第16話「涙と弱い光」






   16話「涙と弱い光」




 右の掌にある鉱石。

 

 この鉱石のせいで、酷いことを言われたり、嫌がらせを受けた事もあった。

 それに物を持つと鉱石が当たって痛くなる事もあった。

 この鉱石がなければ、と幼い頃はよく考えていたけれど、今は違う。


 律紀と繋がっていられる唯一のもの。


 そして、この鉱石を見ればあの日の事を忘れられずにすむ。大切な思い出の品になっていた。




 

 「夢さんは、本日にマラカイトが好きですね。」

 「うん。なんか、昔から気になっちゃう石なんだよね。」



 今日も律紀の研究室で実験の前のコーヒーを飲んでいた。

 その日手に取ったのは、初日に選んだ物と同じマラカイトの鉱石だった。

 緑と黒、白のマーブル模様が綺麗な鉱石だ。



 「………夢さんのスマホにも付けてるよね。少し割れてるけど。」

 「うん……律紀くんはマラカイトが魔除けとして使われてるっていうのは知ってるよね?」

 「はい。古くから魔除けやヒーターリングに使われていると言われてますね。」



 マラカイトの鉱石は、昔か魔除けとして使われ続けており、今でもお守りのように付けている人々は多いようだった。

 律紀は鉱石の専門家なので、もちろん知っていただろう。



 「そうなの。昔、私が事故に合ったでしょ?その時、何故かこれを持っていたらしいの。私のじゃないんだけど……。マラカイトはね、持ち主が危険な場面に合った時に、身代わりになって守ってくれるんだって。私が死ななかったのは、このマラカイトが守ってくれたからなのかなって。………ほら、割れてるでしょ?きっと、助けてくれた人が私にこれをくれたのかなって思ってるんだ。」


 夢はマラカイトのついたキーホルダーを見つめながら、昔の事を思い出しながら話した。

 事故の事は詳しく覚えてないけれど、鉱石が守ってくれたと夢は信じていた。



 だから、夢はこのマラカイトの鉱石が好きだった。それに感謝しているのだ。

 マラカイトが自分の壊してまで守ってくれた。ありがとう、といい続けたくて夢はこの鉱石を持ち続けていた。

 夢が緑色の鉱石が気になってしまうのは、昔の出来事のせいだったのだ。



 昔の事を思い出しながら、スマホについているマラカイトに触れてる。冷たい感触だけれど、何故か安心する。


 そんな夢に、律紀が何か言いたげに口を開いた。



 「………夢さん、それは……。」

 「え?どうしたの?」



 律紀の顔が強ばっていた。

 そして、先ほどまでは普通だったのに少し青白くなっているほどだった。

 夢は心配になって彼の返事を待った。

 けれど、その言葉の続きは聞くことが出来なかった。





 「律紀先生!失礼しますっ!」

 「……………望月………ノックしてから入ってくださいって何回言えば……。」

 「急用だったので!先生、これ、見てください!」



 前回と同じように突然、勢いよくドアを開けて入ってきたのは、律紀の生徒である望月だった。


 彼女はとても焦った様子で研究室に入ってくると、持っていたノートパソコンを律紀のテーブルの上に置いた。

 律紀にも夢にも見えるところに置いたので、夢も見てもいいという事なのだろう。



 「アメリカのニュースサイトでこれを見つけたんです。」

 「これは…………。」



 望月がクリックしたページが開くと、そこには大きな写真が載っていた。

 そこに写っていたのは、石のところどころからオレンジ色の光、鉱石だった。

 それもかなりの量だった。



 「これって、私の右手にあるのと同じ?」

 「そうだね。似てるね。」

 「このサイトによると、大量に見つかっているそうで、お金を払えば採掘可能みたいです。」

 「そうか…………じゃあ、アメリカに行ってみるか。」

 


