第26話「純粋すぎる誘い」






  26話「純粋すぎる誘い」






 しばらく夢と律紀は本当の恋人になった時間を堪能していた。

 どんなに触れていても罪悪感がなく、ただたた幸せな時間。夢は信じられない気持ちでいっぱいだった。



 もっと律紀に抱きしめて貰いたかったけれど、夢のお腹がそれを許さなかった。ロマンティックな雰囲気の中、お腹が鳴ってしまい、空腹だとバレてしまったのだ。

 律紀はそんな夢を笑ったりもせずに、「すみません。こんな時間なのにご飯も食べないで………お腹すきましたね。」と言ってくれた。



 律紀が準備してくれた中華料理に夢が簡単なスープを作り、2人でご飯を食べた。

 そんな些細な時間でさえも夢は幸せを感じてしまっていた。



 「少し気になっていたんだけど、律紀くんって敬語の方が話しやすいの?」

 「…………あっ、そうですね。夢さんに敬語じゃなくて言いっていってしまったのに。すみません……本当は敬語の方が楽なんです。」



 そう言って苦笑した。

 確かに敬語なしで話してもらえると、仲がもっと良くなったと思える。けれど、彼が敬語以外で話すと、夢はどことなく違和感を感じていたのだ。

 こうやって、敬語で話す方が、夢は伸び伸びしているように感じていた。



 「私はどちらでもいいよ?律紀くんがいいなって言う話し方で大丈夫だから。」

 「………そう、ですか?よかった。やはり教えてもらうだけではダメですね。」

 「教えてもらう?」

 「………あ。」



 教えてもらうというのは、夢と契約恋人になった時に教えたものだろうか?そんな風に思ったけれど、言葉については教えてないな、と夢は思ったのだ。それに敬語禁止にしたのは、律紀の方だ。

 恋愛下手だと言っていたのに、慣れているなと思ったのもこれがあったからだった。


 夢が指摘をすると、失敗を隠しきれない表情を見せた。夢はよく意味がわからなかったけれど、律紀を黙って見つめていた。

 すると、「はぁー………夢さんに隠し事は出来ませんね。」と、律紀は少し残念そうに苦笑した。

 


 「………笑わないでくださいね?」

 「うん。笑わないよ。」

 「………実は、夢さんを見つけて初めて会いに行く前から、理央先輩にはいろいろと女の人についてとか、ファッションについて教えてもらっていたんです。」

 「え………そうだったの?」



 律紀はご飯を食べていた箸を止めて、頭をかきながら正直に話しを始めた。

 「カッコ悪いんですけど。」と言いながらも恋人である夢に全て話してしまう辺りが夢は「かわいいな。」何て思ってしまう。

 もちろん、彼に内緒だけれど。



 「会いに行った時の服は全部理央先輩に見立てて貰いましたし、車もどうでもいい中古車を買ったんですけど、それもダメだと言われて買い換えました。」

 「えぇ………そこまで?」

 「はい。やるなら徹底的にやれと言われて。夢さんに嫌われたらどうするんだって………。髪も結べるぐらいに長かったですし、眼鏡も黒ぶちのもので、似合ってなかったみたいで………。徹底的に変えたら生徒たちに笑われましたけどね。髪は自分で切ったら、理央先輩に怒られました。」


 

 それを聞いて、髪がボサボサだったのは自分で切ったからなのかと、夢は妙に納得してしまった。

 けれど、夢に会うためにそんなにいろんな事を準備していたとは知らなかった。


 夢と会うために身なりを気にして、言葉や行動を女性好みのものにしようとしてくれていた。

 そのままの律紀でいいよ、と言いたかったけれど、夢が「恋人らしい事をしたい。」と彼を困らせてしまったのを思い出しては申し訳ない事をしてしまったと、夢は今さらだが反省した。



 「私が言えることじゃないけど、これからは律紀くんは律紀くんのままでいいからね。そんなに気を張って無理はしないでほしいな。」

 「でも、夢さんの彼氏として恥ずかしくないようには、しっかりしますよ。」

 「……そんなに頑張らなくてもいいのに。」

 「何でですか?こういう服装とか嫌でしたか?」



 そんなはずはなかった。

 モデルのようにすらりとして、長身の彼は今時の服装をしていると、とてもかっこよくドキドキしてしまう。夢が嫌いなはずなんてないのだ。

 ただ、心配なだけだった。



 「……かっこよくなりすぎると、女の子にモテちゃうでしょ?……私の方こそ頑張らなきゃ、だよ。」

 「それこそ困りますよ。もっと可愛くなったら、他の男に取られてしまいそうです。」

 「…………。」

 「…………。」



 2人は褒めあっているうちに、お互いに恥ずかしく、そして嬉しくなってしまい、顔を真っ赤に染めてしまった。

 中学生の初めての恋愛のような反応をしてしまい、夢は自分でも大人の余裕がないと思いながらも、気持ちは止められるものではなかった。



 「………じゃあ、やり過ぎないぐらいにしようね。」

 「そ、そうですね。」


 

