第11話「甘えてもいい?」






   11話「甘えてもいい?」




 夢は、あれからよく望月の事を考えるようになっていた。

 あんなに可愛い生徒から律紀は慕われて、好意を持たれている。自分より年下で、年も近くて、いつも一緒にいられる女性に「好き」と言われたら、律紀だって嬉しいはずだ。

 それに比べて、自分は律紀よりも年上で、契約恋人でしかない。それに、仕事にも自分にも自信がない。そんな女に比べたら、望月の方がとても魅力的だ。もし自分が男だったら、望月を選ぶだろうと思う。


 そう思っては、夢は更に自信をなくしてしまうのだった。



 あの日は、彼女が怒って部屋を出ていった後。

 律紀は、「すみません。悪い子ではないんだけど、僕の事あまりよく思ってないみたいで。」と、言って夢に謝ってくれた。

 彼は望月の気持ちをわかっていないようで「教師としてもまだまだだから、勉強しなきゃなぁ。」と苦笑いを浮かべていた。


 そんな律紀が彼女の気持ちを知ったら、どうするのか。

 それを考えると、夢は怖くなってしまった。





 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、次の研究室へ行く日が近づいた。

 いつもならば、早くその日にならないかと心待ちにしているのに、今回は少し憂鬱だった。

 また、望月に会わないだろうか。

 律紀との関係は進展してないだろうか。


 日が経つにつれて、不安は増すばかりだった。




 そんな日の昼休み。

 律紀からメッセージが届いていた。

 今日は朝の挨拶だけでやり取りは終わっていたはずなので、不思議に思いながら、メッセージを開いた。


 そこには『今日の約束なんだけど、僕が熱を出してしまったので、キャンセルさせてください。すみません。』そう書かれていた。



 「律紀くん、熱か……。大丈夫かな。」


 

 自分のデスクで手作りの弁当を食べながら、夢はメッセージを見つめた。

 律紀は前に会った時に大学の入試があって大変だと言ってた。それに、研究の仕事もあるだろうし、講義だって受け持っているはずだ。

 考えるだけで多忙なのがわかった。


 それに彼は一人暮らしのはずだ。熱が出ているのならば、きっと食事の準備さえ辛いだろう。それを考えると、夢は居ても立ってもいられなくなった。



 寝ているかもしれない。そんな事を考えたけれども、不安の方が勝ってしまい夢はすぐに律紀に電話をした。

 すると、彼はすぐに電話に出てくれた。



 『はい。………夢さん?』

 「お休み中にごめんね。メッセージ見たけど大丈夫?」

 『大丈夫です。今、講義を終わらせたところなので……。』

 「え!?仕事してたの?」

 『はい。休講にしてしまうと、生徒にも申し訳ないので講義だけやろうと思って。』

 「………そんな。無理しなくていいのに。体調は大丈夫?」

 『くらくらするかな。……熱が上がってきてるのかな。』



 いつもより覇気がなく、話し方もゆったりとして弱々しかった。

 夢はますます心配になってしまう。



 「律紀くん。運転も心配だから今日はタクシーで帰ってね。」

 『え、そんなに酷くは……。』

 「ダメです。それと、夕飯作りたいんだけど……おうちに行っちゃだめかな。あの、恋人として……。」

 『え………。』



 契約だとしても、恋人は恋人。

 そう思って律紀にお願いをしてしまう。いつもの夢だったら悩んだり恥ずかしがったりして、こんな事は言えなかったかもしれない。

 けれど、律紀が苦しんでいると思うと、何かをしてあげたかった。



 「あ、でも、おうちに来て欲しくないとかだったら無理にとは言わないよ。その恋人は恋人でも………。」

 


 彼からの返事がなく、夢は不安になってしまい。折角のお願いを自分でなかったことにしようとしてしまう。

 自分の言葉に自信がない夢らしい事なのかもしれないけれど、夢自身は言いながらも悲しくなってしまった。


 どうして、堂々と甘えられないのだろう。

 契約の恋人も、恋人らしいお願いも、勇気を出してお願いしているのに、どうしていつも、中途半端になってしまうのだろう。

 そんな風に悩みながらも、答えはわかっている。


 2人の関係が偽物だからだと。



 『夢さん。………お言葉に甘えちゃってもいい?』

 「え………。」

 『実は僕、料理とか苦手で、いつも外食か冷凍食品とかカップラーメンなんだ。恋人が作ってくれる手料理って憧れてて。』

 「律紀くん………。」

 『でも、今日はお粥ぐらいしか食べれなさそうで残念だけど。』

 「ありがとう、律紀くん。」



 律紀は本当にご飯を作って欲しかったのかもしれない。

 けれど、夢には彼が自分の気持ちに気づいて、家に入れるのを了承してくれたように感じた。

 彼の嬉しさと、彼に少しは認めてもらえたという幸せが、夢の胸を温かくしてくれた。



 『なんで夢さんがお礼を言うの?僕が助けてもらうんだから、僕がお礼を言いたいぐらいなのに。』

 「………そうかもしれないけど、なんか言いなたかったの。」


 夢は笑いながらそう言うと、律紀は『そっか。』と優しい口調で、そう言ってくれた。



 


 

 午後の仕事は、あまり集中できなかった。

 夢は、彼に何を作くって食べてもらおうかと、考えていたのだ。

 お粥ではなく、栄養がとれるおじやを作ろうとか、食欲が出てきた時に食べてもらえる作り置きのご飯を作ろうなどとも考えていた。




 少しでも彼のためにしたい。

 風邪をひいた彼のために、看病してあげられる。

 

 夢は就業時間が終わる定時になると同時に、職場を駆け足で出た。

 


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