第15話「暗闇の鉱石たち」






   15話「暗闇の鉱石たち」




 その日のデートは先に昼食を食べ、外を歩いて日が沈むまでに律紀の家に行くという予定だった。

 今までの夢であったら、交際もしていない男性の家に2人きりになる事なんて、ありえなかった。

 けれど、前回律紀の看病で自宅には行っているし、気になる人で信頼も出来るのだから、夢は全く不安を感じていなかった。


 先ほどから、夢と腕を組んでいる彼の熱を感じながら夢はそんな事を思っていた。

 一緒にいるだけで幸せで安心できる彼に対して、不安に思うことなんてないのだ。



 「夢さんが、飲んでいるのは何でしたっけ?」

 「えっと、チャイティーラテだよ。」

 「チャイティー?」



 今日は太陽光を夢の右手の鉱石に浴びさせるのが目的なので、律紀は車では来なかった。

 そのため歩いて帰る時に、寒いので温かい飲み物を買おうの、カフェでテイクアウトしたのだった。


 律紀はホットコーヒー。夢はチャイティーラテだった。



 「確か、インド式の甘く煮たミルクティーだったと思うよ。チャイって茶色の茶っていう意味らしいよ。」

 「そうなんだ。甘いの?」

 「うん。甘くて香辛料が入ってるから、ピリッとするの。律紀くん、飲んでみる?」

 


 夢が彼に向けて、チャイティーラテが入った紙カップを差し出すと、律紀は「ありがとうございます!」と言って、彼は一度夢と組んできた腕を離してから受け取った。

 けれど、夢はカップを渡してから気づいてしまった。

 テイクアウトをしたので、紙カップはもちろん蓋付き。そしめ、飲み口は1つしかない。

 という事は、律紀もそこから飲む事になるのだ。

 それは、つまり…………。



 「あ、これって間接キスっていうんだよね?」

 「………えっ!?」

 「あれ?違ったかな?」

 「そう、だね………。」



 恥ずかしげもなく言う彼に対して、夢はその言葉を聞いただけで、ドキドキしてしまう。

 腕を組んだときは照れていたのに、間接キスは平気なのだろうか?



 「恥ずかしいけど、いただきます。」


 「ど、どーぞ。」


 そんな事を言いながらも、律紀はいつも通りの笑顔で、夢のチャイティーラテを一口飲んだ。

 夢は心の中で「あー……間接キスしちゃってるよぉ。」と、動揺しながらも必死に顔に出さないように冷静を装っていた。



 「ん……なんか、刺激的な味ですね。」 

 


 律紀は少し苦い顔をしていた。香辛料が合う合わないがあるので、この飲み物は好き嫌いが分かれるのを夢は知っていた。

 律紀はあまり好みではなかったようだ。



 「おいしいんだけどなぁー。」

 


 夢は、チャイティーラテを受け取って、じっとカップを見つめる。

 20歳後半になっても、こんな事でドキドキしてしまってはダメだ、と思いながらも視線は飲み口へと言ってしまう。


 夢は緊張した顔でチャイティーラテを一口飲み、そんな姿を律紀は微笑みながら見守っていたのだった。

 




 夕日が出てきた頃に、近くのスーパーで食材を買い、律紀の家へとお邪魔した。

 重い荷物は律紀が持ってくれた。



 「何もない場所ですけど、どうぞ。」

 「お邪魔します。」



 律紀の家に入ると、ほんのりと温かく、そして石の香りがする。夢はほっと安心して、軽く息を吐いた。

 自分の家ではないし、本当の恋人ではない人の部屋なのに、安心するのはおかしな事かもしれない。

 けへど、夢は少し寂しげだけれども律紀らしい家の雰囲気が好きだった。


 律紀は玄関に荷物を置き、「あ、そういえば……。」と何か思い出したように呟いていた。

 夢も靴を脱ごうと身を下げようとした。

 

 すると、律紀が何故か急に後ろを向いて夢を見つめると、ドンッと玄関のドアに右手を付いて、夢の動きを止めた。



 「え………。律紀くん。」



 夢は、律紀の予想しなった行動に、思わず体を震わせて目を見開いた。 

 これは、所謂少し前に流行った「壁ドン」というものなのだろう。

 けれど、何故このタイミングで彼が自分にそんなことをするのかがわからなかった。

 

 何か怒らせる事をしてしまったのか。それとも、やはり若い男の人の家に行くということは、恋人のような事を求められていたのか。

 そして、彼はそんな男らしく自分を求めてくれるのだろうか。


 夢は自分でも驚きながらもそんな事を思っていた。

 彼が求めてくれるのが嬉しい。

 そんなはしたい………そんな風に頭では思いながらも、胸が高鳴っていた。



 「……夢さん、こういう何て言うんだっけ?」

 「え?………壁ドン?」

 「あ、そうだ。壁ドンは好き?」

 「……………。」



 律紀は、目をキラキラさせてそう聞いてきた。そこには、男らしい色気のある目線や、緊張感は全くなかった。


 きっと、また漫画本であった事を試してみたかったのだろう。

 さきほどまで、ドキドキしていた夢は一気に冷静になった。

 


