第21話「同じ気持ち」
21話「同じ気持ち」
★☆★
律紀は、研究室で呆然としていた。
先程の夢の泣き顔が頭から離れなかった。
自分が泣かせて、そして悲しませてしまった。
彼女が罪悪感を感じながら、契約恋人をしていたのは律紀も気づいてた。
けれど、それを止められなかったのは自分の責任でもあると律紀は思っていた。
律紀は、テーブルの上にある夢が置いていった光る鉱石を手に取った。
小さなな小石のような鉱石。
これだけが、夢と律紀を繋げてくれていた。
それなのに、今は律紀の元にある。
その瞬間から、この小石は光らなくなってしまったかのように、輝きを感じられなくなった。
実際には輝くのかもしれない。けれど、律紀はそれを綺麗だと思わなかった。
「夢さんがいないから……なんて、いなくなってから気づくなんて、バカだな。僕は……。」
両手で大切な鉱石を握りしめ、律紀はギュッと目を瞑った。
もう、アメリカに行かなければいけない。
ここを出なければ飛行機に間に合わない。それがわかっているのに、体が動かなかった。
その時、PCがポーンから音が鳴った。メールが届いた時に鳴る音だ。
それを聞いて、律紀はすぐに立ち上がりPCの前に急いだ。
メールの画面には「武藤空」と書かれていた。律紀が少し前から待っていたメールだった。
内容は依頼されていた物が見つかったという事。そして、もう今日には帰国しており日本にいるという事だった。
律紀はすぐにメールを送信し、すぐに会えると連絡した。
迷いもしなかった。
それで自分の気持ちが、律紀はよくわかった気がした。
律紀にとって鉱石は大切な物であるし、好きなものだった。
けれど、それは全てが彼女のためであるからだと改めて気づいた。
今、アメリカに行く必要はないのだ。
やらなければいけないことは、ここにあるのだから。
律紀はすぐに支度をして、武藤空に会うために研究室を出た。
律紀はアメリカ行きをキャンセルした。
本当は、望月も行きたいと言っていたけれど、試験があるのでそれを止めていた。
彼女が一緒じゃなくてよかったと安心しながら、律紀は研究室に籠っていた。
武藤からある鉱石を引き取った次の日。
仕事以外は、それを調べるのに没頭していた。
調べたからといって、何になるわけでもない。彼女が喜ぶはずもない。
けれども、律紀は調べるしか出来なかった。
律紀には、女の子を喜ばせる方法よりも鉱石の事を必死に学んできていたのだ。
それしか出来ない自分が情けないけれど、今は出来ることをやろうと思っていた。
「こんな時間か……。あ、雪か。」
気づくと、もう夜になっており空腹も感じめる時間になっていた。
窓の外を見ると、小雪が待っていた。
積もるほどでもない雪だったが、律紀はすぐに帰る事にした。
いつもだったならば、深夜までここに留まり、泊まることだってあった。
けれど、何故か今は帰った方がいい、そう思ったのだ。
律紀はすぐに調べていた鉱石と夢の右手に入ってきた小さな鉱石を大切に布に包んでから持ち帰る事にした。
車を運転している間も何故か律紀は落ち着かなかった。
こういうのは虫の知らせというのだろうか。悪いことが起きる前に、帰らなければ。そう思った。
危険がないよういつもより安全運転で帰り、寄り道もせずに自宅についた。
すると、家の前に誰かが立っているのがわかった。
誰だろうか?ゆっくりと近づいていき、雪の中、白い顔をして立っているのが誰かわかった瞬間、律紀はドキリとした。
数日前に泣かせてしまった、大切な人がそこに居たのだ。
「夢さんっっ!」
律紀は急いで車を泊めて、彼女の元へと駆け寄った。
「律紀く…あ、律紀さん。突然ごめんなさい。どうしてもお話ししたい事があって。」
「夢さん、どうしてこんなところに……ずっと待ってたんですか?」
「………うん。前に律紀さんもこうやって待ってくれたでしょ?だから………。」
夢が言っているのは、初めて夢に会いに行った事だろう。
確かに外で待っていたけれど、それは男の自分が勝手にしたことであるし、どうしても夢に会いたかったからだった。