 夢はそうやって誤魔化して、少しギクシャクしたまま食事をすすめたのだった。





 食後はリビングのソファに座り、コーヒーを飲みながら昔話をしていた。

 事故の時しか会わなかった2人だけれど、住んでいた地元は同じで、共通の話題が多かった。

 近くの公園の話や駄菓子屋の思い出、夏祭りの神社など、話しが盛り上がっていた。


 ふたりで話ながらも、律紀はしっかりと夢の手を握っており、夢は本当に恋人になったのだと実感していた。



 「あ、もうこんな時間なんですね……。」



 律紀が壁にある時計を見て、そう呟いた。

 夢も倣うように見ると、日付が変わりそうな時間になっていた。

 楽しい時間はあっという間なんだなと、夢は実感しながらも、夜中になってしまった事に驚いた。

 そろそろ電車の時間もなくなってしまう。

 夢は慌ててソファから立ち上がろうとした。


 けれど、隣から伸びてきた律紀の腕がそれを阻んだ。

 とても力強くて熱い手に腕を掴まれて、夢は戸惑ってしまう。



 「律紀くん……….?」

 「夢さん、帰るんですか?」

 「うん。そろそろ電車もなくなっちゃうし。」

 「………せっかく恋人になったのですから、泊まっていかないんですか?」

 「え………。」



 律紀の言葉を理解するのに、夢は1度体を止めて考えてしまった。

 恋人相手である男性に、「泊まって。」と言われる意味は夢だってわかっている。

 前回、律紀の家に泊り、一緒の布団で寝たけれど、それは律紀の体調が悪かったからだ。

 けれど、今回は状況が全く違う。


 それに、先ほど恋人同士になったばかりだ。

 恋愛に不馴れな彼だけれども、そう言うことは積極的なのだろうか……などと考えては、夢は1人で赤面させた。



 「夢さんは、そういうのはしたくないですか?」

 「し、したくない?!……そういうわけじゃないけど、やっぱり恥ずかしいかなぁーって思って……。」

 「そうですか。この間、僕は一緒に寝れたの嬉しかったので、今日も一緒に寝れてらなーと思って誘ってしまいました。」



 その言葉は、夢にとって嬉しさ半分と、切なさ半分の、微妙な気持ちにさせてくれるものだった。


 前回ベットで一緒に寝たことを、律紀も嬉しいと思ってくれていた事は、とても嬉しかった。緊張して眠れなかったとしても、好きな人と一緒に寝るというのは特別な事だ。

 夢にとっても大切な思い出あり、幸せな時間だったので、彼も同じ気持ちだったのがわかって嬉しくなった。


 そしてそれと同時に、恋人になった今でも、一緒に同じベットで寝ても、律紀は夢に触れてこないのだというのがわかってしまった事が悲しかった。

 付き合ったばかりなのに、女である夢の方が、「触れてほしい、彼ともっと近くなりたい。」そう願ってしまうのは、はしたない事なのかもしれない。

 けれど、夢は律紀が好きだからそう思ってしまうのだ。

 

 けれど、彼は一緒に寝る事だけで満足なのだとわかると、夢は少し切ない気持ちになった。



 けれども、夢は彼の純粋で甘い誘いを断れるはずもなかった。



 「私もドキドキしたけど嬉しかったよ。……だから、やっぱりお泊まりしてもいいかな?」

 「はい!もちろんです。」



 夢の返事を聞いた瞬間、律紀はシュンと悲しそうな顔をしていた。が、一転してキラキラとした笑顔に変わった。

 まるで、飼い主が留守で寂しくしていた子犬が、ご飼い主が帰ってきた瞬間、イキイキとする姿によく似ているなと、夢は思った。


 自分が泊まる事をそんなにも喜んでもらえるとはおもえず、夢はそれだけで胸がきゅんとなった。





 恋人になって数時間。



 初めて恋人が出来た日の夜は、余韻にひたる事も出来ずに、彼の部屋で一夜を過ごす事になったのだった。






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