第11話 青蘭回帰 その三



 女王は考えごとをしている。

 勘づかれないように近づいていくことは難しくなかった。


 玉座の脚の陰から、とつぜん駆けだし、切りつける。


 女王は叫び、床に緑色の血をぶちまける。そのくせ、涙は血の色だ。見ているうちにも、女王の涙は固まり、コロコロした石のようになる。


「思いだしたよ。一の世界で、飲みこまれる前に、僕は抵抗して女王を傷つけ、涙を手に入れた。それで、龍郎さんに会いたい、ここから逃げたいって強く願った」


 青蘭が赤い柘榴石ざくろいしに似た女王の涙をひろいあげ、つぶやく。


「それが精いっぱいだった。そのあとの記憶はない。きっと、体は女王に喰われてしまったんだろうな」

「青蘭……」

「でも、そのおかげで龍郎さんと再会できた。さあ、こいつを倒して、次の世界へ行こう」


 女王にとどめを刺した。

 七つに世界を分断したせいだろうか。

 ルリム・シャイコースは案外、もろい。アンドロマリウスの力を借りなくても、龍郎の神剣で充分に退治することができた。


 二の世界も終わった。

 これで、四つの世界の女王を倒した。

 七つのうちの四つだ。

 世界の歯車が逆回転を始める。

 未来の流れが変わっていく。


 星の海を漂った。

 次は一の世界だろうと、龍郎は考えていた。五の世界から逆行して二の世界まで来ていたからだ。


 しかし、ふっと覚醒の感覚のあと、龍郎は青蘭とともに光の球の前に立っていた。世界と世界をつなぐ次元回廊。あの架け橋の上だ。


 戦闘天使がウジャウジャと集まっている。上空から見おろすと、雪か綿でも降りつもったようだ。


「六の世界だ。帰ってきたんだ!」と、青蘭が叫ぶ。


「なんでだ? 一の世界は?」

「一の世界の僕は死んだ。龍郎さんは?」

「おれも……死んだかも。そういえば、青蘭が死んだから、絶望して」

「だからだよ。僕らのいなくなった世界には行くことができないんだ」

「そんな、それじゃ、どうしたらいいんだ?」

「ほかの六つの世界すべてを消滅させることができたら、何か変わるかも」

「そうか」


 とは言え、六の世界は身の置き場がないほどに、戦闘天使がウヨウヨ寄り集まっている。


 ただ、幸いなことに三つの塔の魔法媒体は、ここでも崩落したあとだ。幽閉の塔の屋上には、今しもパイプを手にした神父が戦闘天使と戦っている。


「フレデリック神父は魔法媒体が一つに重なってるときに撃つことができなかったんだな。一つずつ、それぞれの世界で壊すしかないんだ」

「次元を超えて攻撃することは、ふつうの人にはできないよ」

「おれはできたけど?」

「龍郎さんは、ふつうじゃないから」

「そうかな」


 とにかく、女王の塔へ行かなければならない。いや、その前に——


「サンダリンだ!」


 この世界のサンダリンは巨大化してはいなかった。それに翼も両方ついている。五の世界の影響が、ここまで及んでいない。


 サンダリンは龍郎と青蘭を見つけると、翼を羽ばたかせて近づいてきた。

 龍郎たちの目の前に着地する。


「夢を見た」と、とうとつにサンダリンは言った。

「私が翼を失い、母上に殺される夢だ」


「それは夢じゃない。四の世界と五の世界では、ほんとに起こったことだ」

「そうだろうな。世界の音色が変調した。滅びの足音が聞こえる」

「なら、もういいだろ? おれたちが戦う必要はない」


 ところが、サンダリンは厳しい表情で唇をひきむすぶ。


「どんなことがあろうと、私は女王のために戦う。それが我々の本能だ」

「そうか……」


「私を倒してみろ。星の戦士。もしも、私を倒すことができたなら、そのときは……」

「そのときは?」

「約束しよう」

「何をだ?」


 サンダリンは答えなかった。

 パイプのような武器を両手に握りしめる。すると、その形が変化した。ガラスのような透明の刀身の剣だ。


 話しあうことなどできそうもない。

 戦うしかない。


 龍郎は右手の内の神剣を呼びだした。

 かまえると同時に打ちこむ。

 刃と刃がかちあうとき、澄んだ高音の鍔音つばおとが耳をつんざいた。ある種の楽器のように美しい。


 火花が散り、鍔迫りあいが続く。


 力は互角だ。

 いや、体格がいいぶん、サンダリンのほうが、やや有利。

 高身長の彼が大上段から振りおろしてくる刀身を、刃で受けるたびにチリチリと骨まで痺れる。


 強い。ものすごく強い——と、以前、ルリムが言っていた。

 ほんとうに強い。

 力だけでなく、戦いの勘のようなものが、ずばぬけて鋭い。


 龍郎がふみこもうとすると、するりとかわし、間合いをとろうとすると、すかさず追ってくる。

 このままだと、龍郎が疲弊するだけだ。


 どうする? こいつに勝たないと、女王をやれない。おれが勝つためには、どうしたらいいんだ?


 続けざまに剣戟けんげきが襲ってきた。右、左、右。皮一枚でよける。体中に浅い切り傷ができ、血がにじむ。


 意識が真っ白になった。


 何も考えられなくなった瞬間、脳裏に青蘭の死にざまが浮かんで消えた。これまでの世界で見た、さまざまな青蘭の死の場面。二の世界で女王の塔に駆けこんだ青蘭。三の世界で女王に喰われた青蘭。一の世界で、おぼろな霊となって消えてしまった青蘭。


 六の世界でも、今ここで龍郎が負けたら、次は青蘭が殺される。

 青蘭を守ると誓ったのだ。


(おれは……負けない)


 どんな犠牲を払ってもいい。

 必ず、勝つ。


 龍郎は刃を恐れるのをやめた。傷を受けてもいい。ただ、勝てばいい。


 折りしも鋭い突きを放つサンダリンの太刀筋を見きわめる。だが、よけない。あえて、つっこんだ。真正面からカウンターで神剣を押しこむ。


 肩に重い痛みが走る。

 以前、二の世界でサンダリンに撃たれた左肩だ。血が筋になって流れるのが自分でもわかる。


 でも、これでよかったのだ。

 神剣はサンダリンの胸をつらぬいていた。柄を握る龍郎のこぶしまで埋まっている。ひきぬくと、サンダリンの胸には大きな穴があいた。


 血を噴いて、サンダリンは倒れる。

 龍郎を見て、かすかに微笑みながら。


「約束……しよう……」


 つぶやいて、彼はこときれた。

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