り去っていった。
律紀はその少し大きな彼女の背中と、自分の物であったマラカイトが少しずつ遠くなるのを、最後まで見つめていた。
しばらくすると、律紀の乗るバスが来た。
バスに乗った瞬間、遠くでドォォォン!!と、何かがぶつかるような音が聞こえた。
バスに乗っている人はまばらだったけれど、それでもその大きな衝撃音は聞こえたようで、皆、周りを見ている。けれど、この場所からは何も見えなかった。
運転手もそれを確認したのか、律紀を乗せたバスはゆっくりと走り始めた。
しばらくバスが移動した時だった。
そして、バスに乗っている皆がすぐに異変に気づいた。
律紀が乗っているバスは田舎特有の小さなバスだった。そのため、進行方向はよく見える。
2台の車が、ぶつかっているのがわかると、バスの乗客からは悲鳴が聞こえた。律紀をそれを見て顔を歪めながら唖然としてしまう。
黒の乗用車が何故か歩道に突っ込んでおり、突然止まった黒の車を避けられなかったのか、白の小型トラックが黒色の乗用車の後ろ部分に突っ込んでいる。
白いトラックから出てきた2人は、手や顔から血を出しながらも、必死に何かを叫んで歩道へと掛け出した。
律紀は歩道へ目を向けると、そこに何かがあるのに気づいた。
スーツの男が呆然と立っているところに、誰かが倒れているのだ。
白い小型トラックから出てきた男女が救護しているのか顔は見えなかった。
けれど、少し離れた場所に真っ赤なランドセルが落ちていた。そして、そこには見覚えがあるうさぎのマスコット。
それを見た瞬間、律紀は息がヒュッと鳴った。
あれは先ほどまで律紀と話していた、彼女の持ち物だった。律紀は震え出しそうな体を何とか耐えて、座席から立ち上がった。
そして、倒れている人が見える位置まで移動する。顔は見えなかったが、白いブラウスに紺のスカート。
紛れもなく、律紀が初めて鉱石の話が出来た年上の友人の姿だった。
「夢ちゃん!」
律紀は気づくと彼女の名前を呼んでいた。
バスは、その事故現場体離れようとしている。それに気づいた律紀はすぐに運転手に駆け寄った。
「下ろしてください!」
「え……ここでは降りれないよ。」
「僕の友達がいるんです!」
律紀の必死の思いが伝わったのか、運転手はドアを開けてくれた。
律紀は開いたドアから勢いよく飛び出し、夢へ駆け寄った。
「お姉ちゃん!夢ちゃん!!」
彼女の顔は先ほどのは全く違う、青白くて全く動いていなかった。呼吸をしているのかわからないぐらいだった。
真っ白なブラウスは血を吸って赤くなっている。あまりの悲惨な光景に、律紀は唖然としてしまった。
「坊や、この子のお友だちなの?」
「………今日友達になったばっかりなんだ。」
「そうだったの………。」
律紀に声を掛けた女の人は、顔や腕に沢山傷があった。けれども、自分よりも倒れている夢を手当てしてあげている。男の人は、先ほどから夢の胸を両手で押している。何をしているのかはわからなくても、その人の必死な顔を見ると、夢を助けてくれているのだと律紀にもわかった。
「ねぇ、坊や。この子の手を握ってあげてくれる?この子に届くように……目を覚ましてくれるように。」
その女性は泣きそうなのに堪えて、律紀に微笑んだ。子どもながらに、夢は危険な状態なのだとわかった。
律紀は黙ったまま頷くと、夢の手を握った。
左手を握りしめる。
すると、チャリンという金属の音がした。夢の左手は力が抜けているはずなのに、ぎゅっと何かを持っていた。
律紀はそれが何なのかすぐにわかった。律紀があげたキーホルダーの鉱石が指の間から見えた。
夢が必死に握りしめている鉱石。
律紀は夢の手とマラカイトを包み込むように、握りしめた。
彼女の手の方が大きいので、律紀は両手で夢の手に触れた。
マラカイトは魔除けの石なのだ。
きっと夢を守ってくれる。
「夢ちゃん。お願い………目を覚まして。そして、約束したこと2人でやろう………。」
律紀は、救急車が来るまで、何度も何度も彼女の名前を呼び続けた。
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