第25話「甘い約束」






   25話「甘い約束」



 ☆★☆




 「じゃあ、私のところに会いに来たのは、右手の鉱石じゃなくて………。」

 「はい。夢さんとの約束を守りたくて。そして、謝りたくて来ました。」



 夢は驚いたのと同時に、過去の自分の勘違いが恥ずかしくなった。

 理央が紹介したのは、鉱石が好きな人とばかり思っていた。(実際にそうなのだけれど。)まさか、昔に夢を助けようとしてくれた人だとは、夢は思いもしなかった。



 律紀が昔の約束をずっと守ろうとしてくれたのは、嬉しくて仕方がなし、とても幸せな事だ。自分が忘れていたのとしても、きっとそれは真実なのだと信じることが出来る。

 彼の強い瞳がそれを物語っている。


 けれども、何故彼が自分に謝りたいのか。夢はそれがわからなかった。



 「謝りたい事って…………?」

 「僕と夢さんが話さなければ、夢さんはそのまま帰って事故にあうことはなかったですよね。僕と約束をしてしまったからそうなんだと思ってました。」

 「そんな事は……。」


 夢がそれを否定するように声を上げたけれど、律紀の話しはまだ続いていた。

 この事については、どうにも譲れないことがあるようだった。



 「マラカイトの鉱石を夢さんに渡したのも、僕の間違いでした。マラカイトは魔除けの石です。きっと、僕が事故にあうはずだったのに、夢さんに魔除けをあげたから……、僕が遭うはずだった事故を夢さんにが………そう思ってしまって。」



 律紀の話は矛盾している。

 その事にも気づかずに、律紀はそんな風に思っていたのだろうか。もしかしたら、気づいていたとしても、石のせいにしたかったのかもしれない。

 自分の大好きな鉱石をそんな風に思うのは律紀も辛いはずだと、夢は思った。


 けれど、目の前で少し前に話していた人が事故にあうというのは、幼い子どもにとってとてもショックな事だったのだろう。

 自分のせいだと思っていたのならば、尚更だ。


 ずっと彼が悩んできたと思うと、とても切ない気持ちになり、そして同時に忘れてしまっていた事への罪悪感がより一層増してしまった。

 けれど、ここで悲しんだ顔を見せたら、律紀はどう思うだろうか。

 夢は、そう思って出来る限り微笑んで彼の事を見つめた。

 律紀は今すぐにでも泣き出しそうな顔をしていた。

 


 「律紀くん。私はそんな風に思わないよ。」

 「けれど………。」

 「違うよ。律紀くんがくれたこの鉱石のおかげで私は助かったんだよ。きっと、事故にあってもに生きてこれたのは、律紀くんとこのマラカイトのおかげなんだよ。」

 「夢さん……。」

 「私を助けてくれて、ありがとう。」



 夢の言葉を聞くと、律紀は驚いた表情を見せていた。夢が言ったようには考えたことがなかつたのかもしれない。

 夢の心からの感謝の言葉と笑顔を見て、律紀はやっとホッとしたのか、少し瞳を潤めながら安心して微笑んだ。




 「それに、右手の鉱石の事は、もうよかったの?」

 「それにはその……理由がありまして。」



 律紀は少し視線を逸らしながら、何故か話しにくそうに言葉を選びながら答えようとしてくれた。



 「実は、夢さんの鉱石がアメリカで発見されたものと同じ物だというのは知っていたんです。」

 「えっ………えーー!!そうなの?」

 「そうなんです。すみません、嘘をついて実験の真似事を繰り返していて。あ、でも成分とか知りたかったのは事実ですよ。その鉱石が見つかったのはここ数年のことなので、夢さんが事故にあった当時には発見されていなかったものなので。」

 「………なんで、そんな嘘をついたの?しかも、契約恋人まで受けて。」



 律紀が夢の右手の鉱石について知っていたのならば、契約恋人をしてまで実験をする必要はないはずだ。

 それに律紀は昔の話しをする事もしなかった。

 約束を果たしたいと思っていてわざわざ探してくれたのに?と、疑問はますます増えてしまう。



 夢が不思議そうな顔をしてしてのがわかったのか、律紀少しばつの悪そうな顔をしていた。


 

 

 「すごく情けないんですけど……。夢さんに会ったら、すぐに昔の話しをして謝ろうと思ってたんですけど、なかなか言い出しにくくて。嫌われたり、信じてもらえなかったりしたらどうしようって、悩んでしまって。そのうちに、夢さんから契約恋人の話があって……。」

 「本当にごめんなさい。律紀くんと会うきっかけがなくなってしまいそうで、焦ってしまってそんな事を言ってしまったの………反省してます。」



 今度は夢が申し訳なく、頭を下げながらそう言うと、何故か律紀は頬を染めて恥ずかしそうにしていた。



 「いえ……そのー、ビックリしましたけど、僕も謝ってもいないのに夢さんと離れてしまいたくなかったので、よかったと思ってます。それに契約だとしても恋人になれば、次は僕が守れると思ったんです。」



