第1話「見せたくない傷跡」






   1話「見せたくない傷跡」



 

 アラームの音が狭い部屋に鳴り響く。

 冷たく澄んだ空気。腕を伸ばす事さえも億劫で、そのまま寝てしまいたい。けれど、そのままだと周りの住人に迷惑になってしまう。



 「うぅー………起きないと。」



 十七夜夢(かのう ゆめ)はベットで唸るような声を出して、目を開けた。

 スマホのアラームを消して、ゆっくりとベットから体を起こす。

 夢は暖房をつけてから、冬のこの時期に必ずする事がある。

 それは左手が上手く動くかどうか確かめるのだ。


 左手が不自由な夢は、寒くなると体が固くなってしまい、動かしにくくなる。そのため、いつもより不自由さを感じたらマッサージやお湯に浸けたりしなければいけなかった。


 

 「今日は大丈夫そうかなー。」



 左手を握りしめたり開いたりして感触を確かめる。今日は調子がいいなと思うと、夢はホッと安心して思わず笑顔になってしまう。



 夢の仕事はデザイン関係のOLだった。事務仕事が多いけれど、時々デザインの依頼を受ける事があった。人気があるわけではないけれど、忙しい時に仕事を回される。それ以外は、もくもくと事務をしていた。


 左手が不自由な事もあり、勤務時間が短くなってしまう場合も多いのに、雇ってもらえているのだ。

 夢は、それだけでも感謝していた。



 早めに起きた朝は、ゆっくりと朝御飯を食べながら大好きな鉱石を見つめる。それほど多くないコレクションからひとつ選んで、それを眺めながらパンを齧るのだ。

 鉱石というのは、簡単に言えば宝石になる前の加工されていない石だ。難しく言えば有用な無機化学物質を高い割合で含む石で、経済のために役立つ石の事を言うらしい。資源価値があるもの、お金になる石の事だと夢は考えるようにしていた。


 でも夢は、そんな事はどうでもよかった。

 キラキラと光る石を眺めているだけで、幸せな気分になるし、元気が出るような気がしていた。


 

 鉱石からパワーをもらった夢は、仕事の準備を急いで終わらせて職場へと向かった。


 



 

 「夢さーん!今日の合コン忘れてないよねー?」

 「千景さん。忘れてないですよ。19時からですよね。」

 


 昼休みになると同時に、先輩の千景が夢のところへやってきた。ショートカットが似合う綺麗なお姉さんだ。後輩の夢を可愛がってくれていた。


 

 「夢の頼みだからね。早く彼氏作りなさいよー!」

 「そうですよね。なかなかイイ人見つからなくて。」

 「頑張りなさい!それと、今日は手袋しないで行ってみたら?」

 「………考えておきます。」



 千景にそう言われ、夢は右手を見つめながら困ったように微笑みながら曖昧に返事をした。

 夢は時々不自由になってしまう左腕よりも右手にコンプレックスを持っていた。それ見るだけで、どうしても憂鬱になってしまうのだ。


 千景のように全く気にしない人ばかりだといいのだけれど、世間はそう甘くはなかった。





 

 その日の夜。

 千景が主催の合コンがあった。


 あまりこういう雰囲気は好きではない夢だったけれど、それでも恋人が欲しいと思っていた夢に千景が誘ってくれたのだ。

 夢のために優しい人集めたんだよ、とまで言われてしまうと断ることが出来なかった。


 それに、千景の知り合いとなるときっといい人ばかりだろう。そんな風に信頼もあったので、学生ぶりの合コンが少しだけ楽しみにもなっていた。



 おしゃれな居酒屋さんでの合コンは、とても落ち着いた雰囲気でスタートした。

 年上の男性が4人だったこともあり、騒いだりもしないで、ゆっくりと話しを楽しむものだった。

 自己紹介をした後は、近くの人とお酒を飲みながら話しをする。

 夢にとっても、ありがたい雰囲気だった。


 

 「夢さん、デザイン関係って、どんな事してるの?」



 隣に座っていたのは、年上には見えない笑顔で、目がくりくりしていて可愛い雰囲気の男性だった。名前は理央だと教えてくれた。可愛い系のイケメン、という言葉がピッタリなだったけれど、仕事は医師だというので驚いてしまった。



 「ほとんど事務ばかりなんです。けど、こんなのを描いたりしてます。」



 スマホから以前に描いた、とある広告に載せるウサギのイラストを見せた。すると、理央は「可愛いねー!僕の病院、小児科だからいろんなところに描いて欲しいよ。」と褒めてくれた。



 そんな事はなかなか言われることがなかったので、夢は嬉しくなってついつい微笑んでしまう。

 自分の仕事を褒められるのは、やはり嬉しいことだった。

 けれど、やはりそれだけでは終わるはずもなかった。



 「ね、さっきまで手袋してたよね?どうしたの?」

 「えっと、それは………昔、事故に合ってしまって……。その傷が恥ずかしくて。」



 千景には手袋を外すようにすすめられたけれど、夢はどうしてもそれが出来なかった。結局、白い薄手の手袋をして参加したものの、スマホを触るときはどうしても手袋が邪魔になってしまうのだ。


