第12話「幼い泣き顔」






   12話「幼い泣き顔」





 夢はスーパーなどに駆け込み、いろいろと食材や調味料、そして料理器具も買った。

 律紀は全く料理をしないと言っていたので、もしかしたら自宅のキッチンには何もないのかもしれない。そう思ったのだ。



 「うぅー………重い………。買い込みすぎたかな。」



 律紀に教えてもらった住所で地図を出して、ヨタヨタと歩き回る。

 そこは閑静な住宅街で街中であるのに一軒屋が建ち並んでいた。彼は一人暮らしと聞いていたので、マンションを探しているが、それらしき建物は見当たらない。



 「ここら辺なんだけど………んー………あっ、あれは。」



 夜道で夢が見つけたのは、見覚えのある車だった。ネイビーの外車。少し前のデートで、律紀が夢を乗せてくれたものだった。



 「ここに律紀くんの車があるってことは………この一軒屋が、律紀くんのおうちなの?」



 夢は、口をあんぐりと開けてその建物を見上げた。二階建ての白い壁に黒の屋根、そしてその建物や敷地自体が普通の一戸建ての物より大きかった。そして、どうみても新築でとてもピカピカしている。

 本当にここでいいのか。こんなところに、一人暮らしをしているのだろうか?

 それとも、もしかして本当は誰かと一緒に住んでいるのか。


 様々な不安が夢を襲ったけれど、それでも家を訪ねなければわからない事だ。


 夢は重い荷物をもう一度持ち直して、新築のような家のドアの前に立った。

 左腕は役に立たないので、すべての荷物を右手で持っており、夢の左腕は赤くなりプルプルと震えていた。もうそろそろ腕の限界のようだった。


 右手は塞がっているので、左手で呼び鈴を鳴らした。

 すると、インターフォンから返事もなく、突然玄関のドアが開いた。



 「………夢さん、わざわざすみません。」

 「律紀くん!真っ青だよ!?……大丈夫?」

 「眩暈が酷くて……。」

 「それは辛いよね。ドア開けてくれてありがとう。律紀くんは寝ててね。」

 「………すみません。」



 出迎えてくれた律紀は、フラフラしており顔にもいつものにこやかな笑顔はなかった。

 顔は真っ青で、涙目にもなっており、時折酷い咳もしていた。



 「ここが、一階の奥でリビングと台所です。僕は、手前の部屋にいるね。」

 「寝室、2階じゃないんだね。」

 「はい。2階は全く使ってないんだ。」

 「そうなんだ……あ、スポーツドリンク持ってきたけど飲む?」

 「ありがとう。のみたいな。」



 夢は荷物からドリンクを取り出して彼に渡すと、律紀は驚いた顔をしていた。

 夢が不思議に思って「どうしたの?」と聞くと、律紀は「すみません……。」と謝り始めた。



 「こんなに沢山買ってきてくれたんだね。鍋とかまで……。」

 「あ、律紀くんが料理しないって言ってたから。ないのかなぁーって私が勝手に思って持ってきただけだから。」

 「………本当に何もないので……ヤカンと小さな鍋ぐらいしかないんですよ。」

 「そうなんだ。よかった!」

 「……夢さん、腕大丈夫?重かったよね?」

 「大丈夫だよ!さ、律紀くんは寝ててね。おでこ冷やすのも買ってきたから熱があるときは言ってね。」



 夢は、律紀の肩をポンポンと優しく叩いて寝室に行くように促した。律紀は申し訳なさそうに何度も謝りながら寝室へと戻っていった。

 それを見送ってから、夢はキッチンへと向かった。


 キッチンからはリビングとダイニングが見える作りになっていた。リビングには大きな窓があり、今はカーテンが閉まっているが、昼間は太陽の光が沢山入りそうな作りになっていた。

大きなテレビもあり、その周りの棚には鉱石が並べられており、律紀らしい部屋になっていた。革のソファには、彼のコートやタオルが掛けてあり、きっと具合が悪くてそのままにしてしまったのがよくわかった。



 「それにして、綺麗だなぁ。展示されてるお家みたい。」

 


