第4話「ヒビの入った宝物」
4話「ヒビの入った宝物」
律紀の研究室に行く日は、とてもよく晴れており、いつもより気温も高かった。そのため、夢の腕の調子もよく、気分もよかった。
手の不調もないため、この日は仕事にも集中できており、夢は仕事をさくさくこなしていた。
「今日はデートですか?夢さん?」
「わぁ!?……千景さん、普通に話し掛けてくださいよ。」
集中しているところに、耳元に囁くように声を掛けられて、夢はビックリして体を大きく揺らしてしまった。それをみて、千景さんは笑っていた。
「で、どうなの?デート?」
「違いますよ。」
「えー。いつも着てこないワンピース来てるじゃない。私、見たことないからたぶんオフ用か新品と見た。」
「何でそんなに知ってるんですか?!」
ニヤりとした顔で、夢の全身を見ながら観察する千景にビクビクしながら返事をする。彼女は妙に勘が鋭いので、夢のちょっとした反応の違いもわかってしまうのだ。
「まぁ、デートじゃないにしても、いいことあるんでしょ?報告楽しみにしてるねー!」
「………そんなんじゃないですよ……。」
手をヒラヒラと振りながら去っていく千景に、夢は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
実際、今日の夢はいつもよりおしゃれをしていた。いつもより目覚ましを早めにセットして、髪もメイクを念入りにしていた。服装は自由なこの会社なので、目立つことはなかったけど、いつもより華やかな服装なので、気づいている人は多いのかもしれない。
男の人と会うのだから、最大限の身だしなみは整えておかなければいけない。自分ではそう思うようにしていた。
仕事帰りを楽しみにしているのは、律紀と会うのが楽しみなのではなく、鉱石を見るのが楽しみなんだ。そんな事も自分に言い聞かせた。
夢は、自分の気持ちに蓋をして、気づかないふりをしていたのだった。
仕事が終わり、すぐに職場を出て電車に乗り込んだ。職場から律紀の大学はすくだったのは幸運だった。彼も仕事が終わった後に待っていてくれるのだ。なるべく早く着けばいいなと、夢は考えていた。
待ち合わせ場所は、大学の正門。
もう真っ暗になる時間帯だったけれど、学生も沢山いた。寒くないように暖かいところで待ち合わせしたかったけれど、律紀は「今度は3時間も待たないので大丈夫です。」と笑っているだけだった。
大学が見えてくる頃には、すぐに律紀を見つけることが出来た。背が高くのもあったが、前回と同じコートにマフラーをしていたので、夢はすぐにわかった。
「すみません。お待たせしました。」
「いえ。こちらこそ、わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます。」
二人で頭を下げて挨拶をしていると、周りの学生たちがじろじろと見ている視線に気づいた。
よく考えてみれば、部外者の自分が大学に来ていいのだろうかと不安になってしまったけれど、律紀は何も気にした様子は見せずに「行きましょうか?」と、案内してくれた。
広い学内を律紀は簡単に案内してくれた。
律紀の研修室に行くまでのものだったけれど、久しぶりの雰囲気で、夢はとても新鮮さを感じていた。
白い校舎に、廊下も大きな窓があり、とても近代的だった。至るところに電光掲示板があり、いろいろな情報が表示されていた。
つい先程まで学生の声が響き渡っていたが、律紀の研究室がある棟に入ると、とても静かになった。
教授たちの部屋が集まるところらしいので、それには夢も納得だった。
「ここです。どうぞ。」
律紀が立ち止まったドアの前には、「皇 律紀」とプレートが書かれており、外出中となってた。入室するときに戻すのかと思いきや、律紀はそのまま部屋に入ってしまった。けれど、夢の視線に気づいたのか、「在室にしておくと、生徒が入ってきて邪魔されてしまうので。」と、教えてくれた。
律紀の研究室に入った瞬間。
