第18話「魔法の言葉」
18話「魔法の言葉」
失恋をした後も、次の日はやってくる。
それは、夢にももちろん同じだ。
昨日の夜は、涙が枯れるまで泣き続け、夢は律紀を忘れようとした。
けれど、そんな事は出来るはずもなかった。
最後に投げつけた言葉。
どうして、あんな事を言ってしまったのか。
夢は思い出しては後悔していた。
契約の恋人は、夢から持ちかけたもの。
それを承諾して、恋人としての時間をくれたのは律紀だった。
感謝をしなければいけないのに、夢は彼に対して強く怒ってしまった。
きっと律紀も呆れ、怒っているだろうと、夢は思っていた。
その証拠に、夢のスマホには何の連絡もなく、きっと律紀は今ごろ異国の地にいるのだろう。
忘れないと辛いだけだと思って、必死に忘れようとする。けれど忘れられるはずもなくて。
夢は、しばらくの間は、律紀の片想いをしていようと思った。
この日は、仕事はもともと休みにしていた。
いつもよりゆっくりと起きる。
やはり泣くと言うのは体力を使うようで、夢はかなり熟睡してしまった。
目の腫れはまだあったけれど、これぐらいならば化粧で誤魔化せると思い、夢は安心した。
今日は、律紀の先輩でもある理央の元へ行って右手の抜糸をしてもらうのだ。
鉱石を取り出したのは理央の知り合いの外科の先生がやってくれたが、抜糸は理央にしてもらう事になっていた。引き継ぎしていれているようで、理央にも「安心していいからね。」と言われていた。
理央は午後から休診で時間があるようで、診察時間外で夢を診てくれるそうだった。
申し訳ない気持ちもあったけれど、小児科の病院だったので、夢もありがたくそうしてもらう事にした。
「はい、抜糸も終わったし、もう大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。理央さん。」
理央の小児科の病院は木目調の家具でそろえられており、とても落ち着いた雰囲気だった。待っている間、横になってもいいように、大きめなソファがたくさんあったし、絵本やオモチャもあった。ところどころに、可愛い絵なども飾っており、どこかの保育園のような雰囲気だった。
理央に抜糸をしてもらった右手を、夢はジッと見つめる。まだ傷跡はあるけれど、ずいぶんすっきりしたなと夢は思う。
小石だとしても、異物か体の中に入っていたのだから当たり前かもしれない。
「夢さん………、俺が聞いていいの事かわからないんだけど、律紀とケンカでもした?」
「え………?」
夢がハッとした表情を見せたので、理央は納得したように苦笑した。
「いや、この石を取ったのは律紀に渡すためだと思ってたから。渡してきたのかなって思ったけど、なんか……その………夢さん、昨日泣いたみたいだから。」
理央は、夢が泣いてしまったことに気づいたのだ。しっかりと目の腫れを化粧で隠したつもりだったけれど、隠しきれてなかったのだろう。
夢が返事に困ってしまうと、理央は担当の子どもをあやすように、優しく夢に話しかけた。
「僕は、理央と夢さんが上手く言っていると思ってたんだ。俺はこれでも、理央の事は大切にしててね。あいつは研究者ということもあって、変わり者ではあるけど、いいやつなんだよ。だから、夢さんがあいつと付き合ってくれたは、嬉しいなって思ってた。それに、そうだと思ってたんだけど………違うかな?」
「それは違います!………それは………。」
夢は慌てて否定をしてしまうと、理央は驚いた顔で夢を見つめた。
夢だって、本当ならばそんな関係になりたかった。けれども、無理だったのだ。
嘘でもあっても、そんな事を言われるのは辛かった。
「……いろいろと事情があって、恋人ではなかったんです。」
「…………そうなんだ。俺に、女性とデートに行く時に気を付けるところとか、服装とかいろいろ聞いてきたから、そうだと思ってたんだけど。デートと思ってたのは理央だけで、きみはちがったってこと。」
「そんなことは!!………絶対にありません。」
「………何か複雑な事がありそうだね。」
「………。」
「教えてくれるかな?相談してほしいな。」
理央は、夢の顔を覗き込むように見る。
夢は今まで、この辛い恋を誰にも話せずにいた。
だからこそ、理央に助けて貰いたいと思ったし、聞いて欲しいと思ってしまった。
自分の事を罵倒してもいいから、彼に自分が謝っていたという事も理央に伝えてもらえるかもしれない。
そんな事を思い、静まりかえった小児科の院内で夢は、ポツリポツリと今までの夢と律紀の事を彼に語り始めた。