 「……あれ?夢さん、これ好きじゃなかった?」



 いつもの反応とは違うのに、律紀も気づいたのかそう言って夢を見つめていた。

 夢は、彼の体を優しく両手で押して、壁ドンから逃げた。



 「好きだけど、今のはドキドキしないよ。」

 「そうなんだ………?」

 「シチュエーションっていうか、その場面に合ってないと意味がないんだよ。」

 「そっか………難しいんだね。」

 


 玄関先で考え込むように、「いつならいいのかな?」とブツブツと独り言を言っている律紀を見て、夢は思わず笑って強いそうになった。

 夢は、先に靴を脱いで置いてあった荷物を持つと、「律紀くん、早くしないと先に鉱石の光、見ちゃうよー?」と、彼を呼ぶ。


 すると、「あ、待って!荷物も僕が持つから。」と、律紀は慌てて夢を追いかけた。






 律紀の提案で、夢が食事を作る前に鉱石の光を見てみようという事になった。

 きっと、夢があまりにも楽しみにしているのを見て、彼がそう言ってくれたのだろう。


 先ほどまで夕日で赤く染まっていたカーテンも、今はまったく光がなく、外が真っ暗になったのがよくわかった。

 あとは部屋の照明を消すだけ。のはずだったけれど、律紀が「準備しますね。」といって、隣の部屋に行ってしまった。



 何を準備するのか?

 夢はリビングの黒革のソファに座って、律紀を待とうとした。

 けれど、なかなか彼が帰ってこないので、夢は台所へ行って買ってきたばかりのコーヒーを淹れていた。

 


 「ごめん!お待たせしました。」

 「ううん。ちょうどコーヒー淹れたところ。………すごい荷物だね。それに水晶も。」



 夢がコーヒーを淹れたカップをリビングに持っていくと、ちょうど律紀が奥の部屋から出てきた。手には大きな箱と、鉱石が沢山あった。

 夢でもわかる、透明の鉱石。水晶が多かった。



 「これは、ただの水晶たちじゃないんだ。すぐ終わるのでセットするね。」

 「うん。」



 夢はコーヒーを飲みながら、彼が楽しそうに何かを準備するのを見守った。

 彼はとても楽しそうに、ひとりだったら鼻歌を歌っていそうなぐらいにニコニコしていた。


 「じゃあ、準備出来たので、電気消しますよ。」

 「うん。」


 律紀が照明のリモコンを持ったので、夢は右の掌を隠すように左手で包んで隠した。


 そして、律紀が電気を消し、薄暗い彼がワクワクした顔で夢の右手を見ているのを確認しながら夢は、左手を離した。



 「わぁー!すごいっ!今までで一番明るい。」

 「綺麗なオレンジですね。綺麗だ………。」


 夢の右手の鉱石は、所々が丸くオレンジの光りを放っていた。今まで見てきた中で1番光っているように感じた。


 「これは、やっぱり太陽光の光が必要だって事だよね?」

 「そうですね。前に何もしないで確認した時と、明るさが全く違うからね。」

 「………そっか。すごいね、光る原因がわかってよかったね。こういう発見って、すごく楽しいね。律紀くんが夢中になるのもわかるなぁー。」

 「………そうだね。そう思ってもらえて嬉しい。」



 オレンジの光で、少しだけ彼の顔が見える。

 嬉しそうに笑っているのを見て、夢はドキリとした。

 彼の素直な微笑みのように見えて、今までとは違う笑顔に目を離せなくなっていた。




 「あ、それで………僕が準備したものはこれなんです。こちらは水晶なんですけど、こちらはダイヤモンドです。この2つには秘密があるんです。」

 「秘密?」

 「この水晶には市販されているものとは違う、ブラックライトの短波紫外線ライトを当てて。こっちのダイアモンドの方は一般的なブラックライトを当ててみますね。」



 そういうと、それぞれ少し離した場所に水晶とダイアモンドの鉱石を置き、ライトスタンドを設置して、律紀はスイッチを入れた。



 すると、水晶の方は緑色に蛍光していた。水晶が花弁のように広がっており、緑色の花のように美しかった。

 そしてダイアモンドは水のように青色に鮮やかに光っている。まるで澄んできれいな海をそのまま石にしたようだった。



 「すごい!!どれもとっても綺麗!」

 「ダイアモンドの方は内部に石油が入っているから光るとわかっているのですが、水晶の方は何故光るのか不明なんです。」

 「石油が入っていると、こんなに綺麗な色に光るなんて………綺麗ー!ずっと見てられるね。」

 「………夢さんの鉱石と色が違いますよね。だからどれも違うものなんだと教えたくて。」

 「そうだね。確かに違う色だよね。」



 ブラックライトと光る2つの鉱石は寒色系である青と緑。そして、夢の右手の鉱石は暖色系のオレンジだった。



 「僕の手元にはない、珍しい石だと思います。」

 「そっか………ふふふ。」

 「夢さん、どうしたの?」

 「律紀くんって、鉱石の話になると敬語になるよね。」

 「あ、それは講義の癖みたいなもので。……すみません。」

 「ううん。なんか、かっこいいと思うよ。」

 「………ありがとう、ございます。」


 律紀は少し照れながら指で鼻をかき、はにかんだ。



 その後は2人でコーヒーを飲みながら、3つの鉱石の光を楽しんだ。

 ふたりの座ってた距離が近くなっていた。それに、夢は気がつきながらも心地よさを感じながら、彼の肩に触れ、夢は綺麗な鉱石を見つめ続けた。 







 

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