第10話「鋭い視線に隠れた本心」
10話「鋭い視線に隠れた本心」
デートの帰り。
お店から出ると、律紀は少し緊張した面持ちで、夢の手を取った。
「映画でこういう風に手を繋ぐシーンがあったから。これは夢さんは好き、かな?って。」
そうやって不安そうに手を握りしめてくる律紀がとてもいとおしく感じ、夢は胸がキューっと締め付けられる気持ちになった。
律紀が右手の鉱石のために頑張ってくれている。それはわかっている。
考えてしまうと、契約の恋人だと改めて感じてしまうのだ。
それの事実を隠すように、夢は律紀の手を強く握り返した。
その日のデートから律紀の対応は少しずつ変わっていた。
毎日のメッセージの内容が挨拶以外のものを書いてあるようになっていたのだ。
律紀が考えてメッセージを送ってくれた内容に詳しく返信をしていくうちに、やり取りが何度も往復するようになった。彼は忙しいのに申し訳ないと思いながらも、返信がくる度に夢はドキドキしながらメッセージを見ていた。
返信がくるのを心待ちにする日々が続いた。
今日は夢が律紀の研究室に行く日。初デートの日以来の、律紀と会える日だった。
その日は夢が住んでいるところでは珍しい雪が降るぐらい寒い日だった。
そんな日は当たり前のように、夢の左腕が動きにくくなる。仕事はなんとかこなせたものの、夢の疲労感はいつもより多かった。
「夢さん、先日はありがとうございました。」
「ううん。こちらこそ、映画に付き合ってくれてありがとう。嬉しかったわ。」
「これ、また使って。今日は一段と寒いから。」
律紀が差し出したのは、車の中で律紀が夢に貸してくれたブランケットだった。来る途中、腕だけではなく足元も冷えていたので、夢はありがたくそれを借りることにした。
律紀が夢の右手を見る時も、ブランケットを掛けた。研究室よりも、実験室の方が寒いのだ。
左腕が完全に冷えきり動きにくかったけれど、今は右手だけ動けばいいのだ。夢は、我慢したまま彼に右手を預けていた。
「んー……やっぱり光が薄い日と、強い日があるね。」
「そうなんだよね……。なんか、昼間の方が明るい気がするんだ。」
「………それを前に聞いて考えていたんだけど、もしかしたら太陽光を浴びると光るのかもしれないと思ったんだ。」
「太陽光……だから、昼間の方が光ってたのは、そのためかも。」
昼間に光る事が多い理由。
彼の推測は、理にかなっている。夢は妙に納得できてしまった。
「まだ何もしていないから結論は出来ないよ。太陽光とか、紫外線かもしれない。」
「そっか。私、この鉱石とずっと一緒にいるのに全く考えなかったよ。律紀くん、さすがだね。すごい!」
「そんなにすごくないですよ。……1度1日紫外線に浴びないように過ごしてもらって、どれぐらい違うのか検証してみたいな。」
「うん。やってみるね。」
自分の鉱石について何か知れると思うと、夢は気持ちが高ぶってしまう。体を少し動かした拍子に、膝に掛けていたブランケットがずり落ちてしまった。
夢は空いている左手でそれを取ろうとするけれど、左腕が上手く動かなくて力の加減を間違えてしまい、強く動かしてしまった。その瞬間、体が傾き椅子から落ちそうになってしまう。
あ、落ちちゃう。夢はそう思いながらもなにもすることが出来ずにそのまま椅子から体が離れそうになった。
「危ない!……夢さん?大丈夫?」
「ご、ごめんなさい………。」
夢が落ちそうになった瞬間。律紀が体を抱えてくれたお掛けで、なんとか惨事になることはなかった。
けれど、律紀に支えられた体は、まるで彼に抱き締められているようで、夢は一気に顔を赤くして恥ずかしくなってしまった。
咄嗟に律紀から離れ、夢は視線を下に向けた。
「律紀くん、その……ありがとう。助かったよ。」
「いえ………。どうしたんですか?何か体のバランスを崩したように見えたんですけど。」
律紀は床に落ちたブランケットを広いながらそう言い、そして心配そうに夢の顔を覗き込んだ。夢は、真っ赤になっか顔を見られるのが恥ずかしかったが、律紀が心配してくれているので、おずおずと彼の顔を見つめた。
「前に少しだけ話したことがあるけど、左腕が少し不自由なんだよね。普段の生活には支障はないんだけど、寒い日になると動きづらくなってしまって………。今日は、朝から調子が悪いのを忘れて左手を急に伸ばしたから、バランスを崩しちゃったの。……律紀くん、心配させてごめんね。」
「…………そんなに左腕が悪かったんだ。………僕の方こそ、ごめんなさい。」
律紀は何故か泣きそうな顔をして、夢に謝った。そして、優しく、左腕に温かいブランケットを掛けてくれた。
また、あの顔だ。
寂しそうで、悲しげなこちらまで、切なくなる表情。
何故、律紀がそんな顔をするのか。
夢が無意識に彼に向かって右手を伸ばした。
その時だった。
ロックもなく、急に実験室の扉が開いた。
夢は驚きのあまりビクッと体を震わせ、そして咄嗟に伸ばしていた右手も、すぐに自分へ引き戻した。
「失礼します。」
「………望月。それはロックをしてから言う言葉だぞ。」
「律紀先生がいつも居留守使うからです。」
「お前がそうやって勝手に入ってくるからだろう。」
実験室に入ってきた女性は、可愛いウエーブのかかったロングの茶髪に、黒々と大きい瞳。そして、女の子らしくとても身長が小さな、とても可愛らしい女の子だった。見た目から大学生だと言うのがわかる。
「夢さん、ごめんなさい。僕の生徒の望月ひなです。望月、挨拶して。」
「こんばんは。」
機嫌が悪いのが、目をつり上がらせ、口元も尖らせて夢に棒読みで挨拶をした。
夢は少し困った顔を見せながらも、それでも微笑んで彼女を見た。
「初めまして、十七夜夢です。おじゃましてます。」
夢が挨拶をするけれど、望月はプイッと顔を背けてしまう。
それを見て、律紀はため息をついて夢を見つめて、目で「ごめんなさい。」と伝えた。
「望月、何が用件だ。」
「…………私の研究レポートみてくれましたか?」
「いや。これから見るよ。明日には添削して返却する。」
「…………律紀先生、最近研究も進んでないですよね?」
「あぁ……悪いな。入試などもあって忙しいんだ。」
律紀は、苦笑しながら望月に謝るが、彼女は全く納得しないようで、今度は律紀を睨むように鋭い目線で見つめた。
「この人が来るようになってからですよね?わけわかんない鉱石調べて何になるんです?」
「僕は調べたいから調べているんだよ。」
「………律紀先生にはもっとやらなければいけない事があると思います。この人との時間なんて、無駄です。」
「望月。」
吐き捨てるように強い言葉を律紀に投げつけた望月を、律紀はいつもより強くて大きな声で止める。けれど、そんな態度にも望月は恐縮もせずに、さらに彼を睨んだ。
そして、「お邪魔しましたっ!」と、言うとヅカヅカとドアまで歩いてドアをバタンと強く閉めた。
彼女がドアを閉める瞬間、とても悔しそうに夢を見つめていた。それを、見た瞬間に夢はわかってしまった。
彼女は律紀の事が好きなのだと。
その表情を見てから、夢は胸がバクバクと激しく鳴り、しばらくの間律紀の顔を見ることが出来なかった。
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