第19話「再会の涙」
19話「再会の涙」
律紀がアメリカに行っていない。
それはどういう事だろうか………?
夢は目の前にいる医師である理央の次の言葉を待っていた。
けれど、彼はニコニコしたまま夢の焦っている顔を見つめ続けていた。
「あの……理央さん。それで律紀くんは……?」
「気になる?」
「はい!」
「………んー、それは内緒。」
「………理央さん、実は意地悪ですか?」
まさかの言葉に、夢は唖然とした顔を見せながら彼を見つめた。
理央は本当に考えが掴めない人だと、夢は思った。
「あ、僕が告白したからって……言うようになったね。」
「………それだって冗談ですよね?」
「そんな事ないよ。」
「…………律紀くんの居場所、教えてくれないんですか?」
夢はため息をつきながら、理央を問い詰めた。けれど、理央は困った様子が全くなく、ニヘラと笑っている。
「律紀が君に話してないことを、俺から言うのはおかしいかなって思ってね。だから、内緒。でも、きっと連絡はつく場所なはずだから、夢さんから連絡してみて。」
「……そうですね。」
いつもニコニコして、先ほどの冗談のような事ばかり言う理央だけれど、彼自身の考えや律紀の事をよく思っているのだと、夢は感じていた。
理央の病院を出た後、スマホを確認する。
すると思いもよらない人から電話がかかってきていた。
「あれ、お母さん?」
不在着信の相手は、夢の母親だった。
夢が今住んでいる所とは離れた場所に住んでいる。夢が数年に1度しか帰らないので、母親と夢はなかなか会う機会がなくなっていた。
それに母親は電話が苦手で、スマホも持っていなかったので、電話がかかってくる事は稀であった。
『夢?久しぶり!全然帰ってこないけど元気なの?』
「うん。お母さんは元気そうだね。」
『お正月も帰ってこないで。ちゃんとした人と交際してるんでしょうねー?』
20代後半になってから、母親はいつも結婚の話を聞いてくる。
心配してくれるのは嬉しいけれど、今の夢には心が痛む言葉だった。「契約の彼氏ならいたよ。」なんて言えるはずがなかった。
「彼氏なんていないよ。仕事頑張ってるからさ。」
『なんだー。早く紹介しなさいよ。』
夢は、病院から近くの駅まで歩きながら、思わず苦笑してしまう。
恋人なんていないので、母親に紹介するなんて大分先の事だろう、と心の中で母親に謝罪した。
「お母さん。それより、電話してきたのは何か用件があったからじゃないの?」
「あぁ!そうだったわ。」
重要な事を忘れていたようで、母親は電話口で大きな声を上げていた。
『あのね、夢っ!昔の事故の時に、助けてくれたご夫婦がいたでしょ。海外に住んでいた。』
「えぇ。私の恩人さんでしょ?仕事で世界中走り回ってるって。」
『そうなんだけど、武藤さんたち、一時的にやっと日本に戻ってきてるみたいなの。しかも、今日に。』
「え………今日!?」
『たぶん、今夢が住んでいるところとは近いはずだから。あなた、会いそう?ちゃんとお礼言って欲しいんだけど。』
それは驚きの内容だった。
夢が事故にあった時、助けてくれたの若い夫婦がいた。その夫婦は武藤さんと言い、彼らも事故のせいで軽い怪我をしたり、トラックに積んでた商品が道に投げ出され壊れたりしていたのに、怪我をした夢を1番に手当てしてくれたそうだ。
1度呼吸が止まっていた夢に、心肺蘇生で助けてくれたのだ。
けれど、夢が意識を取り戻す頃には2人はすでに海外へ行ってしまっており、夢は電話や手紙のみで彼らとコンタクトをしていたのだ。
最近は1年に1度事故の日に彼らに、メールを送るようにしていた。
自宅のパソコンから送っていたので、彼らのメールに気づかなかったのかもしれない、と夢は思った。
「うん。なんとか予定開けて会いに行く。命を助けてくれた人たちだもの。しっかりお礼を言わないといけない。」