 それの手袋を、理央は見ており不思議に思ったようだった。



 「僕は医者だし、そんな事気にしないよ?……今は傷も綺麗に消せるし。ちょっと、見せて。」

 「あっ、でも………。」



 理央は夢の右手を取り、傷跡を探した。

 本当ならば、手を振り払って誰かに見られるのを拒否したかった。けれど、理央ならばお医者さんだから、イヤな顔をしないのではないか。

 そう思ってしまい、手を振り払えなかった。



 「え………これ、どうしたの?何か石が入ってるの?」

 「………事故にあったときに、怪我した所から血が大量に出てたから塞いでしまって、後から気づいたそうです。……気持ち悪くないですか?」

 「それは災難だったね。本当なら取るのが1番だけど、命が大切だからね。………それにしても、キラキラ光ってない?」

 


 理央は夢の手に顔を近づけて、手を動かしながらその光を珍しそうに見つめていた。

 夢は恥ずかしがりながらも、気持ち悪がられないでよかったと、安心してしまう。



 「夢さん、お願いがあるんだけど。」

 「………え、何でしょうか?」



 理央は何故か夢の手を握ったまま、目をキラキラさせてそんな事を言った。

 イケメンでしかも優しい男の人に手を握られて、見つめられれば例え居酒屋であってもドキドキしてしまうのは、女であれば仕方がない。しかも、恋愛経験が少ない夢は、尚更緊張してしまう。


 そんな風に思いながら、彼の言葉の続きを待つ。

 期待をしてない、はずはなかった。



 「写真撮ってもいいかな?」

 「………え?……写真ですか?」

 「うん。人の傷跡を写真に撮るなんてダメなことだってわかってる。しかも、夢さんは気にしていたもんね。………だけど、こういう石が大好きな知り合いがいて、どうしても教えてあげたいんだ。」

 「……えっと………….。」

 「写真、お願いしてもいいかな?」


 自分の期待とは大きく外れた答えに、夢はがっかりとしてしまう。

 彼は、自分に興味を持ったわけではなく、知り合いのためにこの石に興味を持ったのだ。


 気持ち悪いと言われたわけではない。

 けれども、少しだけ切ない気持ちになってしまう。



 「はい。1枚だけ、なら。」



 気づくと、そんな事を言ってしまっていた。

 夢は自分の傷など、どうでもよくなってしまった。


 自分でもわかっていた。

 左腕や、傷跡、そしてこの石のせいにして、何からも逃げてしまっている事に。

 だからこそ、それを隠して人の優しさを求めてしまう。

 それでは、誰からも理解されないと知りながらも、何もない自分を知られるのが怖くて仕方がなかった。


 写真を撮った後も、理央はいろいろな話しをしてくれて話を盛り上げてくれたけれど、夢の頭の中は何も考えられなくなっていた。






 「夢!大丈夫?」

 「………千景さん……。」

 

 合コンが終わり、解散になるとすぐに千景が夢に近寄ってきた。

 心配そうに顔を覗き込んでくれる。



 「理央さんと何か話してると思ってたけど、その顔だとあんまりいい事じゃなさそうね。」

 「………右手を見られてしまって。でも、理央さんは気持ち悪がったりしませんでした。」

 


 夢が人前で右手を隠すのは、掌に埋め込まれたようにある小さな石を見ると、怪訝な顔をして気持ち悪い物を見るような顔をされることが多いからだった。

 いくらキラキラ光る鉱石だとしても、体の中に異物が入ってるのは、気持ち悪い物なのだろう。


 夢はその表情で見られることが、怖くて不安だった。自分自身がそんな風に見られているようで悲しくなってしまうのだ。



 「理央さんはいい人だからね。じゃあ、どうしてそんな顔してるの?」

 「………石に興味がある人がいるから見せたいって言われて写真を撮られてしまって。」

 「写真っ!?はぁー…………まったく年上のくせに理央さんは何を考えてるんだか。」



 ため息をつきながら、彼らが去った道を見つめながら「私からきつく言っておくから。」と、少し起こった顔で、もう見えない理央を睨み付けた。



 「でも、その石に興味を持ってくれる人がいるなんて、いい事じゃないかな?」

 「え………。」

 「だって、そうでしょ?私は、このキラキラしてるの好きだけど、それ以上に石が好きな人なら、きっと夢も受け入れやすいんじゃないかな?」



 千景は夢が鉱石が好きだとも知っていたけれど、きっとそういう事ではないのだろう。


 彼女が言った言葉は、夢の気持ちを落ち着かせるものだった。

 確かに、この埋め込まれた石に興味があって、それを受け入れてくれる人がいるとしたら、きっと自分は不安にならなくてもいいはずだった。


 この石ごと、自分を見てくれる人などいるのだろうか。

 そんな事を考えると、夢は少しだけ胸が高鳴ったのを感じた。



 自分に自信を持つ事は簡単には出来ない。

 けれど、誰かに必要とされるのであれば、きっと自分は変われるのではないか。



 

 写真を見た人は、どんな風に思ってくれるのか。

 そんな事を考えながは、夢は星空を眺めながら家へと急いだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る