「驚いた……君は大人しい子だと思ってたけど、そんな大胆なことを言うんだね!」
「なっ…………そんなことは……。あのときは焦っていたし、頭の中がパンクしてて。自分でも変なことを言ってしまったと後悔してます。」
夢の話を相槌を返しながら真剣に聞いてくれた理央は、話終わると、そんな事を言った。
驚いたと言いながらも、理央はその話を何故か楽しそうに聞いていた。
「それを律紀は受け入れたんだよね?」
「はい。恋人らしくしようと頑張ってくれました。」
「へぇー……あいつがね。」
理央は感心しながらそう呟いた。
そして、ジッと夢を見つめた。夢は、凝視されてしまい、思わず背筋が伸びてしまう。
そんな様子の夢を見た理央は、ニコリと笑ったあと、夢の顔に近づいてきた。
夢はビックリしてしまい、おもわず「えっ。」と言葉を洩らしてしまった。
「理央さん………?」
「ねぇ、夢さん、僕と付き合わない?」
「………なんで急に。」
「自分でもいい物件だと思うよ。給料もいいし、顔も悪い方じゃないし、性格はまぁーそこそこだよ?ダメかな?」
夢は彼が何を考えているのかわからなかった。
お医者様でイケメンの理央が、自分なんかに告白するはずがないと夢は思っていた。彼には何か考えがあるのだろうと。
「私は………理央さんとは付き合えません。」
「……そっか。それは何で?」
「失恋したとしても、まだ、律紀くんの事が好きだから……。」
夢はしっかりと理央を見つめて自分の気持ちを伝えた。
目の前の彼がどんなに素敵な男性だとしても、夢は律紀の事しか考えられなかった。
気づいたら、それぐらいに好きになっていたのだ。
「夢さんは律紀の事が本当に好きなんだね。」
「はい…………そうみたいです。」
「なら、気持ちを伝えてみたらいいんじゃないかな。」
「でも………律紀くんは想ってる人がいるみたいだし。それに、彼に契約の恋人なんてお願いしてしまったのに、彼に酷いことを言ってしまいました。」
彼に振られるとわかっていて告白するのは怖い。
それに、彼に「恋愛の実験体にしないで。」なんて、酷いことを言ってしまった。
そう提案したのは自分なのに、彼のせいにしてしまったのだ。
きっともう彼は自分の事を嫌っているだろう。
「そうだね。確かに契約の恋人なんて普通に言ったらダメなことだったね。」
「………そうですよね。」
「けどそれは一般的なな正論。僕はそこから始まる恋もありだとおもうよ。普通なんてどこにもないんだから。」
「理央さん。」
彼は自分の大切な後輩にそんな事を提案した自分を怒っていると思っていた。
けれど、そうではなかった。
理央は先程よりも温かい目線で夢を見てくれていた。
「律紀を見る限り、あいつがイヤイヤやっていた事ではなかったよ。もしそうだとしたら、俺も夢さんを止めていたし、今も怒っていたかもしれない。それにね……。」
夢の右手を指差してながら、理央はニッコリと微笑んだ。
「想い人の事だって律紀から直接聞いたわけじゃないんでしょ?君の気持ちをちゃんと伝えて、彼の話も聞いてみるのもいいんじゃないかな。」
「…………話してくれるでしょうか?」
「きっとね。」
1度は終わったと思っていた恋。
自分の気持ちを伝えて、もしダメだったとしてももう1度泣けばいいだけだろう。
それに律紀に謝るのは人に任せてはいけない事だと、夢は気づいた。
「………私、もう1度律紀くんに会ってみます!………でも、彼は今アメリカなので少し先になりそうですけど。」
夢は自分で決めたことを、理央に宣言する。
すると彼はうんうんと頷いてくれた。
先ほどの告白は、夢の気持ちを知りたかったのと夢自身に気づいて欲しかったから言ったのだろう。
年上の余裕を見せて、嬉しそうに微笑む理央を見て、夢は「理央さんも、本当に律紀くんが好きなんですね。」と言うと、彼はハハハッと笑った。
「そうだね。僕も彼が好きだよ。……じゃあ、好き者同士という事で夢さんに1つ耳よりな情報を教えてあげよう。」
理央は、夢の頭をポンポンッと撫でながらそう言うと、得意気な顔で夢を見た。
そして、何でも知っているかのような、ニヤリとした微笑みを見せた。
「律紀はアメリカには行ってないよ。」
その言葉を聞いた瞬間、夢は思わず椅子から立ち上がり大きな声を出してしまった。
夢は、理央の言葉は、魔法のように自分を驚かせてばかりだなぁと思った。
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