 その言葉を聞いて夢は、驚いて声が出ず、その場で固まってしまった。

 けれども、すぐそばの望月は嬉しそうに、「はい!」と返事をしている。

 自分が発見した事が手柄だったと、喜んでいるのがよくわかる。律紀の役に立って嬉しいのだろう。



 「大学は大丈夫なんですか?」

 「講義は…………あとは試験ぐらいだから、なんとかなるだろう。他の教授にお願いするよ。研究優先にしてもいいという、条件だったしな。」

 「また、大学を困らせるのですね。」

 「仕方がないさ………。夢さん、すみません。今から大学の方に話をつけてくるので、今回はこれで。」

 「………はい。」

 「同じ鉱石見つかってよかったですね。これで、詳しくわかりそうですよ。」



 夢を置いて、律紀と望月の話しはどんどんと、進んでいく。

 夢はただその会話を聞いているしか出来なった。

 頭の中には、自分の鉱石と同じ物が見つかったという事は………。それを考えては、焦りと、不安が夢を襲った。


 律紀は慌ただしくなったことを、夢に謝罪して、忙しく研究室を出ていった。その、表情には大変そうであったけれど、どこか嬉しそうだった。





 夢と律紀を繋いでいた、右手の光る鉱石。

 それがなくなってしまう事だけを、不安に思っていた。

 けれど、他に同じ鉱石が見つかったという事は、それを律紀が手に入れてしまったら、彼は夢に会う必要もなくなってしまうのだ。

 それに契約彼女も、彼が鉱石の研究をしないのであれば、なくなってしまう。


 同じ鉱石が見つかった喜びよりも先に、彼との別れが頭をよぎり、夢は体が震えた。



 「夢さん、でしたっけ?」

 「…………はい。」



 声を掛けられて、研究室に自分以外の人間がまだ居たことに気づいた。

 そこは、望月がいたのだ。


 テーブルに置いたノートパソコンを片付けながら、夢の方を見ていた。

 その表情は、ニヤリとした含みを持った笑みで、あまり気分がいいものではなかった。



 「その右手の鉱石を、望月先生が見ていたんですよね?実験体のために。」

 「実験体……………。」

 「そうですよね?でも、もう望月先生に会う必要もなくなりますね。」

 「…………それは。」



 望月は威嚇的な言葉を使って、夢を攻めるように話し始めた。夢は傷つきながらも、なんとか取り乱さずに彼女の話しを聞いていた。

 夢が何か反論をしようと口を開くけれど、何も言えない姿を見て、望月はフンッ鼻をならして冷たく笑った。



 「アメリカで同じものが見つかったら、実験をする必要はない。あなたはもうここに来る意味も先生と会う理由もなるって事です。」

 「でも!!」

 「あぁ、もしかして契約で恋人になってる事ですか?」

 「どうして、それを…………。」



 望月の口から出た言葉を聞いて、夢は体を硬直させた。

 夢と律紀の偽りの恋人の契約。

 それは、当人である2人しか知らないはずだった。

 それなのに、どうして彼女が知っているのだろうか。



 「あぁ、安心してください。先生が話したわけじゃないですよ。そんな事、先生がするはずないじゃないですか。」

 「そんな事思ってない!」



 ついに夢は、気持ちを押さえられなくて声を荒げてしまった。

 律紀の事を悪く思っているなど、夢にはあり得ない事。それだけは否定したかったのだ。



 「………そうですよね。嘘でも恋人だったんですから、少しは先生の事知ってますよね。」

 「…………何が言いたいの?」

 「夢さんは、知ってるのかなって思って。先生にはずっと想ってる人がいるんですよ。」

 「え………。」



 そんな話しは聞いたことがなかった。

 律紀に昔から好きな人がいた。

 じゃあ、偽りの恋人を引き受けてくれたのは何故?



 ………全て、その人のため?




 そう思った瞬間、自分のしてきた事を恥じ、そして少しでも律紀が自分を想ってくれているのではないかと感じ始めていたことが、全て崩れ去った。


 律紀にとって、夢は契約だけで繋がった存在。

 本当に偽りの恋人だったのだ。



 「あ、その顔は知りませんでしたか?すみません。」

 「…………失礼します。」



 夢は小さな声でそう言うと、その場所から、望月や律紀から逃げるように研究室を飛び出した。





 夢は心の中で「嘘だ……。嘘に決まってる!!」、そう叫んでいた。

 気づくと電車にも乗らずに、夜道をただひたずら歩いていた。





 律紀が夢の冗談を受けて、契約彼女になったのは何故だろう。

 こんな状態になってから考えてみる。

 


 単純に夢の右手にある鉱石を調べたかったからだと思っていた。

 けれど、彼は契約恋人でもっと恋人らしくしたいという夢の願いを積極的に叶えてくれた。

 それは夢のワガママだ。鉱石を調べるだけならば、しなくてもいいことだったかもしれない。


 それに、律紀は「恋愛経験がないので、教えてもらいたい。」そんな風に言っていた。

 何故、律紀は恋人らしい事とは何かを知りたかったのか?


 そこまで考えると、望月の言った律紀が「ずっと思っている人」のためではないか。

 


 そう考えてしまうのだ。

 そう考えてしまうのが自然なのだ。




 「律紀くんは、私の事何とも思ってなかったんだろうな。」



 家の近くの道路は、夜は人がいなくて寂しい所だ。そんな道で、夢はひとり呟く。

 言葉にしてしまうと、それが本当の事のようで夢は、一気に悲しさと切なさが膨らんだ。

 すると、目からは溢れるばかりの涙が流れ落ちてくる。誰が見ているかわからない場所。

 夢は必死に涙を止めようと我慢するけれど、止まることはなかった。




 早足で自分の部屋まで到着した時、調度夢の鞄からスマホが震えた。

 夢は、自分の手で乱暴に涙を拭うと、メッセージを開いた。


 すると、送ってきたのは律紀だった。


 夢ははっとして、メッセージを開いた。

 そこには「帰りに送れなくてすみません。次、会うときに詳しくお話しさせてください。」と書いてあった。



 いつもよりよそよそしい敬語。これは契約の恋人が終わったという事だと夢は思った。

 詳しいお話というのも、実験のおしまいだろう。


 夢は、もう用なしになったのだ。



 

 律紀のメッセージに返信もせず、夢はスマホを握りしめた。



 そして、ずるずると玄関に座り込み、声を殺して泣き続けた。



 夢の右手の鉱石は淡くオレンジ色に光っていたが、夢にはもうどうでもよかった。





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