 夢はしばらく、その家を眺めてしまっていた。

 とても立派な一軒屋。

 ここに律紀は1人で暮らしいてるのだろう。誰かと一緒に住んでいれば、そう簡単に家には入れてくれないだろうと夢は思っていた。



 「大きなお家に1人か……律紀くん、寂しくないのかなぁ?………って、早くお料理作らないと!」



 夢はここに来た理由を思い出し、綺麗なキッチンで料理をスタートさせた。

 律紀の言ったように、料理器具はほとんどなく、調味料もなかった。冷蔵庫には、水のペットボトルと何故か鉱石が入っており、不思議な空間になっていた。


 おじやを作りながら、同時に作り置きの料理も作っておくことにした。

 簡単なサラダや少量のスープ、煮物などを作っていた。夢は一人暮らしが長いので得意ではないにしても、料理は一通り作れた。

 フルーツを切って、おじやと一緒にトレイに載せた。


 寝ているかもしれないと、控えめにドアをノックすると、「どうぞ。」という、律紀の声が聞こえたので、夢は恐る恐る部屋のドアを開けた。

 そこには、眼鏡をかけていない律紀が寝ていた。夢が入ってくると、ゆっくりと体を起こした。

 眼鏡をかけていない彼は、いつもより少し幼くみえて、夢は不思議な気持ちになった。



 「律紀くん、ごめんね。起こしちゃった。」

 「いえ。いい香りがして、お腹空いてたので起きちゃいました。」

 「そうなの?じゃあ、丁度よかった。おじやと果物なんだけど。食べれる?」

 「はい!嬉しいな。いただきます。」



 先程と同じぐらいに辛そうな顔だったが、律紀は弱々しく笑っていた。

 彼が一口おじやを食べるのを、夢はドキドキしながら見つめた。味見はしておいしいはずだけれど、彼が食べれるかはわからない。

 


 「ど、どうかなぁ?」

 「おいしいです!」

 「よかったぁー……。」

 「手作りなんて、何年ぶりだろう………すごくおいしい……。」

 「え………。律紀くん、どうしたの?」



 夢は、彼の顔を見つめて固まってしまった。

 彼の瞳から、涙が次々に流れていたのだ。

 


 「……っ!?僕なんで泣いて……熱上がってきたかな。」

 「律紀くん………。」



 律紀は涙を拭いて、隠すようにおじやを食べ続けた。それでも、時々また涙が溢れてしまっていた。


 夢には彼が泣いた理由がわからい。

 けれど、熱が原因ではないというのはわかった。

 彼は、何を思い出したのだろうか?それとも、我慢していたものがあったのだろうか?

 それでも、自分の前で泣いてくれたのは、少しは安心してくれていたからだと思うと、夢はホッとしてしまった。泣いている人を前に、そんな気持ちになるのは失礼かもしれないけれど、夢にとってはとても幸せな事だった。



 けれど、彼が悲しそうに泣くのは見ていられないし、どうにかして止めてあげたかった。

 夢はそう思うと、少し前の研究室での事のように、彼に向かって自然に手が伸びていた。

 そして、彼の頭を優しく撫でていた。



 「……夢さん?」

 「頭撫でられると、安心しないかな?……私はしてもらうの好きだったから。」

 「……………。」



 律紀は何も言わなかった。

 けれど、夢に頭をなでられるのを嫌がらずに、しばらく夢を見つめたあと、そっと目を閉じた。そして、その表情はとても穏やかだった。



 夢は彼のふわふわとした髪の感触を気持ちいいなと感じながら頭を撫でていると、律紀が小さく笑っているのがわかった。



 「どうしたの?」

 「んー………なんか眠くなってきちゃった。お腹一杯になったし、ホッとしたからかな。」

 「そっか。じゃあ、寝よう。その方が、きっと早く元気になるよ。」

 「……そうだね。」



 そう言うと律紀は、残ったおじやと果物を食べたあと、すぐにベットに横になった。



 「おやすみなさい。律紀くん。」

 


 夢がトレイを持って立ち上がろうとして瞬間。律紀は「ちょっと待って!」と言って、夢を引き留めた。

 夢は、またベットに近づいて膝をつけて「どうしたの?」と彼を顔を覗き込んだ。

 すると、律紀は布団に入れていた片腕を出し、先程夢がしたように、今度は律紀が夢の頭を優しく撫でてくれた。



 「………律紀くん?どうしたの?」

 「………頭撫でてもらうの、嬉しかったから。夢さんにもしてあげたくて。夢さんも好きだったんでしょう?」

 「……うん。好きだったよ。」

 「じゃあ、僕からのおかえし。」

 「ふふふ。じゃあ、私も律紀くんが寝るまで頭撫でてあげるね。」

 「………ははっ。撫で合いっこっておもしろいね。」



 普段見れないような、無邪気な律紀の笑顔に夢は思わずドキッとしてしまう。

 彼はこんな表情もするのだと驚き、そして新たな一面を見れて夢は嬉しかった。


 お互いに頭を撫でる感触と、撫でられる幸せを、感じながら夢は律紀が眠るまで、彼の顔を眺めていた。




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