第3話「星空の石」
3話「星空の石」
丁寧な口調で話をする律紀を、夢は品のある人だなぁと思って話を聞いていた。
けれど、よく考えてみると気になることがあった。
「え………あの、理央先輩っていうのは?同じ年じゃないんですか?」
「あぁ。違うんです。僕が医大にいた時に面倒みてくれたのが理央先輩なんですよ。1年で止めてしまったんですけど、それからも仲良くしてくださってて。」
「医大に入ったのに止めたのですか?!」
「はい?自分には合わなかったので、今勤めているところに入りなおしました。」
すごい事をしているにも関わらず、本人はけろっとしており、普通の事のように話していた。
「でも准教授ってそんなにお若いのに………。」
「それはたまたまなんです。学生の頃に書いた論文が認められて、いろいろ上手くいったんです。今の経済に自分の研究していたことが合っていただけのことです。」
苦笑しながら話す律紀。すごい事をしているはずなのに、全く自慢をしているように話さないのだ。
ただ自分のやって来たことを伝える。それだけの行為のようだった。
けれど、夢は違っていた。
目の前にいる人は、自分とは違う。自分の好きなことを見つめて、それを実現している人間なのだ。
そう感じると、夢は一緒に向かい合ってご飯を食べているのが急に恥ずかしくなってきてしまった。
その後、食事をしながら彼の話しを聞いて過ごした。自分の事を聞かれるのが恥ずかしくて、律紀に質問を繰り返していたのだ。
彼はそれを優しい口調で丁寧に答えてくれたのだった。
自分の研究したもので、商品をつくって特許を持っているとか、講義の話とかを聞いて、ますます自分とは世界が違う人だと感じていた。
「それで、夢さん。右手の鉱石を見せてくれませんか?」
「そうですね。どうぞ………。」
夢は軽く手を握ったまま、律紀の方に右手を差し出した。
やはり、他人に自分のコンプレックスの部分を見られるのは恥ずかしいし、ドキドキしてしまう。
けれど、彼はそれを感じ取ったのか、優しく「すみません。失礼します。」と言って、指を丁寧に広げていった。
そして、夢の掌に埋め込まれている手をまじまじと見つめていた。
温かくなった手で、夢の手を支えながら眼鏡を掛けた目に近づけて真剣に見いっていた。
夢は、その行為がとても恥ずかしく、彼の吐息が微かに手にかかった瞬間。その羞恥心がピークになってしまった。
「あ、あの……どうですか?何か発見はありましたか?」
「え………あぁ、すみません。夢中になってしまいました。鉱石が目の前にあると、嬉しくなってしまって。」
そう言って、彼はやっと顔を上げてくれたのだ。その彼の瞳はとても嬉しそうで、いかに律紀が鉱石好きなのかがわかるものだった。
「星空みたいで、とても素晴らしいですね。綺麗です。」
「星空、ですか?」
「はい!光る部分と光らない部分がありますよね。それが夜空に似ていませんか?僕はこの石、素敵だと思います。」
「そう、ですか………。」
そんなにもこの埋め込まれた石を褒められたのは初めてだった。これを見た人は、顔を歪めるか、「すごいね。」と言葉だけで褒めるかが多かった。
だからこそ、律紀のように夢中になって、自分が醜いと思っていた物を見ているのが、信じられなかった。
けれども、自分の体の一部の石をこうやって褒められるのは、夢だって嬉しい。ましてや、夢自身も鉱石好きなのだ。この石の存在は醜いと思っていても、この石自体は嫌いにはなれなていなかった。
「……えっと、僕何か変な事言いましたか?」
律紀は、心配そうに夢の顔を覗き込んでいた。
きっと、呟くように返事をした後、考え事をしながら彼に支えられている右手を呆然と見つめてしまっていたからだろう。
「いえ。あの、そんな事言われたことなかったので、驚いてしまって。でも………。」
沢山の鉱石を見てきた彼が褒めてくれた。
それはきっと誇らしい事なのだろう。事故によって自分の中に入ってしまった石。ただそれだけなのに、自分が褒められたように嬉しくなってしまった。
その気持ちを抑えることが出来ず、夢は頬を染めて微笑んでしまっていた。
「私も鉱石が好きなので、そう言って貰えると嬉しいです。」
そう笑顔で律紀に返事をしてしまっていた。
すると、彼は少し目を開いて驚いた表情を見せたけれど、それはすぐに微笑みに変わっていた。そして、「いえ……。」と、視線を逸らして何故かはにかんでいた。
「鉱石がお好きなんですか?」
「………きっと律紀さんに比べたら知識はないし、ただ見ているだけが好きなだけなんですけど。加工されていない、鉱石を少しずつ集めて眺めるのが趣味なんです。あ、本当に小さいものばかりですよ!……見ているだけなんて、恥ずかしいですね。」
彼は鉱石の研究者だ。
ただ眺めるだけが趣味と聞いて、嫌な気持ちにならないか、それが心配だった。
すると、「そんなことないですよ。」と律紀は笑った。
「僕は鉱石を仕事にしてしまいましたけど、元は夢さんと一緒で眺めるのが好きだったんです。もとは星が好きだったので、そのキラキラしたものが鉱石にはあるみたいだって、子どもの時に感じて。だから、暇な時間は、鉱石を眺めています。」
「………そうなんですね。いろいろ調べるのがお好きなのかと思いました。」
「それも好きですけど、そのままの姿を眺める方が、パワーをもらえる気がしませんか?」
「はい。わかります!」
その言葉に強く共感してしまい、夢は思わず大きめな言葉で返事をしてしまった。それに気づいた時はすでに遅く、律紀はクスクスと笑っていた。
「一緒ですね。」
そして、彼は今日1番優しい声でそう言ってくれた。
その微笑みは、年上かと思った落ち着いたものとは違う、とても幼くて無邪気な物だった。
彼のそんな顔を見て、夢はドキリとしてしまい、思わず右手を引っ込めた。
「すみません!ずっと手を握っていて。」
「いえ………大丈夫です。」
夢はテーブルの下で、ギュッと右手を握りしめた。彼の熱がまだ残っているようで、右手だけがとても熱くなっているように感じられた。
「あの、もしよかったら。右手の鉱石をもっと見せてもらってもいいですか?」
「………えっと、それはここではなくって事ですか?」
「はい。大学の研究室に来ていただけないかな、と思いまして。もちろん、仕事終わりとか休みの日でかまいません。」
「でも………。」
「仕事場までお迎えにもいきますし。あ、研究室にある鉱石を見ていただけると思います。」
「………鉱石。見たいです、ね。」
「では、決まりですね。」
研究をしている人が所持している鉱石。
夢が見たいと思ってしまうのは、鉱石好きとして仕方がない事だった。
自分の右手にある鉱石を調べられるのは少し恥ずかしい気持ちになってしまうけれども、少し我慢すれば見たことがない物が見れるかもしれない。
そう思うと、ドキドキしてしまうのだ。
迎えに来てもらうのは何とか断り、日時ら待ち合わせ場所を決めて、店を出た。
食事代は、「今日見せて貰ったお礼です。」と言われ、律紀が全て払ってくれた。
夜はあまり光らない、右手の鉱石。
夢は、律紀と別れてひとりで歩きながら、右手だけ手袋を外して、手を挙げて空にかざした。
「星空か……。今は、そんなに光ってないけど、でも似てる、かもしれない。」
夢にとって、彼の言葉は最高の褒め言葉だった。
淡く光る右手を見つめながら、夢はどんな鉱石が見れるのか、そして律紀はこの石のどんな事を調べてくれるのか、楽しみになっていた。
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