第28話「忘れたはずの約束」
28話「忘れたはずの約束」
ぽかぽかとした陽気に包まれている。
そして、土の香り仄かに感じる。
どこかの草原で昼寝をしているような心地よさを、夢は感じていた。
けれど、先ほどから肌になにか触れているような気がしていた。それがとても気持ちよくて、夢は顔や体を寄せて更にくっつこうとしてしまう。
すると、ふいに何かが頭を優しく撫でれる。
あぁ、気持ちがいいな……。
そう思いながら、夢はゆっくりと目を開けた。
「……ぅん………。」
「あぁ……夢さん。すみません。起こしてしまいましたか?」
夢が目が覚めると、隣にはピッタリとくっつている律紀が優しく微笑んで顔を覗き込んでいた。
ボーッとした頭が少しずつ覚醒していくと、ここで寝てしまった前の事を思い出し、夢はハッとする。
彼は上半身が裸で、夢の頭を撫でる腕は、細いだけではなく少し引き締まっていた。
それを見ただけでも、ドキッとしてしまう。
布団に潜り込みたくなってしまうけれど、肌が触れ合うほど近いのでそれも出来ない。
そんな事を考えて彼を見つめていると、自分も裸なのにやっと気づいた。
「あっ………。」
夢は自分の体を隠すように、彼にくっつくけれど、それは逆効果だと気づいた時には、彼に笑われてしまった。
「恥ずかしいんですか?……可愛いですね。」
「…………何で律紀くんはそんなに余裕なの?」
「そう見えますか?全然余裕なんてないですよ。また、我慢出来なくなりそうです。」
「……律紀くん。」
夢が恥ずかしそうに笑うと、つられるように彼も微笑む。律紀は優しく夢の額にキスをしながら、割れ物も扱うように優しく抱きしめた。
「まだ、朝になってませんけど………お風呂入りますか?」
「ううん。まだこうしていたいな。」
「……そうですね。僕もです。」
「私、いつの間にか、寝ちゃったんだね。ごめんね?」
「いえ。その、何か着せてあげた方がいいなかって思ったんですけど、気持ち良さそうに寝ていたので。暖房つけて、僕が暖めてれば大丈夫かなって思って。」
「……ありがとう。」
裸で寝てしまっていたのは恥ずかしいけれど、彼の優しい行動が、夢にはとても嬉かった。
日が昇るまでまだ少しの時間がある。
せっかくの休みなので、眠くなるまで話をしようと、律紀と夢は洋服を着た後に、またベットに横になり2人寄り添いながら話をした。
「律紀くん。ずっと起きていたの?」
「いえ、僕も少しは寝ましたよ。でも、夢さんの寝顔を見たり、余韻に浸ってたりしたらあっという間でした。」
「寝顔は恥ずかしいけど……。私も今、すごく幸せ。」
恋愛経験の少な2人が、付き合ってすぐに求め合い、抱き締めあっているのが、夢には信じられなかった。
けれど、彼が自分を欲してくれて、気持ちを教えてくれるのが夢は嬉しかった。だから、自分も律紀に触れたいと思った気持ちを伝えられたのだ。
とても恥ずかしくて、何度も涙が出たけれど、それ以上に幸せてで彼に与えられる熱の気持ちよさに震えてしまった。こんなに幸せな時間があるのだと、夢は初めて知ったのだった。
律紀は嬉しそうに微笑んでから、夢の右手を取った。そして、掌に小さくキスをした。
「ここ、痛かったですよね。」
「ううん。大丈夫だよ。理央さんに上手なお医者さん紹介してもらったし、理央さんに抜糸もしてもらったから。」
「………そこで先輩の名前出てくるのが悔しいですね。」
「素敵先輩じゃない。」
少し嫉妬してくれる彼を可愛いと思いながら、夢はクスクスと笑ってしまう。
右手にあった光る鉱石は、もうそこにはない。彼を自分を繋いでくれたその鉱石がそこからなくなってしまった事は、少し寂しくもあった。けれど、鉱石はしっかりと律紀がもっているし、なくなってしまっても一番大切な彼が、もう自分の隣に居てくれる。それだけで、夢は安心出来るのだ。
そして、昔の記憶の事も同じだ。
忘れてしまったとしても、彼との約束は変わらない。
夢は、そんな事を思っていた。
「あのね、律紀くん。少し考えていたんだけどね。」
夢は、律紀が右手を取っていた手に夢の左手を更に重ねて、彼の手を包むように添えた。
そして、しっかりと律紀の綺麗な目を見て話しをした。眼鏡をかけていない彼は数時間前の大人びた彼を思い出してしまい、少しだけドキドキしまう。
「私、昔に律紀くんと約束した大切なこと忘れてしまったけど、きっと心の中で忘れちゃいけないって思ってたんだと思うの。」
「……どうしてですか?」
「私の行っていた大学は美大なんだ。絵が好きなのは昔からだったけど、私が指導を受けたいって思って、ゼミをお願いしてたのは絵本作家のキノシタイチ先生なの。その先生を選んだのは、きっと律紀くんの約束をどこかで覚えていて、忘れたくなかったからだと思うんだ。」
もしかしたら、ただの偶然かもしれない。
けれど、彼の話しを聞いてから、夢は偶然ではないと直感した。
夢だって、子どもの頃に鉱石の話が出来る友達はいなかったはずだし、自分より年下の子が鉱石に詳しいのを驚き、もっと話してみたいと思ったはずだ。
自分の絵を褒めてくれて、一緒に絵本を作りたいと約束までした。
きっとあの約束は、その時何より嬉しかった。
夢がもし昔のことを覚えていたら、その約束を大切にしていたはずだと思った。
忘れたからこそ、彼に恋して、彼に再会した。
事故にあったのは、彼に恋するため。
そんな風にさえ思ってしまう。
自分でも重症だなぁと、夢は心の中で笑った。
「じゃあ、絶対に夢を叶えましょうね。」
「えぇ。頑張ろうね、律紀くん。」
夢と律紀は、少し未来の話をしながら、またうとうとと眠りについた。
彼とならば、きっと叶えられる。そう確信して夢は意識がなくなる前にそっと微笑んだ。
2人が寝たのは、寒空がほんのりと明るくなってきた頃だった。
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