第20話「雪降る道を」






   20話「雪降る道を」



 夢と恩人である空と絵里夫妻は、号泣した後に泣き顔のまま笑顔で日本料理を食べていた。


 夢は今どんなことをしているのか、そして武藤夫妻はどんな国へ行っているのか。

 事故の話をすることもなく、楽しい時間が過ぎていった。



 「そうなんですね。鉱石屋さんで、いろんな国で仕入れているんですね。」

 「そうなの。でも自由に飛び回れるから楽しいわよー。」

 「そうだな。鉱石からパワーももらえるし。」

 「いいですねー……実は私も鉱石大好きなんです。」



 偶然なのか、武藤夫妻も鉱石に繋がりを持っている人だった。

 夢の周りには鉱石好きが集まっており、とても不思議な気持ちになった。鉱石が呼んでいるのかとさえ、思ってしまう。



 「あ、そうです。この、マラカイトのキーホルダー、武藤さんたちの物ですよね?これがあ私の身代わりになってくれたみたいで。割れてしまったんですけど………。こんな素敵な鉱石を貸していただいて、ありがとうございます。」



 夢がスマホからそのキーホルダーを取り、頭を下げて感謝を伝えた。

 キーホルダーを空に渡そうとすると、夫妻はお互いに顔を見ながら驚いた表情を見せていた。

 

 「夢ちゃん、ごめんなさいね。それは私たちが渡したものではないと思うの。」

 「え………。」

 「私たちは、鉱石そのままのものをキーホルダーとかにすることはあっても、加工はしないと決めているの。採ってきたままを楽しんでもらいたいから。それは、ずっと変わっていないわ。」

 「そう。だから、これは僕たちが売っているものではないんだ。」

 「そんな……じゃあ、これは誰が?」



 夢の手の中にある、緑の丸い鉱石のキーホルダー。それは確かに人の手で加工されたもので、天然のままではなかった。

 

 そして、夢が昔から持っていたものではない。

 となると、夢は何故事故の後にこれを持っていたのか。

 考えようとしても、何も思い出せなかった。



 

 「夢ちゃんのお友だちじゃないの?ほら、事故の時に一緒にいた。」

 「え………私事故にあった時は1人でしたよ?」

 「そんなはずはないよ。僕たちが救護している時に、お友だちが君の名前を呼んで、泣いていたからね。」


 

 夢はそれを全く覚えていなかった。

 友達はお見舞いに来てくれたけれど、そんな事を言っていた人は誰もいなかったし、母親からも聞いていない。

 ………何かを忘れている?



 そう思った瞬間、軽い頭痛がして夢は少しだけ顔を歪めた。けれど、すぐにそれは治まり、普段通りになる。

 夢はその痛みが何なのか、全くわからなかった。



 「それにその子からの依頼で、今回は日本に来たのよ。」

 「そうそう。そして夢ちゃんからも連絡がついたからてっきり2人はまだ友達なんだと思ったんだ。」

 「あの………もしよかったら名前を聞いてもいいですか?何か思い出せるかもしれないので。」

 「………夢ちゃん、本当に覚えてないのね。事故のせいかしら。」



 絵里はそういうと、心配そうに夢の顔を見つめた。

 そして、隣りに座ってた空も夢を見つめていたけれど、そこに優しく自分の娘を見るような瞳があった。



 「僕たちに子どもはいないから、夢ちゃんを娘のように思っているんだ。飛び回っている放浪な両親だけど、君には幸せになってほしいと思っているよ。」

 「空さん………。」

 「昨日会った人は随分前から、いろいろ君のために頑張ってくれてた人のようだ。だから、君は会った方がいいだろう。……こんなに大切にしてくれる人がいるんだってわかれば、自信が持てるんじゃないかな。」



 そういうと、1枚の名刺を取り出して夢の前に置いた。

 


 「昨日、その人から貰ったものだよ。」

 「ありがとうございます。」

 「………名前は、皇律紀。鉱石学の研究者になっていたよ。」



 空が口にした名前。

 そして、目の前の名刺から夢が今想い続けている彼の名前が入ってくる。



 皇律紀。

 


 何故、彼が?


 そんな気持ちよりも、彼が自分を大切にしてくれていた。

 空が話してくれた言葉を思い出し、律紀が自分にしてくれた事を考えてみる。

 

 すると、初めて会った彼がどうして、無茶苦茶な契約を受けてくれたのかがわかった。


 そして時々見せていた、切なく悲しげな表情。あれはすべて、夢がさせていたものだったのだ。



 律紀は何を想い、今何をしているのか。

 それが気になって、そして彼に会いたくて仕方がなかった。



 「律紀くん………。」



 夢はまた瞳に涙を浮かべていた。

 最近泣きすぎだな、そう思いながらもこの感情を止めることは出来なかった。



 そんな様子の夢を見て、武藤夫婦は何かを感じ取ったのか、にっこりと微笑んでいた。



 「なんだ、皇さんとは知り合いだったのか。それはよかった!」

 「そうねー。それに、夢さんにとっても大切な人なのかしら?」

 「…………はい。今はいろいろあって、離れてしまったんですけど。でも、私にとって彼はとても大切な人なんです。年下なのにしっかりしてて優しくて、勉強家で、そして純粋な彼がとても………好きなんだと思います。」



 初めて会った人達に話す事ではないかもしれない。けれども、この2人は自分を娘のように大切だと言ってくれた。


 それは夢も同じだった。


 自分の大切な人を親に伝えるのは普通の事だ。夢は、そう思って空と絵里に伝えたのだ。


 それが伝わったのか、武藤夫婦は今日会ってから1番の笑顔を見せてくれた。

 


 「自分の気持ちに正直になることは難しい事よ。それが出来たならあとはもう決まってるわ。」

 「僕たちは、久しぶりの日本だからいろいろなお客さまに挨拶を兼ねて全国まわるから、あと数ヵ月は滞在するつもりだよ。」

 「また、会ってもらえますか?」

 「もちろんよ。だから、行ってきて。彼のところへ。」



 空と絵里の言葉と笑顔に背中を押され、夢はすぐに立ち上がった。


 そして、「すみません!失礼します。」と、彼らにペコリとお辞儀をして急いで部屋から飛び出した。

 高級料亭の廊下を駆け足で駆け抜ける。和装をした店員も驚いた様子だったけれど、夢は気にせずにそのまま店を出た。



 まだ傷口が痛む右手の中には、ひび割れた緑の鉱石のキーホルダーがあった。

 夢はそれを見つめた後に、またギュッと握りしめた。


 夢はそのまま寒空の下を走った。

 夢の気持ちは、律紀のばかり考えていた。




 「律紀くん………ごめんね。私、きっと何にもわかってなかったんだ。」



 彼の気持ち、彼の昔、そして、優しさの意味。

 一緒にいて彼の気持ちがわかっていなかったのは自分の方だった。

 それなのに、「相手の事を考える」なんて事を彼に伝えていたのだ。


 彼は恋人以上に大切にしてくれていたのだ。

そんな事も、気づかなかった自分が、夢は情けなくて仕方がなかった。 


 

 早く律紀に会いたい。

 会って謝って、許してもらえたのならば、時分の気持ちを伝えたい。


 

 ハラハラと夜空から小雪が舞い降りてきた。

 夢は、それに目もくれずに彼の元へと走った。

 

 右手の鉱石から、何故か温かさを感じ、夢は力が出てくる。そんな錯覚を覚えながら、走り続けたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る