 律紀は最後の言葉を、しっかりと夢の目を見て力強く伝えた。

 その姿に、夢はドキッとしてしまう。 

 契約だとしても、恋人として過ごそうとしていたという律紀の言葉が嬉しかった。



 「そして、夢さんと恋人のような時間を過ごしていくうちに、本当に夢さんと恋愛をしてみたい。本当の恋人になったら、どんなに楽しんだろう。幸せなんだろうって。………僕だけのものにしたいって思うようになっていきました。」

 「律紀くん………。」



 律紀の言葉が信じられなかった。


 夢だけが、彼といる時間を求めていて、この契約が終われば離れてしまうつながりなのだと思っていた。


 けれど、それは全く違った。

 夢と律紀は昔の「友達」という絆で繋がり、「約束」という言葉でも繋がっていたのだ。


 そして、律紀も夢と繋がっていたいと思ってくれてた。

 それが夢のように幸せで、先ほどから堪えていた涙が溢れてきてしまった。



 律紀は、夢の右手と持っていたマラカイトのキーホルダーを両手で握りしめた。

 その瞬間、何故か「懐かしいな。」と思ってしまった。そんな記憶があるわけでもないのに、彼にこうされるのが初めてではないような気がしたのだ。



 右手から彼の体温を感じる。

 目の前には、とても真剣な愛しい彼の顔。

 夢は泣き顔のまま、律紀を見据えた。




 「夢さん、ずっと探してました。そして、見つけた時から大切な人になって、そしてどんどん惹かれていきました。」



 彼の手から鼓動が伝わってくるようにおもったけれど、それは自分の鼓動だったのかもしれない。とても早くトクントクンと鳴っていて、胸が苦しくなる。

 けれど、それはとても心地のよい感覚で、不思議ともっと感じていたいと思った。



 夢の右手を律紀が先程より強く握る。

 彼の気持ちが伝わってくるのを感じる。




 「夢さん、好きです。本物の恋人になってくれませんか?」

 


 眼鏡の奥の瞳が揺れて、涙が溜まっているのがわかった。

 緊張している彼を見ると、本気で気持ちを伝えてくれているのがわかり、夢はその涙が伝染したかとように、また大粒の雫が目から溢れた。



 「もう……私もさっき告白したじゃない。……律紀くんが好きだって。」

 「でも、昔の話とか僕の事を知ったら考えが変わるかと思ったので。」

 「変わったわ……。」

 「え………?」

 「もっともっと大好きなった。」



 夢は気持ちを抑えきれなくなり、そのまま彼に抱きついた。

 律紀は驚いて体を固めてしまったけれど、すぐに「あ、ありがとうございます。」と言って、優しく抱きしめ返してくれた。



 天照石よりも温かくて心地ちがよくて、自然の匂いがする彼に包まれて、夢は胸がきゅんとなり、幸せを感じていた。

 好きな人とこうやって触れあうことが、こんなにもドキドキして安心するのかと、その感覚に酔いしれていた。



 「夢さん、僕、大切にしまう。年下だけど、しっかり守っていきます。」

 「ふふふ、ありがとう。頼りにしてるね。」

 


 彼の腕の中で笑うと、律紀もつられて笑顔になった。  

 あぁ、この人が自分の恋人になったのだと、彼を見つめてしまう。

 彼と目が合うだけで、幸せで溺れてしまいそうだった。



 そんな夢を律紀は目を細めたまま、見つめてそっと顔に触れた。

 そして耳まで真っ赤になりながら、律紀は夢に甘いお願いした。



 「夢さん、……キスしてもいいですか?」

 


 恋愛下手な彼からすぐにそんな事を言われるとは思ってもいなかったので、驚いてしまったけれど、夢はすぐに微笑み返した。

 女だって、好きな人と触れあいたいと思うのだ。もっと近づいて、彼を感じたいと。 



 「そういうのは聞かなくてもいいの。」



 照れ隠しで夢がそういうと、律紀はまた「難しいですね、恋愛は。」と呟くように言った。



 「もっと勉強しないと……教えてくださいね、先輩。」

 「うん。でもね、律紀くんがしたいようにするのも見てみたい。」

 「………それ、なんか嬉しすぎます。」



 律紀の顔が近づいて、短く触れるだけのキスを落とした。

 ゆっくりと唇を外し、お互いにうっとりした目を開けると微笑み合い、またキスをする。


 そんな戯れのような甘いキスを繰り返していくうちに、夢の手から緑色の鉱石がコロンッと落ちてソファに落ちた。


 2人はそれにも気づかずに甘い時間をいつまでも過ごしていた。







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