夢が以前住んでいた場所は田舎だったため、もし事故が起こった時に誰もいなかったら、夢を助け救急車を呼んでくれる人がいなかったかもしれないのだ。
夢が今こうして生きているのも2人の夫婦がその場にいてくれたからだ。
それに、お守りに彼らがくれたのであろうスマホに付けている緑の鉱石のキーホルダーのお礼もしたかった。
それがあったから、意識を取り戻せたのだと夢は信じていたのだ。
夢は母親との電話を切った後、すぐに自宅に戻った。
パソコンのメールを確認すると、確かに夫婦の名前がそこにはあった。夢のメールの受信ボックスには武藤空という名前で埋め尽くされていた。
武藤夫妻はいろいろな国を転々としており、いつもその国の写真を送ってくれるのだ。少し前はギリシャにいたようで、自然豊かな島の写真を送ってくれていた。
そのため、夢と両親が武藤夫妻の元を訪れようとしても、なかなか会えないとわかり二本に来るまで待とうということになっていたのだった。
そのためかなりの月日が経ってしまったけれど、ようやく直接彼らにお礼が言えるのだ。
夢はそれを思うと嬉しくなり、そして少し緊張した。
彼らが救ってくれた命。武藤夫妻に恥ずかしくなく生きていただろうかと思うと、自信がなくなってきてしまいそうだった。
それでも何とか電話で連絡を取り付けて明日の夜に会うことになった。
もうすでに日本にはいるようで、武藤夫妻はとても楽しみにしていると言ってくれていた。
夢が、1度も会ったことがない命の恩人だ。緊張しないわけはなかった。
けれども、やっとお礼を言えるのはとても嬉しかった。
律紀にも連絡をしたかったけれど、今は目の前のことを済ませてからにしようと、夢はスマホで律紀の連絡先を見つめながらも、連絡はせずに、バックにしまった。
きっとこれが終われば過去の話も聞けて、お返事も伝えられ、そして右手の傷も少しずつ癒えていくはずだ。
左腕の怪我は変えられないけれど、怪我の事を怖くて痛くて、苦痛を与えてくれただけとは思えなくなるような予感を夢は感じていた。
「全部済ませてからに、会いに行くね。律紀くん。」
夢は小さくそう呟きながら、強く決心した。
次の日の仕事終わり。
夢は、老舗高級料亭の「冷泉」に招かれた。女将が着物を来て挨拶をしてくれるような店で、少し古い日本庭園も見え立派なお屋敷のような店内だった。
訪れたことのない雰囲気の店におどおどしながらも、夢は通された部屋に入った。
すると、既に武藤夫妻は到着していた。
「おぉー!夢ちゃん、大きくなったねー。そして、綺麗になった。」
「本当ねー。でも、目元とか面影はあるわ。あの頃のまま可愛いわねー!」
「空さん、絵里さん。初めまして。一七夜夢です。お会い出来て嬉しいです。」
短髪に黒い肌、そしてがっちりした体型で豪快に笑っているのが武藤空。
そして、細身で黒髪ロングをポニーテールにしている、切れ長の目が綺麗な女性が武藤絵里だった。
2人は夢を見ると、久しぶりに会う自分の子どもように、すぐに近寄って夢を優しく抱きしめた。
夢は初めて会う2人なのに、その温かい歓迎と体温で目がじんわりと潤んできた。
メールや電話をしていたからはじめてとは思わないけれど、やっと会えたらという幸福感。
そして、本当の両親のように心配してくれていた武藤夫妻の優しさに直接触れて、涙が出てきてしまった。
「本当に、助けていただきありがとうございました……。」
夢は抱き締められたまま、彼らに泣き声でそう言うと、ふたりの腕の力が更に強くなった。
「いいのさ。君が生きていて、こうやって会えたんだから。」
「そうよ。助けた私たちの方が幸せになったわ。」
武藤夫妻のその言葉を聞いて、夢は更に涙を溢してしまった。
再会してから数分で3人は抱き合ったまま、感動を喜び、そして泣いた。
それは、感謝と幸せの涙。
それを止める人は誰もいるはずもなかった。
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