エピローグ
エピローグ
「んー………難しいなぁ。。。」
夢は、鉱石を見つめながら唸っていた。
テーブルの上にはスケッチブックと鉛筆などの画材。そして、その前には1つの鉱石があった。
花と虫が入った琥珀。
昔、夢と律紀が鉱石を交換した時に、夢が律紀にあげた鉱石だった。
夢は先程から、その琥珀をジーっと見つめてはスケッチブックに描いて、納得いかずに消す……そんな事を繰り返していた。
「そんなに綺麗なのに……何で消しちゃうんですか?」
「あ、律紀くん。お風呂あがったんだね。」
「僕には、消すのが勿体なく見えます。」
今日は、仕事終わりに律紀の家にお邪魔していた。律紀はやはり料理は得意ではないようで、外食や酷いときには食べないという生活をしているのだと、付き合ってから判明した。そのため、定期的に律紀の家に来ることにしていた。
もちろん、理由はそれだけではない。
本当の理由は、律紀と2人で過ごしたいからだけれど、恥ずかしくて本人には直接言えるはずもなかった。
「ここのキラキラした所がもう少し……んーバランスも悪いなぁ……。」
「1番始めに僕たちの思い出深いものを描いてもらえるの、嬉しいです。」
「だって、これが私と律紀くんとの出会った思い出だもん。忘れてしまっていても、大切な鉱石だよ。」
幼い頃に、お互いの鉱石を交換し、そして絵本を作る約束をした思い出。
まだその時の記憶は思い出せない。けれど、夢はその約束を現実のものにするために、少しずつ絵を描くことにした。
もちろん、出版などは何も決まっていない。けれども、描かなければ何も始まらないと思ったのだ。
律紀と話をすすめながら、少しずつ理想の絵を描いていこうと思っていた。
そして手始めに描いたのは夢が律紀にあげた琥珀の鉱石。律紀はとても大切にしていてくれたようで、リビングに飾られていた。
それを律紀の家を訪れる度に、眺めてスケッチしていた。
「夢さん、少し待っててください。」
「うん?」
律紀はそういうと、リビングから出て行った。何か用事かな?と思いながら、夢は少し気分転換をしようと窓辺に近寄った。
窓の近くはやはり外気を感じやすくなるため、ひんやりとした空気になっていた。
今夜は晴れている。そのため、月がとても綺麗に見えて月明かりも感じられるほどだった。満月ではない、少しかけた月だけれど、とても綺麗だった。
「お待たせしました。」
「あ、律紀くん、どうしたの?………それって、スケッチブック?」
戻ってきた律紀が持っていたのはスケッチブックだった。
古びて色が抜けている部分もあるけれど、とても大切にされていたのか汚れたり折れたりはしていなかった。
「夢さんに見せたくて。」
「………もしかして、これって。」
夢は律紀が持っている物がなんなのか、すぐにわかった。
律紀から受け取り、スケッチブックをぱらぱらと捲ると、幼い子どもが描いたのであろう絵が何ページも続いていた。
どのページも鉱石が描いてあり、その下に何の鉱石を描いたのかのメモも残っていた。
色鉛筆で描かれた色とりどりの鉱石の中には、マラカイトと琥珀もあり、下手だけれども味があるように夢は感じた。
「これ私が律紀くんに渡したって言うスケッチブックだよね?」
「はい。とっても可愛らしくて、綺麗な絵本で僕が1番好きな本です。」
「えー、こんなに下手なのに?」
「そんな事ないですよ。とっても魅力的です。大切に描いてるのが伝わるので。」
律紀はそういうと、腕を夢の腰にまわして、優しく引き寄せて、夢の前髪をかきあげると額にキスをしてくれる。
律紀はこうやって夢を甘やかしてくれるのがとても上手になり、夢はいつも彼にドキドキするようになった。
純粋な行動だからこそ、律紀のしてくる事すべてに翻弄されつつも愛しくなってしまう。
「今の私にも、律紀くんが好きって言ってくれる絵、描けるかな…………。」
「……………夢さん、十七夜の意味って知ってますか?」
「………私の苗字の意味?」
「昔の人は満月の2日後の17日の月に願い事をすると叶うと言われていたそうですよ。それで、夢さんのように十七夜はかのうと読むようになったんです。」
「夢が叶うから………そうなんだ。」
「夢が叶う、っていう名前、とっても素敵ですよね。」
「うん…………。」
「だから、きっと夢さんの願いも叶います。」
律紀はぎゅっと夢を抱き締めて、そして月を見上げた。それに倣うように、夢も綺麗に輝く月を見た。
「今日の月は少し欠けてますね。もしかして、十七夜でしょうか?」
「ふふふ、そうかもしれないね。」
「じゃあ、お祈りしましょう?」
「うん。2人で絵本をつくれますように。」
「じゃあ、僕はもっと夢さんが僕を好きになってくれますように。」
「ええー!なんで絵本の夢じゃないの?」
「夢さんがお願いすれば叶うので。」
クスクスと笑う律紀を、夢は少し不満そうに見つめる。
同じ願いをお願いすると思っていたのだ。
「私はとーっても律紀くんの事が大好きだよ?1番大切だよ。」
「………それが聞きたかったんです。」
意地悪な顔を浮かべて「すみません。」と言いながら笑う律紀を、夢は真っ赤になりながら見つめる。
この年下くんは、少しずつこうやって余裕な態度を見せるようになってきた。
きっと彼に翻弄される日も近いのだろうな。なんて思いながらも、夢は彼の甘い言葉が好きなので、楽しみでもあった。
「お願いしたので、きっと叶いますね。」
「もう叶うよ………。」
「………っっ………!!」
夢は負けたのが少し悔しくて、自分から律紀の唇にキスをした。短く触れるだけのキスだったけれど、初めての夢からのキスに、律紀は驚き、そして顔を真っ赤にさせていた。
夢は、ニッコリと笑って「ね、叶ったでしょ?」と言うと、律紀は照れ笑いを浮かべた。
それはとても嬉しそうで、幸せそうなものだった。
「やっぱり夢さんにはまだまだ敵いませんね。」
抱きしめ合い、2人は顔をよせてくすくすと笑った。
月に願った願い。
1つはすぐに叶った。
もう1つの2人の願いも、きっと現実のものになる。
夢と律紀はそう確信して、微笑みあったのだった。
(おしまい)
恋愛下手な年下研究者の実験体になりました。 蝶野ともえ @chounotomoe
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