夢は「わぁー………。」と、自然に声が洩れてしまった。木目調の棚には、木で仕切られた物入れが入っており、一つ一つに鉱石が大切に保管されていた。しっかりと名前や採掘地も書かれている。
まるで、ゲームの中の魔法道具が売っているような不思議な空間だった。
「わぁー!すごいですね。ルチルクォーツの中に何かありますね。綺麗……カルカンサイトの青もとても澄んでいて素敵です。こっちには………。」
夢は気づくと、鉱石に夢中になっており、棚に近づいて目につくものを眺めていた。
大きな独り言を言ってしまい、そして、律紀の視線に気がついて、夢はハッとした。
「す、すみません。………つい、夢中になってしまって。」
律紀を無視して、鉱石に夢中になってしまった事がとても恥ずかしくなってしまい、夢はすぐに鉱石がたくさんある棚から離れた。
けれど、律紀は笑いもせずに、ニコニコと夢の様子を眺めている。
「夢さん、やっぱり詳しいですね。鉱石好きだなんて、嬉しいです。」
「ごめんなさい。こんな素敵な鉱石をたくさん見たことがなくて。」
「見てて貰ってもいいですよ?」
「いえ………今日の目的は違うので。まず、見てもらわないと。」
夢はそう言って、自分の右手に視線を送る。
律紀は「そうですね。」と、言いながら嬉しそうに笑っていた。
「では、飲み物を準備しますので、好きな鉱石を選んでください。それを見ながら飲みましょうか?」
「……いいんですか?」
「もちろん。コーヒーでいいですか?」
「はい。ありがとうございます。」
そう返事をすると、夢はすぐに鉱石の棚へと向かった。そして、ひとつひとつ眺めているうちに、ある物に目が行く。深い緑色をした1つの鉱石に手を伸ばした。
その鉱石を眺めていると、律紀が両手にコーヒーカップを持ちながら「こちらのソファにどうぞ。鉱石も一緒に。」と声をかけてくれた。
夢はドアの手前にあるソファに、律紀と向かい合うようにして座った。
「すみません。あまり整理されていないもので。」
「いえ。私の担当だった先生はとてもすごい部屋だったので。律紀さんの研究室はとっても綺麗だなーと思っちゃいました。」
「ここはお客さんもくるので、なるべく綺麗にしろと生徒が綺麗にしてくれていて……普段はもっと酷いですよ。」
律紀はそう苦笑しながら、コーヒーを一口飲んだ。夢も、「いただきます。」とお礼を言ってからコーヒーを頂く。調度いい酸味でとても飲みやすいコーヒーだった。
「夢さんが選んだのは……マラカイトですね。」
「はい。」
夢が選んだものは、マラカイトという鉱石で緑や黒が混ざっている鮮やかな石だった。
加工されて小物やアクセサリーになるが、魔除けとして使われることが多い石だ。
「少し意外でした。女の方は、アメジストとかピンクサファイヤとかキラキラして淡い色のものが好きなのかと。」
「そういうのも好きなんですけど、なんかマラカイトは昔から惹かれるものがあって。特に緑色が好きとか、深い理由はないんですけど。」
「………スマホについているキーホルダーもマラカイトですよね?」
「そうなんです。これは、宝物なんです。」
夢はバックに閉まってあったスマホを取り出して、丸く加工されているマラカイトのキーホルダーを優しく指で撫でた。少しヒビが入っているこの鉱石は、幼い頃からの持っている、夢の宝物だった。
「………宝物、ですか。」
「はい。理由はわからないのですけど、とっても気に入っているんです。」
夢がそういうと、律紀は何故か切ない表情で微笑んだ。
夢はその表情の意味がよくわからず、訪ねようとした瞬間に「顕微鏡など持ってきますね。」と言って、立ち上がって部屋から出ていってしまった。
たまたまそんな表情をしただけなのかもしれない。彼の宝物というのを思い出して、そんな顔をしたのかもしれない。
けれど、夢はその彼の表情が少しだけ気になっていた。
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