しかし、夢は寒さに弱いはずだった。特に怪我をしている左腕は冷えると動かなくなると夢が話していたのを覚えていた。忘れるはずがなかった。
「顔も真っ白だし、震えてますね。左腕、動かないんじゃないですか?」
「……これぐらい大丈夫だよ。」
「何時間待ちました……?」
「………1時間かな。」
「嘘ですよね?」
「………えっと、3時間ぐらい。」
それを聞いて律紀は、頭に血がのぼっていくのを感じた。あまり怒らない性格だと思っていたけれど、今は我慢出来なかった。
「何やってるんですか!女の人で、人一倍体を冷やしちゃいけないのに。」
「律紀さん………。ごめん、なさい。」
大きな声を出して怒る律紀を見て、夢は驚き、そしてすぐに落ち込んだ表情を見せた。彼女はうろたえ、そして目が泳いでいる。
震えが大きくなったのは寒さのせいだけではないのだろう。
そんな夢の右手首を掴んで、律紀は歩き始めた。彼女の腕は、氷のように冷たくなっていた。
「あの、律紀くん?」
「……家に入ってください。そんな状態では帰せませんし、僕に用事があんですよね?」
「はい…。」
彼女は弱々しく返事をすると、黙って律紀の後について歩き始めた。
どうして怒ってしまったのだろうか。
彼女に会いたかったはずなのに、泣かせてしまった事を謝りたかったはずなのに。
そして、家の前に居る彼女を見た瞬間、胸が高鳴りとても嬉しかったはずだったのに、また彼女を悲しませてしまった。
寒い中待っていてくれた事に感謝をしなければいけないのにそれが出来なかった。
そんな自分が情けなくて仕方がなかった。
部屋の暖房を付け、そしてすぐに風呂を準備した。
「夢さん、これホットコーヒーです。これ飲んでいる頃にはお風呂が沸くと思いますので、入って体を暖かくしてください。」
「え、お風呂まで?大丈夫なのに……。」
「入ってください。」
「………わかりました。」
夢はしゅんとした顔を見せて渋々納得してくれたようだった。
大きめの膝掛けを肩からかけ、リビングのソファに座りながら温かいコーヒーを飲んでいる夢は、少し安心したのかホッとした顔を見せていた。
「さっきは怒鳴ってしまってすみませんでした………。」
「ううん。私が連絡なしに待ってたのが悪いことだから。」
「……夢さん。僕はやっとわかった気がします。」
「え……?」
「初めて夢さんに会いに行った時に、怒った顔をして手を引っ張って温かいところまで連れていってくれましたよね。初対面だって言っていたのに、どうしてそんな人の事を怒るんだろって不思議だったんです。」
勝手に待っていた人の事を、怒る夢を律紀は何故そんな感情になるのかわからなかった。
好きでやっているのだから、いいのではないか。そう思ってしまったのだ。
「けど、今日わかりました。自分の事を待ってくれた人が寒さで震えていたら、心配になりますよね。そして、そんな思いをしてまで待ってもらえるって、少し嬉しくてドキドキして……だからこそ、その相手が体調を崩さないようにしてあげたくなるんですよね。」
「律紀さん………。」
「こんな事を気づかないなんて、やっぱり僕は研究ばかりしていたダメな男なんだなって思いました。」
「………そんな事ないと思います。」
「夢さん?」
黙って話しを聞いていた夢が、ポツリと声を洩らした。そして、律紀をじっと見つめた瞳はとてもまっすぐでキラキラとしていた。
「そうやって自分の気持ちと向き合って、話してくれる人はダメではないと思います。気づいてくれたんだから、私は嬉しいです。」
「夢さん、僕は………。」
思わず律紀はずっと話したいことを彼女に伝えよう。そう思ってしまった時に、風呂が沸いた事を知らせる軽快な音楽が聞こえてきた。
そうだ。まずは彼女の体を温めることが先なのだ。
「すみません。話しは後でしましょう。何か食事を注文しておくので、ゆっくりしてきてくださいね。」
「………ありがとう、ございます。」
夢は少しぎこちなくだが笑顔を見せてくれた。
それだけで、律紀の心は晴れていくようだった。
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