第29話「大きな家とこれから」






   29話「大きな家とこれから」





 夢が目覚めたのは、お昼前の時間だった。

 長い時間寝てしまったことに驚きながらも、熟睡している彼を起こさないように、ゆっくりとベットを出た。



 冷蔵庫にあった物や以前買ってきた残りで、朝御飯というよりはブランチを作っていた。

 すると途中で、「おはようございます。」と、眼鏡をかけ、少し寝癖がついた髪をさすりながら、律紀がキッチンに入ってきた。



 「おはよう、律紀くん。キッチン借りてたよ。」

 「……朝御飯作ってくれたんですか?」

 「うん。お肉とかお魚とかなかったから、簡単な物しか作れなかったんだけとね。もう出来るけど、食べる?」

 「はい、いただきます!」



 律紀はとても嬉しそうにはにかむと、食器を運ぶのを手伝ってくれた。


 リビングに並んで座り、手を合わせて挨拶をする。

 

 ご飯に味噌汁、卵焼きにサラダ、そして果物という簡単な物しか作れなかったが、律紀は嬉しそうに食べ始めた。

 


 「おいしいです!卵焼き、少し甘いんですね。」

 「私が甘いの好きで……律紀くんは好きじゃなかった?」

 「いえ!そんな事ないですよ。」



 そう言いながらも、何故か律紀の声と瞳が震えた。 

 うるうるしてきた彼の目を見て、夢はビックリしてしまう。

 前にも、こんなことがあったな、と夢は思い出しながら、彼の顔を覗き込んだ。



 「律紀くん、どうしたの?」

 「ごめんなさい!……実はこの家で誰かの手料理を食べるのが夢だったもので。」

 「………このおうちで?」



 夢は律紀が話している意味がよく理解できずに聞き返してしまう。

 すると、律紀は少し顔を歪ませながら、昔の話をしてくれた。

 とても寂しそうな顔を見せながら。

 


 「実はこの家は祖母と一緒に住むために僕が建てたんです。」

 「お婆様と?それに家を建てるって………。」

 「鉱石である物を見つけて発見してから、特許をもらったりしたので、お金には余裕があるので……。それと、僕はおばあちゃんっこだつたんです。」



 律紀が外車に乗ったり、豪邸に住んでいるのには理由があったようで、夢は納得してしまった。学生の頃に発見したことは、本当にすごかったのだと知り、夢は改めて目の前の人は鉱石の有名な研究者なのだと知った。

 


 「両親は共働きでしたし、厳しい人だったので優しい祖母だけが、僕の理解者でした。僕は両親に医師になるように言われ続けていましたけど、祖母だけは反対してくれてました。好きなことをやるべきだと。」

 「そうだったのね……。」

 「…………けれど、僕の両親は事故であっけなく死んでしまって。それで、祖母も悲しんで老け込んでしまったんです。」



 律紀の両親についての話を夢は初めてて聞いたので驚いてしまった。

 身近な人を一気に2人も亡くして、律紀も律紀の祖母もきっと悲しんだだろう。

 それでも、律紀は自分よりも祖母を心配したようだった。



 「それが大学に入学が決まった頃だったので、僕は1年だけ医大に通い、僕の兄が父と母の仕事を受け継ぎました。なので、僕は医師を止めて大学に入り直したんです。そして、一人になってしまった祖母と一緒に暮らして行こうと思ったんです。」



 そう言うと、律紀は苦い顔をしながらも、笑顔をつくって夢を見つめた。

 その表情はとても苦しそうに、見ている夢が切ない気持ちになった。



 「けれど、家が完成する目前に祖母は病気てで亡くなってしまって。……どんな家にしようかとか、新しいキッチンで何を食べようかとか話していたので。……夢さんの料理を食べると、祖母のことを思い出してしまって、いつもうるっときてしまいました。不思議ですね。」

 「そうだったんだ………。そのためにおうちを作ったんだね。律紀くんは優しいね。そして、おばあちゃんが本当に好きだったんだね……。」

 「はい。大切でした。だから恩返ししたかったんですけどね。あ、でも、1つだけ嬉しい報告が出来そうです。」

 


 先ほどまでシュンとしていた律紀だったが、何かを思い出した瞬間。目をキラキラさせてニコニコしながら夢を見ていた。



 「嬉しい報告?」

 「はい!彼女が出来たら、ここに連れてくると約束したんです。」 

 「じゃあ、見ていてくれてるかな?」

 「ええ、きっと。それに結婚式も楽しみにしてたんですよ。」

 「え………。」



 思いもしない言葉が出てきて、夢はドキッとしてしまう。

 恋人なったばかりの彼から「結婚」という言葉が出てくるのは、女としてはかなりドキドキしてしまうだろう。


 彼の結婚なんて、夢のように幸せな事だろうけれど、やはり今は全く現実味がなかった。

 


 だが、律紀が想像する未来に自分がいるのかもしれない。

 それだけでも、今は十分に幸せだと夢は思った。



 「今は、年下で頼りないかもしれないけど、絶対に夢さんに追い付いて、一緒に歩いても恥ずかしくないように頑張りますね。いつか、結婚してもらえるように。」

 「それ、私の台詞だよ。律紀くんにふさわしい彼女になれるように頑張るね。」

 「違いますよ。」

 「え?」



 律紀はそう言うと、温かい両手で夢の輪郭を包むように触れると、鼻と鼻が触れそうになるぐらい近い距離まで近づいてきた。

 そして、夢が大好きな優しくて、安心できる律紀の笑顔を見せながら、囁くように呟いた。



 「もうふさわしい彼女なんですから、僕のお嫁さんになれるように、です。」

 「………そう、だね。」

 「僕にとってもう十分すぎるぐらいなので……早く僕だけのお嫁さんになって欲しいです。」



 目を細めながら律紀は少し照れた顔で、夢にそう言い、優しく唇を落とした。




 彼に触れられていると、いつかあの日の記憶が戻ってくるような気がした。


 


 あの日から会えずにいた分、いや、それ以上に彼とずっと過ごしていこう。

 



 彼の優しい笑顔を見つめながら、夢はそう強く思った。






 


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